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16.川辺











「お前な……俺を信用してくれるのは嬉しいが」

「説教なら後でいくらでも聞く。今はシンユーたちに合流しなければ」

「……」


 彼女の優先順位は、いつだって正しい。確かに、説教は後からでもできる。

「だが、私だって誰の前でも気を許しているわけではないとだけ言っておく」

「……そう言う気になることを言うな」

 少々ひねくれた調子だが、つまりルイシーに対しては気を許しているのだ。この状況でそう言う気になることを言わないでほしい。


「正直、一人にならなくてほっとしている。元の場所に戻るにしても、街に戻るにしても難しい距離だ。街道に沿っていないし、森の中で迷う可能性が高い」

「装備もないからな……」

 ルイシーなら準備さえ整えていれば、この森を踏破することは難しくない。しかし、今はリーリェンが一緒だ。女性にしては体力のある彼女だが、さすがに限界だろう。川から少し離れた場所で座り込んだままだ。

「とりあえず、シンユーは大丈夫だ。一人は倒したし、シャオエンも駆けつけただろう」

「……ああ。そうだな」

 リーリェンがうなずいた。彼女が心配するのはそこだろう。ルイシーはリーリェンの隣に座り込むと、彼女の背中を撫でた。日が沈みかけている。夜になれば、ますます動くのはまずい。

「大丈夫か?」

「ああ……すまない。ルイシーには本当に感謝しているんだ。説教はいくらでも聞く……」

「そうか……とりあえず、もう少しお前は自分の身を大事にしろ」

「気を付けているつもりだ」

「死なないように、だろ。そうじゃなくて」

「貞操観念の話か? それなら、お前なら大丈夫だと思ったからだ。むやみに女性に手を出すようであれば、さすがに禁軍将軍にはなれないだろ」

「……お前は本当に合理的な思考回路だな……」

 ルイシーは肩を落として言った。

「ひとまず、今日はもう動かないぞ。日が暮れる」

「仕方がないな。夜になると、妖魔の活動が活発になるんだが……」

「お前も体力の限界だろう」

「否定はしない」

 リーリェンは膝を抱えてそこに顔をうずめた。


「なんだか……疲れた」


 それは体力だけの問題ではないだろう。彼女の疲労は精神的なものが大きいだろう。川の側を離れず、しかし森の中の大きな木の側に二人は肩を寄せ合って座っていた。

 リーリェンは妖魔の動きを知り尽くしている。ルイシーはそれを踏まえて妖魔を斬れる。とりあえず、何とかなるだろう。

 ルイシーは何も言わずにリーリェンの肩を抱き寄せる。彼女はおとなしく抱き寄せられた。少しためらったが、そっと頭を撫でた。小さな頭だ。いつも落ち着いて、小憎たらしいほどに領主然とふるまっていても、彼女はまだ十七の少女なのだ。領主リーリェンは、ルイシーが思ったように頭をなでたりすれば怒るだろう。しかし、少女のリーリェンは失ったぬくもりを求めるようにルイシーに頬を摺り寄せた。


「もう、疲れた……。なぜ私が領主なんだろう。領主になるはずじゃなかったのに。もうやめてしまいたい……」


 周囲に夜のとばりが降りる。星々の位置から方角を割り出すことはできるが、夜に動くのは危険だった。

「みんな私をいい領主だっていうけれど、父上と比べているのがわかるんだ。言葉の前には『姫君にしては』という飾り言葉がつく。失敗したら、領主失格だ、やはり苦労を知らないお姫様だって言われるのがわかってる」

 だんだんと涙交じりになってきたリーリェンの声を聞きながら、ルイシーは彼女の長い黒髪を撫でる。まだしっとりと湿り気を帯びていた。

「見捨てられるのが怖い。一人になるのが怖い。今、私は父も姉もいなくて、母も頼りにできなくて、一人で。なのに、みんなに見捨てられたら本当に一人になってしまう……」

 ああ。ルイシーは思った。この娘は、寂しいのだ。同じ立場に立って対等にいてくれる人がいなくて、寂しいのだ。


「崖から落ちそうになった時も、一人になるのが怖くてお前の手をつかんだ。巻き込んだと言いながら一人にならなかったことに安心してる。こんな自分が嫌。本当に嫌……」


 しばらく、リーリェンの泣き声だけが響いた。しばらくして、ルイシーは彼女の頭に自分の頭をことりと押し付ける。


「なら、一緒にどこかへ逃げるか」


 はっとしたようにリーリェンが頭を揺らした。


「俺も、京師で、いつ主上の子だとばれて責められるのだろうとびくびくしていた。もういやだとも思った。国を出て誰も俺たちのことを知らない場所へ逃げるか?」


 もぞもぞと動いて、リーリェンが顔を上げた。涙に潤んだ黒い瞳がルイシーを驚いたように見上げている。瞬いたときに零れ落ちた涙をぬぐいながら、ルイシーは微笑んだ。


「いや、ここにきている時点で逃げているのかもしれないが」


 禁軍から追い出され、これ幸いと京師をでた自覚がある。逃げていない、と言うことはできない。


 リーリェンは驚いたように見開いた眼を細め、言った。

「嘘ばっかり」

 今度はルイシーが目を見開いた。確かに今、リーリェンは笑っていた。

「ルイシーは逃げるような人じゃないだろう。本当に逃げるのだとしたら、金華などには来ない」

 穏やかに微笑んだまま言われ、ルイシーも思わず微笑んだ。

「そうかな」

「そうだよ。……でも」

 リーリェンは伏し目がちに視線を落とした。


「そうか……逃げていいのか」

「いい。そういうときも必要だ」


 思うに、リーリェンは息抜きの仕方が下手なのだ。なんでも全力で、だから疲れる。嫌になる。ルイシーにも覚えがある感覚だ。

「そうか……」

 リーリェンが目を閉じたのを見て、ルイシーは少し寝るように言った。こんなところでは休めないだろうが、目を閉じているだけでも少しは違う。


 何というか、適応能力が高いというか、リーリェンはほどなく本当に眠った。適応能力が高いというか、やっぱり危機感がないような気もする。

 ルイシーはリーリェンを抱き上げると、胡坐をかいた自分の足の上に乗せた。頭を肩に乗せてやる。穏やかな寝息が首筋にかかり、妙な気分になりそうだった。すっかり寝入っているように見えるが、たぶん、何かあれば即座に目を開くのだろうな、と思う。

 金華に居ついて半年近くたつが、リーリェンは変人ではあるが優秀な領主だった。めったに人を誉めないヨウリュもそう言うのだから確かだ。


 しかし、優秀だと言われることにも葛藤があるのだろう。失敗した時が怖い、と言う気持ちが分かった。禁軍を追われることになったとき、怖かった。自分が築き上げてきたものが壊れるのが怖かった。ただ、彼の場合はヨウリュとシャオエンがついてきてくれた。あの時確かに、ルイシーはほっとしたのだ。ついてきてくれた二人には感謝している。

 軍人として孤独に慣れているはずのルイシーですらそうなのだ。リーリェンが不安になるのもわからないではない。これまで誰にも言えなかったのだろう。ルイシーが同じ思いをしたことがあると直感で悟ったのか。それとも、単に金華の外から来た人間だから言えたのか。いずれにせよ、弱音を聞かせてくれたのはうれしい。ついでに泣き顔と笑顔も見られた。一度リーリェンの頬を撫でると、ルイシーも目を閉じた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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