01.金華
本日2話目。今回から本編、ルイシーの視点になります。
何度も言いますが、悲恋です!
禁軍の将軍リ・ルイシーは街道を二人の供とともに歩いていた。いや、正確には元将軍になる。この度罷免されて放逐されたからだ。同行する二人は、ルイシーを慕ってついてくれたのである。
「金華はもう少し先か?」
ルイシーの問いかけに答えたのは、同行者の一人シェ・ヨウリュである。禁軍の兵士の一人で、ルイシーの部下だ。軍師のまねごとをさせていた自覚はある。
「そうですね。もう桂州には入っておりますし、そろそろだとは思うのですが」
僑国は桂州にある金華は、さほど大きくない地方都市だ。治めているのはヤン氏。彼らはここに向かっていた。何の変哲もない小さな地方都市に見えるが、金華は妖魔退治のおひざ元。『銀葉』と呼ばれる組織がある。ここならば何かしらできることがあるのではないか、とこうして向かっているわけだが。
「隠れ里みたいになってるのはわかるけど、ややこしすぎだろ!」
「……」
森の中で迷っていた。いや、方角的にはあっているので、たどり着けると……信じたい。ちなみに、叫んだのはもう一人の部下でリョ・シャオエンという。この国の人間にしては長身のルイシーより、さらに体格がよかった。
「ルイシー様。何か聞こえます」
はっとした様子のヨウリュが言った。ルイシーも耳を澄ませると、聞こえた。
「妖魔か?」
三人は顔を見合わせると同時に駆け出した。ルイシーは目の前に出てきた妖魔を切り捨てた。狒々だ。動きが素早く、とらえづらい。矢が狒々の目を貫く。これはヨウリュだ。
「うおりゃああ!」
無駄に元気な雄たけびを上げて、狒々を切り捨てたのはシャオエンである。その狒々が最後だったようで、ルイシーは剣を鞘に戻した。
「ルイシー様」
ヨウリュが手を振っているのでそちらに向かうと、十を少し超えたくらいの少年が泣いていて、ヨウリュになだめられていた。
「どうしたんだ?」
「狒々に襲われていた子なんですが、ちょっとよくわからなくて」
仲間とはぐれたのか、捨てられたのか。しかし、身なりがしっかりしていることから、はぐれた可能性のほうが高い。
「少年。君はどこから来たんだ? 誰と一緒に来た?」
できるだけ優しく尋ねたのだが、少年は警戒して話してくれない。なんとなくルイシーは、よく教育されているな、と思った。
「おーい。こっち!」
「ズーユン!」
シャオエンと、他の男の声がした。シャオエンが連れてきたその男は、武装していて、それなりに戦えるのだろうということが分かった。
「お兄ちゃん!」
お兄ちゃんと呼んだが、本当に兄なわけではなさそうだ。ズーユンは男に抱き着く。
「お前、勝手に里から出るなよな!」
みんなで探したんだぞ! と男は怒鳴る。ズーユンは「だって」と顔をゆがめる。
「姫様、もう三日も目が覚めない。僕のせいだ。だから、薬草……」
「気持ちはわからんでもないけど、それでお前が怪我でもしたら、姫様、余計に悲しむぞ」
「うん……」
とりあえず、ズーユンは納得したらしく、男に頭を押さえられて一緒に頭を下げた。
「すみません。助けていただいたようで」
「いや、たまたまだが、助けられてよかった。一人で森の中を歩くものじゃないぞ」
そう言ってルイシーが頭をなでると、ズーユンは不貞腐れたような表情になった。本当にありがとうございました、と頭を下げる男に、ヨウリュが尋ねた。
「ところで、あなたはこのあたりの方ですか?」
「ええ、まあ」
子供の足で来られるようなところに、『里』があるのだろう。
「我々は、金華を訪ねてきたのですが、たどり着けなくて……このあたりだと思うのですが」
男が一瞬顔をしかめたのが分かった。しかし、すぐに表情を取り繕う。
「ええ。私は金華の人間です。よければ、案内しますよ」
「助かります」
思いがけず、案内人を手に入れた。ちょっと引っかかるところはあるが、この三人でいればめったなことはないだろう。たぶん。おそらく。
「へえ。京師からいらっしゃったんですか」
案内を買って出てくれた青年は、ジュカンと名乗った。金華で妖魔退治をしているらしい。
「軍人か何かですか?」
ざっと三人の装いを確認しての言葉だった。本当に兄のようにズーユンの手を引いているが、なかなか抜け目ない。
「ああ。お上の勘気を被って罷免されたんだ」
「ああ……それはご愁傷さまです」
肩をすくめたジュカンは、少し緊張を緩めたようだった。
「金華の領主殿もかつて、王の勘気を被って宮廷を出されたと聞いたから、頼ってみようと思ってな」
「なるほど。しかし……あ、ついた」
関所はあったが、普通の街だった。ジュカンもルイシーたちも手形を見せて通過する。門前で待っていた女性が声を上げた。
「ズーユン!」
「母さん!」
どうやら無事に母親と再会できたらしい。よかったですね、とヨウリュが微笑んだ。
「勝手に外に出ちゃダメでしょう!」
「だってぇ~」
「ジュカンもありがとう」
母親はジュカンを見上げて微笑んだ。彼は「いや」と苦笑を浮かべる。
「俺じゃないよ。この人たちが助けてくれたの。旅の人なんだけど、うちを目指してたんだって。おばば様はいるかな」
「この時間なら、宮で祈祷をしてるんじゃないかしら」
「わかった。宮だな」
ジュカンはうなずくと、ルイシーたちを呼んだ。このまま案内してくれるようだ。
「何から何まで済まない。ありがとう」
「いや、ズーユンを助けてもらったし。それに、この街に滞在できるかは、おばば様に見てもらわないと決められないからな」
「そのおばば様、というのはどなたですか? 領主ではないですよね?」
ヨウリュが尋ねた。領主が代わっている可能性はなくはないが、それとは違う気がする。ジュカンは「うーん」と首を傾げた。
「なんていうか、金華の神事を行っている人だな。知ってるから来たんだと思うけど、うちは妖魔退治の専門家だから、変なもん引っ張ってくる奴とかいるんだよ。あと、医者みたいなこともしてるな」
「……なるほど」
本当は領主に会いたいところであるが、こちらのやり方に従わなければその場で追い出されてしまうかもしれない。というわけで、最初に神事を行う『宮』に向かった。
それほど大きくない神殿に見えた。ただ、ルイシーたちが知っているものとは違い、住居や集会所が一緒になっているらしく、どちらかというと庶民的な建物だった。
「すみませーん。おばば様。いる~?」
ジュカンが普通に門をくぐった。門番も誰もいない。ルイシーたちは顔を見合わせたが、ジュカンとはぐれないようについて行った。出てきたのは年若い女性、というか、はっきり言って少女だった。
「あら、ジュカン。ズーユンは見つかったの?」
「ああ。おばば様が言ったとおりだった。で、お祈り終わってる?」
「ええ。中に入って待っていて」
少女がパタパタと中に駆け戻って行く。ジュカンに「どうぞー」と言われて、ルイシーたちは宮の中に入った。
「ちなみに、さっき、宮の隣にあったのが領主館」
ヨウリュがそちらを眺めていたのに気づいていたのだろう。ジュカンがそう教えてくれた。そして、勝手知ったるとばかりにお茶を出してくれた。京師ではありえないほど気軽すぎる。
「おや。お待たせしましたね」
ひょっこりと客間に顔を出したのは、おばば様、と呼ばれている通り年配の女性だった。女性神官らしいゆったりとした衣装をまとい、花鈿がなされている。年は取っているだろうが、背筋は伸びていた。
「初めまして。わたくしは金華の神事を任されている、リウ・ランウェンと申します。気軽におばばとお呼びください」
おっとりと言われ、ルイシーは呼び方にちょっと迷った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ヒロインまさかの出てこない。