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15.崖の上













 シャオエンが叫びはそのままルイシーの叫びでもあった。河原ではなく、崖の上にたどり着いた。はるか下の方を川が流れている。

「もう少し下流に行けば川辺に降りられるが」

 そこまで行く気はなかった。リーリェンもさすがに疲れたのだろう。木の側にしゃがみこんだ。

「ここから突き落とされたのか……?」

「いや、軽くだが検視をしたが、溺死した様子はなかった」

「何をしているんだお前は……」

「私ではない。おばば様だ」

 さすがに領主が遺体に触れることはなかったようだ。周りが止めたのかもしれないけど。ランウェンは金華の医療的なことを担っている。もちろん遺体も調べただろう。


「男の方はみぞおちを刺された傷が致命傷だった。娘の方は背中から袈裟切りにされていた。どちらも刃渡り二尺弱、と言ったところだな」


 膝を抱えて座りながらリーリェンが言った。シンユーがその隣で控えている。


「じゃあ、凶器は剣ですかねぇ」


 シャオエンが崖の下を覗き込みながら言った。ルイシーは「どうだろうな」と少し考えるそぶりを見せた。シンユーが笑う。

「剣って基本的に刺すものですからね。斬った、って言われるとちょっと納得できないんですよね」

「そういうもんなのか……」

 直剣で斬るし刺すシャオエンは言った。彼は剣技だけならルイシーより上だ。それだけの技量があるということである。


「少なくとも、剣術の心得がある男が下手人だな。凶器と同程度と思われる長さの剣を持ったが、私では振れなかった。それどころか、鞘から抜けなかった」


 本当にこの娘は何をしているのだろうか。自分で試してみたかったのだろうが。彼女の体格的に、腰に佩いた剣を鞘から引き抜けないのだろう。腕の長さが足りない。リーリェン自身も剣術をたしなむが、それは一尺半ほどの細い剣だった。一度打ち合ったことがあるが、筋はよかった。


「そうなると、実は『銀葉』の中が怪しい。何しろ、妖魔退治の専門家たちだからな」


 武器を使う退治士は多いが、中でも剣士が一番多いのは無理からぬ話である。ここにいる三人の男も剣士であるし、リーリェンも護身用とはいえ剣をたしなむ。

「だが、『銀葉』ではないだろうな……彼らが私に背くとは思えない。それに、やり方が雑だ」

「……確かに、何かを見られて慌てて殺した、って感じだな……で、ここから捨てたのか……」

 ルイシーは思わず舌打ちした。シャオエンがびくっとした。

「リーリェンは犯人が、最近やってきた彫刻師だと思うのか」

「『銀葉』の人間よりは可能性は高かろうな」

 現場を見たし、帰ろうというのだろうか。リーリェンがシンユーに手を引かれて立ち上がった。


「三人とも。来るぞ」


 その言葉があまりにも平然としていたから、ルイシーは反応が遅れた。一番慣れているシンユーが動いたが。

 槍のようなものがリーリェンにあたる前にはじかれた。これはシンユーではなく、リーリェン自身の防衛術だ。


火槍フェイファ!?」


 シンユーが驚きの声を上げた。明らかに狙われていただろうリーリェンは無感動に誰にもあたらなかった金属片を眺めている。ものすごい爆発音がした。

 周囲は森だ。これを撃った人間は近くにいる。ルイシーとシャオエンが剣を抜いた。リーリェンはおとなしくシンユーとともに後ろに下がる。

 風を切る音が聞こえ、ルイシーはとっさにそれをはじいた。回転しながら襲ってきたその輪は、圏だ。


「ルイシー様!」


 ルイシーの前にシャオエンが割り込み、長剣を持つ男と斬りあいになる。男は覆面をしていた。少なくとももう二人、圏を投げたものと火槍を放ったものがいるはずである。

「シャオエン、代われ! 森の中に二人ほどいるはずだ!」

「了解!」

 シャオエンは身をひねると、ルイシーと場所を入れ替えた。ルイシーが覆面男と切り結び、シャオエンが森の中に入っていく。シンユーはリーリェンを連れて、邪魔にならないように下がろうとしたようだ。しかし、背後は崖だった。


「シンユー!」


 珍しいリーリェンの大声だ。流星錘がシンユーを襲うのではなく、腕をからめとった。体勢からして、リーリェンをかばったのだろう。縄が引かれてシンユーが連れていかれる前に、リーリェンが縄を火で燃やした。


「きゃ……!」


 リーリェンらしからぬかわいらしい悲鳴が上がり、彼女の肩が強くひかれた。ルイシーが相手をしている剣士と同じく覆面をしている。早く倒してあちらに、と思うが、そう思うほど焦り、てこずる。

 明らかにリーリェンを狙っている。リーリェンが領主だと知っているのだろうか。リーリェンが火の術でシンユーを援護し、シンユーが敵を斬る。おそらく、こいつは火槍を放ったやつだろう。と言うことは、シャオエンは流星錘を投げたやつを相手している。間合いが詰めにくいからてこずるだろう。

 ルイシーは何とか相手を切り捨てた。

「リーリェン!」

 ルイシーがリーリェンに手を伸ばした。シンユーよりルイシーの方が強い。リーリェンもそう思ったのだろう。ルイシーの方に駆け出した。が。

「!」

 直感が鋭いのだろうか。リーリェンは己を狙った流星錘をよけた。熟練の武人でも難しいことを、彼女はあっさりとやってのける。第六感が優れている、と考えるのが自然だ。


「あ……!」


 よけたはいいが、態勢を崩した。その足元が崩れる。リーリェンはあえなく崖から転落した。

「姫!」

「リーリェン!」

 シンユーとルイシーが手を伸ばす。リーリェンの手をつかんだのはルイシーだった。彼女がこちらに向かって手を伸ばしていたためだ。黒目がちな目を見開き、リーリェンもルイシーの手をつかんだ。そのまま引っ張ったはいいが。

「あ!」

「……っ!」

 ルイシーごと崖から落ちた。足元が悪かった。リーリェンの足元が崩れて落ちかけたのを考慮していなかったのだ。つまり、ルイシーの足元も崩れた。


「姫! ルイシーさん!」


 シンユーが叫ぶが、すぐに顔が崖から引っ込んだ。背後から攻撃があったのだろう。落ちるしかないと悟ったルイシーは、せめて体勢を入れ替えてリーリェンの体をきつく抱きしめた。数瞬後、水面にたたきつけられた。数日前は雨が降って増水していたが、今はだいぶ落ち着いている。しかし、足がつかないほどの深さはあった。


「大丈夫か?」


 ルイシーにしがみついて水面に顔を出したリーリェンは、軽く咳き込んでいた。ルイシーがかばったので衝撃はほとんどなかっただろうが、水を飲んだようだ。

「すまない……巻き込んだ」

 咳き込みながら言うリーリェンに、ルイシーは「いや」と首を左右に振った。覚悟の上だし、川に落ちることを想定していなかったルイシーも悪い。


 しばらく流されるままになり、リーリェンが言っていた通り河原に上がれる場所に出た。リーリェンを引っ張って河原に上がる。夏でよかった。冬だったら凍えていただろう。

 ルイシーは着ていた服を脱ぎ、水気を絞った。リーリェンも上着を脱ぎ、長い髪から水気を落としている。その彼女が身ごろの服まで脱ごうとしているのを見てさすがに慌てた。

「リーリェン!」

 咎めるような声に、彼女も何を言いたいのかわかったらしい。しかし、彼女はいつもの調子で淡々と言った。

「お前が見なければいいだけの話だ」

「……」

 それはそうなのだが、この釈然としない気持ちをわかってもらえるだろうか。水に濡れたままなのが気持ち悪いのもわかるし、強く言えずにルイシーは彼女に背を向けた。

「もういいぞ」

 そう言った彼女は上着を着ていなかった。ばさっと褙子を振り、振り返ったルイシーの目にはそれが柔く光って見えた。

「術か?」

 男の前でいきなり脱ぐな、と説教をするつもりだったのに、そんなことを聞いてしまった。リーリェンは火系の術を使う術師だ。火で乾かしたのだろうか。

「ああ。どちらかと言うと、風に属する術だから利きが弱いが。お前のも貸せ。ちょっと湿ってる、くらいにはできると思う」

 ちょっと思うところはあったが、水気をはじいてもらった。確かに、ちょっと湿っているくらいにはなった。

「……というか、お前、男の前で脱ぐな」

「それは今言わなければならないことか?」

 こいつの危機管理能力はどうなっているのだろうか。本気で心配になったルイシーである。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


うちのヒロインは水によく落ちる(笑)

ちょっと肝が据わりすぎだろうか……。


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