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26.後宮













 リーリェンの姉ヤン・リージュは、後宮で昭容と呼ばれている。妃嬪の中では、上から数えた方が早い地位だ。まあ、彼女の美貌と教養があれば当然かもしれないが。

 リージュは美女だ。身内の欲目などではなく、本当に美人なのだ。射干玉の髪に黒曜の瞳。肌は雪のように白く、なめらかだ。華やかさでは母クゥイリーに軍配が上がるが、リージュもおっとりとした花のような美女である。世界が狭い自覚のあるリーリェンは、今のところリージュ以上の美人に出会ったことがない。


「本当に大きくなったわねぇ。泣き虫なのは変わっていなくて、ちょっと安心したわ」


 からかうように言うリージュに、一応落ち着きを取り戻したリーリェンは「泣いてない」と言い返す。だが、化粧を直してもその目元が赤らんでいることはわかった。素直じゃないところも変わらない、とリージュはくすくすと笑う。

 二人は円卓に向かい合って座っていた。出されたぬるめのお茶は、飲んだことのない甘い味がした。


「お父様が亡くなってから、全く手紙も届かなくなって、私も心配したのよ? まあ、途中で握りつぶされていたようだけど」


 はあ、とため息をつくリージュはどこか色っぽい。艶のある美女とは彼女のような人を言うのかもしれない。


「……私も、姉さんと手紙のやり取りができなくなって、正直焦った。父上は突然死んでしまうし、母上は半狂乱だし……」


 家族とのつながりが断ち切られてしまったようで、本当に追い詰められていたのだ。それが今ならわかる。

「私もお父様のお墓を参りたいけど、そうはいかないわね……。お母様もきっと、あなたのこと、心配しているわよ」

「わかってる。いつも、姉さんのことばかりだけど」

 そう言ってお茶をすすった。空になると、リージュの侍女がお代わりを淹れてくれた。

「お母様も素直じゃないから」

 リージュは楽しそうに笑った。おいしいわよ、と西方のお菓子を妹に勧める。素直に食べる妹を眺めながら、リージュは口を開いた。

「リーリェンに会えてうれしいけれど、ちょっと複雑だわ。きっとあなたは、主上の目に留まってしまう。そうなれば、後宮から出られなくなってしまうかもしれないわ」

「……それは困る」

「私もあなたまでかごの鳥になるなんていやよ。金華のこともあるし……いい領主のようね。リ将軍がほめていたわ」

 誰だそいつは、と思わず眉をひそめたが、ルイシーのことだ。彼の姓はリだったか。リ姓はこの国に多いので、別人の可能性もあるが、将軍と呼ばれるリさんの知り合いは、とりあえずルイシーだけのはずである。


「彼が何を言ったか知らないけど、至らない領主であると思っている。よい領主であるよう心がけてはいるけど」

「……あなたがどう思っていようと、外からはそう見える、と言うことよ。主上があなたを招いたのも、少なくともその噂を信じたからだわ」

「……噂に翻弄されることほど、馬鹿らしいことはないと思うのだけど」

「どうして妙なところで現実主義者なの?」

 リージュは苦笑して自分もお茶に口をつけた。

「それで、リ将軍とはどういう関係なの?」

「どう、と言われても困るが、金華で保護していたことがある」

 そうじゃなくて、とリージュがあきれる。

「仲はいいのでしょう?」

「悪くはないと思うけど、姉さんが期待しているようなことはないよ」

 たぶん、と心の中で付け加える。ルイシーのことが好きかと言われれば好きなのだろう。だが、二人とも立場を優先する人間だったということだ。一緒になるには少なくともどちらかが今の立場を放棄する必要がある。それができる二人ではないから、この思いが成就することはない。


「姉の好奇心を満たしてくれてもいいのに」

「つまらない妹でごめんなさいね」


 そう言って菓子を口の中に放り込む。リージュが手を伸ばして妹の頬を引っ張った。

「まあ、主上は手に入らないものほど欲しくなるから、それでいいのかもしれないけど。本当にきれいになったわねぇ」

「きれいと言うのは姉さんや母上のような人を言うのだろう」

「ええっと。冗談で言ってるのよね?」

「?」

「可愛く首をかしげないで頂戴」

 このあたりでリージュはリーリェンの美人の基準を疑い始めたが、面倒なので突っ込むのをやめた。


「ねえ、リーリェン。私はどんなことがあっても、あなたを愛しているわ」

「……突然どうしたの?」


 さすがのリーリェンもいぶかしんで首をかしげる。何事も泰然としているリーリェンであるが、さすがに戸惑った。


「……私も姉さんを愛してるよ」


 戸惑いながらもそう切り替えす。あら、とリージュは楽しげに笑う。

「返事が返ってくるなんて思わなかったわ。ありがとう」

 リージュは微笑むが、「話を合わせてね」と言った。その理由はすぐに知れた。この国の王がリージュの宮に現れたのだ。


「妹が来ているそうだな、リージュ。私も紹介してくれ」


 そんなその辺の普通の人みたいな口調でやってきたのは、二十代後半に見える男性だった。一般的なこの国の成人男性の容姿をしているように見えるが、彼は百年以上この国の王として君臨している『旧き友』なのだ。

「まあ、主上。おいでませ。どうぞ」

 リージュは微笑んで国王ワン・スーユェンに座るように勧めた。姉がそう言うのなら、リーリェンに拒否権はないので彼女は立ち上がってスーユェンに無言で頭を下げた。

「妹のリーリェンです」

「お初にお目にかかります。リーリェン、と申します」

 リーリェンが膝をついて挨拶をすると、顎を無遠慮につかまれて顔をあげさせられた。リーリェンの顔を見て、スーユェンは「似ていないな」と言ってのけた。似ていないのはわかっている。余計なお世話だ。リージュのような美女を期待したのなら、残念でした、としか言いようがない。


「お前も座れ。確か、女だてらに領主をしているのだったか」


 リージュをうかがうと、小さくうなずかれた。失礼します、とリージュをはさんで反対側の椅子に腰かけた。すかさず侍女が新しいお茶を持ってくる。明らかにお茶菓子の質が上がったが、さすがに文句は言えない。

「女の身で領主とはさぞ大変だろう」

「いえ……」

 リーリェンは曖昧に口を開く。さすがに初見で話せ、と言われても、国王に何処まで言っていいかわからない。罵れと言われたらいくらでも暴言が出てくるような気もするが、言わない節度くらいはある。仮にも姉の庇護者なのだ。

 結局、普段のリーリェンを知るものから見れば不自然なくらいしおらしい態度でいるしかなかった。

「なんだ。リージュの妹にしてははっきりせんな」

「初めて主上にお目にかかるのですもの。この子も緊張しているのですわ」

 不満げなスーユェンにすかさずリージュが補足をいれる。話を合わせるように言われているので、このままできるだけ姉に任せてしまおう。

「領主をしていても普通の娘と言うことか。まあ、顔はいいな。リーリェンと言ったか、いくつだ」

「十八に、なりました」


 年が明けリーリェンも十八歳になった。思えば、リージュが後宮に召し上げられたのも十八歳の時だった。スーユェンは。


「十八か。子供だな」

「……」

 いや、期待して言わけではないが、ちょっとイラっとしたのはわかってほしい。確かに、リージュの十八歳のころより色気などが足りないことはわかっている。余計なお世話だ。

「子供よね。私の顔を見て、泣いちゃったものね」

 ここぞとばかりにリージュが子供な面を押し出す。リーリェンも子供っぽくむくれた自覚があるから何とも言えないけど。

「なるほどなぁ。リーリェンも私のところへ来るか? そうすれば寂しくなかろう」

 そう来るかぁ。まあ、子供も大人になる。通常の人間の五倍は生きるスーユェンは、リーリェンが大人になるまでの間、待つくらいはどうと言うことはないのだろう。リージュにとっても意外な切り返しだったようで、「ご冗談を」と言う声は震えていた。

「妹とあなたの寵を争いたくはありませんわ」

「そうか? 花が増えればにぎわうかと思ったのだが」


 こいつ、殴ってもいいだろうか。顔は相変わらずの無表情であるが、リーリェンの心情はそんな感じだった。こんな調子で、リージュのことも後宮に迎え入れたのだろうか。

「リーリェン、顔色が悪いわ。戻ったほうがいいんじゃない?」

 唐突にリージュが言った。ちなみに、リーリェンはすこぶる健康である。

 リージュが侍女に目配せしてリーリェンを連れて行かせた。何とか挨拶だけしたが、侍女はぐいぐいとリーリェンをリージュの宮から押し出し、一応後宮の外へ続く門まで送ると、去り際に言った。


「リージュ様は主上の寵姫です。勘違いなされませんよう」

「はあ?」


 目の前で門が閉まった。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


姉への賛歌が止まらないリーリェン。


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