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25.京師

今回から京師編。リーリェン視点です。














 長閑な農地の景色が終わり、都市風景が近づいてきたが、リーリェンはそれを見ていなかった。正確には、眺めていたが認識してはいなかった。


「リーリェン様、大丈夫?」


 馬車に同乗しているズーランが背中をさすってくれるが、気持ち悪さが引かない。ぐったりと開けられた馬車窓から外を眺めているが、駄目だ。気持ち悪い。


「……吐く」

「停めてぇ! 馬車停めて!」


 小さなリーリェンの声を聞き咎め、ズーランが叫んだ。開けた場所で馬車が停まる。ズーランがリーリェンを抱えるようにして馬車から降りた。揺れていない地面の感触にほっとするが、吐きそうなのは変わらない。地面に膝をついたリーリェンは本当に咳き込んだ。胸のあたりに何かがせりあがってくるが、吐けない。苦しい。


「ちょ、大丈夫? 吐いちゃった方が楽だよ」


 背中をさすりながらズーランが言う。返事もできないまま咳き込み、結局吐けないまま終わった。と言っても、気持ち悪いままほとんど食事もできなかったから、吐くものもないが。

 かなりの時間そうしていたが、さすがに落ち着いてきた。竹の水筒を渡され、水を飲む。座り込んだまま言った。

「馬に乗って行ったら駄目か」

「駄目です!」

「ええ……」

 ズーランだけではなくほかの護衛からも駄目出しがあった。馬車に乗ると酔うのだ。馬なら大丈夫だし、むしろ乗馬は得意なほうだと自負している。だが、なぜか馬車は駄目だった。揺られるのが駄目なのだろうか……。


「リーリェン様、本当に馬車が駄目なのね……こんなに酔うとは思わなかった」


 あと少しだから、とズーランに馬車の中に引き戻され、そんなことを言われる。自分でもとても不思議だ。

 今まであまり遠出をしたことがなかったので気づかなかった。領内では馬での移動が主だったし、馬車に乗っても短距離で、苦手だな、くらいにしか思っていなかった。

 おそらく、とても小さいころに京師から金華まで馬車で移動したはずだ。しかし、リーリェンは小さかったのでほとんど覚えていない。当時は大丈夫だったのかもしれないし。

 そう。彼女は十四年ぶりに京師へと向かっていた。ほとんど金華を出たことのないリーリェンにとっては、初めての遠出である。小さいころ住んでいたとはいえ、ほとんど当時のことを覚えていないし、初めて行くのも同然である。


 リーリェンが領主になって初めて、姉のリージュから手紙が来た。つまり、リーリェンの手紙も届いたのだろう。金華に身を寄せていたルイシーたちが京師に戻り、二か月ほど経った頃のことだ。雪がちらつくようになった、冬の始まりのころ。ルイシーは正しくリージュに手紙を届けてくれたようだ。今度会ったら礼をしよう。

 それからしばらく姉と直接文のやり取りをしたが、年が明けてしばらくたったころ、ついに王からの召喚状が届いた。内容としては、リージュも交えて話をしないか。リージュの妹なら家族も同然だ、と言うような内容だった。政を放棄しているような王に家族扱いされたくないものだが、行けば姉に会える。

 各方面から、姉とともに後宮に閉じ込められる可能性を示唆されたが、リーリェンは姉に会いに行くことを選んだ。どちらにしろ、一度は行かねばならないと思っていたのだ。ちょうどいい。


 京師に到着して大きな宿屋に入る。この情勢下でまっとうに営業している宿屋は珍しい。ヤン家は京師に屋敷がない。正確には、昔父のグォシャンが持っていたが、売り払ってしまっている。

 目的地に到着してもう馬車に長時間揺られなくていいことにほっとする。ふらふらしながら借りた部屋に入った。そのまま長椅子になつく。揺れないって素晴らしい。


「リーリェン様、しっかり。吐きそう?」


 扇子でぱたぱた風を送りながら、ズーランがかがみこんで尋ねる。リーリェンは首を左右に振った。そこまでひどくはない。乗り物酔いなら、少し休んでいれば治るだろう。とにかく動かずにじっとしていることにした。

 そうしている間に眠ってしまったらしい。ふと起き上がると、肩から寝具が滑り落ちた。ズーランがかけてくれたらしい。ひと眠りしたからか、気持ち悪さも消えている。

「あ、おはようございます! 姫、大丈夫ですか?」

「うるさい」

 ひどい! と心配して声をかけてきたシンユーが叫ぶ。いや、だから声が大きいんだって。

「あら、おはようございます、リーリェン様。気持ち悪さは大丈夫ですか?」

「ああ、おはようズーラン。大丈夫だ。むしろ、おなかがすいた」

 ズーランに穏やかに声をかけると、シンユーが「理不尽!」と喚いた。ズーランが「そう言うところでしょ」と笑う。

「シンユー、お前は声が大きすぎるんだ」

 自分で髪を編みながらリーリェンが言った。そのまま髪ひもで縛る。シンユーが背後で「え、そう!?」と騒いでいるが無視する。そう言うところだ、シンユー。

 ズーランが厨房で卵粥をもらって来てくれた。昼食と夕食の間の変な時間なので、小腹を満たすにとどめる。リーリェン様なら夕食もペロッと食べそうですけど、とはズーランの言だ。リーリェンは、自分でも体格の割に食べる自覚がある。

「リージュ様にお会いできるのは明後日でしたっけ。明日はどうします?」

 ズーランに尋ねられ、リーリェンは少し考えた。

「外に出てみたいな」

「了解です。護衛は撒いちゃだめですよ」

「わかっている」

 ここは金華ではない。領地では一人でフラフラしているリーリェンだが、さすがに土地勘のない場所でうろついたりはしない。知らない場所は、さすがにちょっと怖い。


 結局、翌日もそんなに遠くまではいかなかった。宿の周囲をぐるぐる回ってみただけだ。金華では見ない街並みなので、それだけでも結構楽しかったのだが。

 後宮を尋ねるということは、禁城に入るということである。普段男装している勢いのリーリェンも、この時ばかりは文句も言わずに正装した。後宮の入り口の門までズーランとシンユーを伴ったが、そこから先はリーリェンだけで行くように言われた。さすがに不安になる。案内の女官は愛想よく笑いかけてくれたが、さしものリーリェンも緊張で顔がこわばっているのを自覚した。


 値踏みするような女官や妃たちの視線にさらされつつ、リーリェンが連れていかれたのは瀟洒なつくりの宮だった。これは、金華で言うランウェンたちが暮らしている神職の祈りの場、と言う意味ではなく、高貴な人間が暮らしている館、と言うような意味である。

 果たして、宮に入ってすぐに玄関でその人は待ち構えていた。

「リーリェン!」

「姉さん……!」

 姉のリージュが駆け寄ってきて妹を抱きしめた。別れたとき、姉はあんなに大きく見えたのに、今はもう、リーリェンの方が背が高かった。

「久しぶり……会いたかった」

 リーリェンも姉に抱き着きながら、震える声で言った。リージュも「私もよ」と妹の背中を叩く。

「大きくなったわね、リーリェン。会えてうれしいわ」

 そう言って六年ぶりに再会した姉は微笑んだ。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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