20.後始末
結果として、リーリェンは大丈夫ではなかった。力の使い過ぎで気絶した彼女を見て、ランウェンは「これまで抑制されていた力が解放されたのでしょう」と苦笑を浮かべた。
「抑制されていたんですか?」
「ええ。本来は火山の噴火を促せるくらいには力があると思います」
もはや自然災害の規模である。ならば抑制されていた方がよいのではないかと思うのだが、そうもいかないらしい。力を制御できていないということだからだ。
「神官修業をやめたころから、力に陰りが見えているのはわかっていたのですが、どうにもできませんでした。吹っ切れたならよいことです」
「……」
ルイシーは眠っているリーリェンの小さな顔を見た。この少女は危険物なわけだ。
急に力が解放された原因だが、やはりランウェンの言うように吹っ切れたからだろうか。いつでも逃げられると思ったら、と彼女は言った。ルイシーが原因だとしたら、さすがに少々責任を感じる。
力の制御は訓練の必要があるが、リーリェンは自意識がしっかりしているのでおそらくは大丈夫だろうとのことだ。今の霊力不足も、ひとまず寝ていればある程度回復するだろう。
問題は、とらえた侵入者たちだ。彼らは本気であの人数で金華を制圧するつもりだったらしい。隠れ里ともいえるこの街を発見し、贋金づくりの拠点にしようとしたようだ。
最初に入り込んだのは、本当にたまたまだったようだ。リーリェンも言っていたように、求めていなければ意外とたどり着けるらしい。たまたま見つけたこの場所は、思いのほか都合がよかった。一見、領軍のようなものもいないように見えただろう。平和ボケした住民だけ。そう思って攻め込んできて、返り討ちにあった。そんな感じ。
返り討ちにして幾人か切り捨ててしまったが、捕まえた者も多い。それらの処遇である。
リーリェンは街の外まで追い出し、国軍に突き出せ、と言った。さすがにそこまでうまくいかなかったので捕虜としているわけだが、この存在が面倒くさい。金華にこれだけの戦力があるのを知られるのはまずいだろう。リーリェンの思惑はどうあれ、謀反の準備かと疑われること必至だ。リージュを人質にされ、金華が壊滅するかもしれない。最終判断を下すべきリーリェンは、まだ眠っていた。なんだか既視感のある状況である。
人のやり方に文句を言う気はないが、裁可できる人間がリーリェンしかいない、と言うのは二重の意味で問題だ。彼女がいなければ何もできないということであるし、彼女に負担がかかりすぎている、と言うことでもある。
「では、こうしましょう。これらの贋金の試作品とともに、国軍に引き渡す」
提案したのはヨウリュだ。確かに、それならリーリェンの思惑と矛盾しない。
「また、ルイシー様が制圧したことにしましょう。指揮を執ったので、嘘ではありませんし」
さらにそんなことも提案した。ランウェンは考え込む様子を見せた。一度神官見習いにリーリェンの様子を見に行かせ、彼女が目を覚ましていないことを確認すると、うなずいた。
「わかりました。ヨウリュ殿の言う通りにいたしましょう。ルイシー殿には申し訳ない限りですが」
「いや、それくらいは構わん」
ちなみに、二十人を一人で制圧するのはさすがに無理だ。うまく騙されてくれるといいが、ヨウリュにそのあたりは任せた。ただ、臨検は入るかもしれない。そう言うと。
「構わないでしょう。ほかに手が浮かびませんし、リーリェン様が立ち会ってくださいます。状況を飲み込む度量も、危険を回避できる能力もある方ですから」
と、ランウェンが笑った。本人が聡明であるのもあるが、リーリェンは人に聞くことができる人間だ。意見を聞いて、その中から選ぶこともあるだろう。未だって、ヨウリュに意見を聞いてそれを選んだかもしれない。まあ、可能性の話だが。
リーリェンたちの読み通り、近くまで国軍は迫ってきていた。しかし、かつてのルイシーたちと同じく金華にはたどり着けなかったらしい。
ランウェンに同行したヨウリュが国軍にうまく説明するのを聞きながら、ルイシーは、リーリェンがいなくて正解だったかもしれないと思う。大人びているとはいえ、リーリェンは二十歳前の少女に過ぎない。彼女が領主だと言っても、きっとなめられてしまう。その点、ランウェンなら貫禄があるので代理としては合格点だろう。
やはり、臨検をしたい、と言われた。臨検と言う言葉が正しいのかはわからないが、直接現場を見たい、と言うことだった。贋金を作った張本人は逃げているので、それを追うのにも軍を割かせた。ヨウリュ、すごい。策士だ。軍師だった。
領内に入れるにはさすがにリーリェンの許可がいる。ルイシーたちはジュカンに案内されて入ってきたが、軍はまた話が違うだろう。戦争の専門家集団だ。三人しかいなかったし、あの時点で禁軍を追放されていたルイシーならともかく、正規軍はリーリェンが絶対に許可しない。それこそ、生きたまま燃やすことも辞さないだろう。
ルイシーたちが戻ってくると、リーリェンは起きていた。いつもと変わらない様子で、「事後処理を任せてしまった。すまない」と出合い頭に謝られた。ランウェンが彼女を見上げる。
「ええ。しっかり反省なさいませ」
「心得た。で、国軍に突き返したようだな」
すでに話を聞いていたらしいリーリェンが言うと、ヨウリュが代表してうなずいた。
「ええ。贋金も捕虜もこちらで保護することもないと思いまして」
何しろ、リーリェンは利用されていた彫刻師を放り出した領主だ。判断としてはそれくらいはするだろう。
「問題ない。私の領地を襲ったものを食わせてやる気などない」
さすがリーリェン。きっぱりしている。ルイシーたちは笑った。それでこそリーリェン。
「国軍はそれらを受け取ってくれましたが、現場を見たいと要求しています」
「だろうな。私でもそう言う」
リーリェンは異議を唱えず、国軍を金華に通すように言った。ただし、人数は制限した。人数は十二人まで。武装は解除。代わりにこちらも武装しないことで同意した。
臨検の際、領主に会わせろと言われることを想定し、リーリェンは自ら立ち会うと言い出した。代わりに、ランウェンはお留守番である。どちらにしろ、膝を悪くしているランウェンでは立ち会うことが難しい。
「では、国軍に入ってきていただろうか」
と、彼女はいつも通りの格好で軍を迎えに行こうとするが、ヨウリュがそれを止めた。
「お待ちください、リーリェン様」
「……なんだ」
性格はあわないようだが、思考回路が似ているこの二人の意見が対立することは珍しい。まあ、今も対立しているわけではないのだが。
「その格好で軍人たちの前に出るのはやめませんか」
「つまり?」
「男装をやめて姫君の格好をしてください」
「……さすがに意味が分からない」
いや、ルイシーも意味が分からない。と言うか、この場でヨウリュの言葉の意味を分かっている人間はいないようだった。
「リーリェン様は領主です。その格好ではなめられます。男装の正装でもいいですが、軍なんて野郎ばかりですから、美しいお嬢さんがいればそれだけで気圧されます」
領主の威厳は出ないだろうが、確かに今の格好寄りはいいだろう。少なくとも領主の家の姫君である、という主張はできる。もともと美人なので、着飾れば確かに気圧されるかもしれない。
「……いろいろ言いたいことはあるが、気圧す必要はあるのか?」
「威張るようなことも時には必要です」
ヨウリュのきっぱりとした言葉に、リーリェンもさすがに引いていた。「そうか」と戸惑いがちにうなずく。ランウェンも賛成に回った。
「それもそうですね。親しみやすい領主ではありますが、威厳も必要です。リーリェン様が気さくすぎるから、領主らしくない、と領民たちに言われるのですよ」
「……独善的にふるまうと、『これだから身分の高いやつは』とか言われるのに、理不尽だ」
「どちらも必要と言うことですよ」
表情には出ないが、むくれているであろうリーリェンに、ランウェンが言い聞かせるように言った。話について行けない様子のズーランが口を開いた。
「よくわからないけど、リーリェンをお姫様仕様にすればいいのね?」
「はい」
ヨウリュにうなずかれ、ズーランが笑みを浮かべた。
「わかったわ! 任せなさい!」
行くわよ、とズーランはリーリェンの手を引いた。たまに友人に接するように話すズーランに、リーリェンは引きずられていく。ルイシーもそうだが、ズーランも必要な時はちゃんとしているのでお咎めされないのである。
「シンユー、護衛は?」
「あっ!」
ランウェンに指摘されて、シンユーは慌ててリーリェンたちについて行く。着替えの中には入れないだろうが、外で見張りはいる。まさか金華に侵入していないとは思うが、軍がいたら洒落にならない。もしくは、残党がいるかもしれない。
一行は、リーリェンの着替え待ちになった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
実際に臨検と言うのかわからないですが、調べに来ます。




