19.戦闘
リーリェンが言いきった通り、『銀葉』はルイシーの指示に従った。この半年近くの生活の中で、彼自身が信頼を得ていたというのもあるだろうが、リーリェンが命じたからだろう。住民たちはそれほど領主を信頼しているのだ。
「慣れないことはしなくていい! 数の上では勝っているんだ。数名でかかれ!」
侵入者はそれほど多くない。ランウェンも、二十人にも満たないだろう言っていた。ルイシーの所感でもそれくらいだと思う。問題は術者だ。
金華に術者は実は多い。京師でも、こんなに術者を見たことがない。ランウェンによると、もともと術師としての能力を持っている人間は多く、ただ、その才能を伸ばすかどうかの違いなのだそうだ。力があっても弱いものも多く、そういう人間は一発芸どまりになるらしいが。
リーリェンが自分で言った通り、金華で最も力の強い二人がランウェンとリーリェンだ。ランウェンに関しては当然であるし、リーリェンについても、姉が後宮に入らなければランウェンの後を継いでいたはずだ。
基本的に、リーリェンは事実しか口にしない。自分に対する領主としての評価が低いから、確定している事項しか口にしない。だが、先ほどは『できる気がする』と不確定なことを言った。試してみたい、のだと思う。
術者が起こしている火事を、リーリェンが身振り一つで沈めていく。彼女は火と相性がいいので、敵の術者も不幸である。
金華防衛に回していた力を、リーリェンはすべて攻撃に回している。防衛はランウェンに任せてきたのだ。さて、ここで一つ問題が。彼女は自分の身を守る能力が低いのだ。背後から斬られそうになる。
「伏せろ!」
ルイシーの叫びに、リーリェンは即座に反応した。彼女の髪がいくらか切れたが、体を斬られる前に始末で来た……と、ルイシーはその場から飛びのく。リーリェンが突然強い力場を生み出したのだ。念動力で作られたその力場に不用意に居座れば、ルイシーがつぶされる。ちらちらと赤い炎が見えるそれは、どうやら建物の陰から現れた術者の男とせめぎあっているらしい。
「大丈夫か!」
「こちらはいい!」
端的な答えだったが、助けは必要ないということだろう。
「純粋な力比べで私が負けるものか!」
おそらく言霊の一種だろうが、力のこもったその声に大丈夫だろう、と判断する。せめぎあっているが、リーリェンがそう言うのなら負けはしないだろう。勝つこともないかもしれないが。
おそらく放っておいても大丈夫だと判断し、ルイシーはほかの侵入者たちをとらえにかかる。『銀葉』は対人戦には慣れていないが、戦闘能力はあるので、指示を出せばその通りに動ける。最終的に、にらみ合っているのはリーリェンと術者だけになった。
「あきらめろ! お前を生きたまま焼き捨てても構わんのだぞ!」
かなり過激な言葉がこの領地の美少女な領主から飛び出しているが、誰も近づけない。本当に近づけないのだ。先ほどルイシーが感じた力場がそのまま現実に干渉しているのだろう。
「ルイシー殿」
やってきたのは、巫覡に体を支えられたランウェンだ。侵入者たちがほぼとらえられたので、守りを固める必要がなくなったから出てきたのだろう。
「おばば様。これ、大丈夫なのか?」
尋ねたのは『銀葉』の剣士だった。ランウェンは困ったように眉を顰める。
「リーリェン様の干渉力はかなり強いものです。干渉力だけなら、わたくしよりも強いでしょう。だから、誰も近づけない」
ランウェンが手を伸ばすと、途中ではじかれるように紫電が走った。これ以上近づけないのである。
「仕方がありません。このままでは共倒れですが、リーリェン様に頑張っていただくしかありませんね。まあ、死ぬことはないでしょうし……」
とても消極的な意見だ。リーリェンが力を緩めれば、術を食らってしまう。逆もしかりだ。だから、双方とも拮抗するように力を出し続けるしかない。
リーリェンが「生きたまま燃やす」と言っている以上、能力的には彼女の方が上なのだろう。そして、限界が近いことは双方ともわかっているはずだ。先にけしかけたのはリーリェンだ。赤い炎が術者を襲う。地を這うその炎は本当に術者を焼いた。悲鳴が上がる。リーリェンの力に押されたのだろう。術者が吹っ飛んだ。力場が消失する。
「……え、やりすぎた?」
さしものリーリェンからもそんな声が飛び出した。術者は起き上がってこない。頭を打ったのかもしれない。リーリェンが不用意に近づくのでルイシーは駆け寄った。
「むやみに近づくな!」
ルイシーが腕を引っ張る前にリーリェンの足首が掴まれる。気絶したふりをしていたらしい。しかし、誰かが何かを言う前に、リーリェンがその顔面を逆の足でけりつけた。今度こそ術者は沈黙する。
「……お前、そんなに過激な奴だったか……?」
「私にやられる前にやれと言ったのは父だ。不可能だと思ったが、案外何とかなるものだな」
自信がついたのはそれでいいような気もするが、どう考えてもやりすぎだ。
「ものには限度と言うものがあるんだぞ」
「わかっている」
本当にわかっているのか? にわかにルイシーは不安になった。
「リーリェン様。体は大丈夫ですか? 力の使い過ぎでは?」
ランウェンがリーリェンを見上げてその頬に触れた。確かにその顔は白い。
「どうだろうな。これほど力を使ったことはないが」
リーリェンがランウェンに見られている間、ルイシーは集まってきていた領民たちを見ていた。戸惑っていた様子の彼らのうち一人が口を開いた。
「姫様……言いたくはないが、あんたが領主になってから妖魔が侵入してきた理、神器が壊れたり……で、今度はこれだ。領主には向いてないんじゃないか」
一見言いにくそうだが、結構はっきりと言っている。まあ、彼らにも言い分があるのはわかる。先代の領主グォシャンは実績のある有能な人物であったし、中央で官吏をしていたこともあり、周囲の尊敬を集めていた。
一方、急遽後を継いだリーリェンにはそれがない。父親と比べると実績はないし、優秀ではあるが父親ほどの信用は得られていないだろう。所詮子供の女領主、お姫様だ、と思われていることは、リーリェン自身が一番よくわかっている。
だから、彼らに言われる筋合いなどないのだ。
「そうか? 俺はリーリェンはよい領主だと思うぞ。まず、領民を守るために前線に立ってくれる領主なんてめったにいない」
剣を鞘に納めながらルイシーは静かに言った。リーリェンが口を開こうとしているのを見て、先に話し始めたのでお前何言ってんだ、というような目で見られていた。
「だが、実際の指揮はお前に丸投げだった」
「それはリーリェンが己をわきまえているからだ。できないことをできる人間に振ったに過ぎない」
ルイシーの落ち着いた言葉に、領民たちは戸惑ったように顔を見合わせた。
「しかし……ずっと金華の領主は妖魔との戦いでも人同士の戦いでも指揮を執ってきて……」
「歴代領主にも参謀のような人間はいたはずだ。何も、みんなを引っ張るだけが上に立つものの仕事じゃないだろ。できる人間に適当な仕事を振り分けられるのも才能の一つだ。前の領主と比べても、いいことなんてないだろ」
「……」
さらに困惑したように領民たちが視線をさまよわせる。ルイシーは背後から袖をくいっと引かれて振り返った。
「もういい。ありがとう」
リーリェンはそう言うとルイシーの前に出た。
「確かに私は頼りないな」
まあ、とつぶやいたのはランウェンだ。少し前のリーリェンなら「関係ない」くらい言いそうなのに。
「父ほどの才覚はないし、父のようにはできない。領主になったからには全力を尽くしているつもりだ。至らないのはわかっている。お前たちが不満を持っているのもわかっていた」
白い顔で、震える声で、リーリェンは言った。
「私が領主になってから一年経つな。私一人ではできなかった。だから、だから。力を貸してほしい。頼む」
多分、矜持が邪魔をして今まで言えなかったのだろう。頭を下げたまだ少女に過ぎない領主に、領民たちの混乱も最高潮である。お前たちは少女に頭を下げさせるようなことをしたのだと、十分に理解してほしい。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
リーリェンが神官見習いだったのは、下の子だったからではなく、強い霊力を持っていたから。純粋な霊力比べならリーリェンは強い。ただ、領主としての責任で力が抑制されていたため、結界が破られるなどの事件が起きるようになりました。




