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14.鍛冶場












 鍛冶場は、森深くにあった。普通の女性であるズーランを連れていても徒歩で半日ほどの距離で、つまりは到着したころには夜になっていた。


「明日でもよかったんじゃないの……」

「こういうことは早い方がいいからな」


 しれっとして、己の侍女の言葉を退けたリーリェンである。うっかりついてくることになったルイシーたちは苦笑した。

 妖魔相手なら『銀葉』でよい。しかし、人間相手なら、ルイシーたちの方が慣れている。ということで、ルイシーとヨウリュ、シャオエンが同行していた。

 どうしても一泊することになるが、泊まるのは領主の別邸だ。少ないが、使用人もいる。次の朝一番に、リーリェンは活動を開始した。

「そういえば、俺、剣を作るところを見るの、初めてだなぁ」

「まあ、普通に生きていれば、軍人でも見るものは少なかろうな」

 シャオエンとリーリェンである。六人で行動するのは目立つが、ズーランが譲らなかったのでこうなった。


 最初に、亡くなった鍛冶職人が所属していた工場を見に来たのだ。親方に話を聞き、鍛冶の様子を見ていたルイシーやシャオエンたちにまず彼女が言った言葉がこれである。


「やはり、あの二人の仲は公認だったようだな。行こう」


 リーリェンは説明もせずお付きの五人を連れて行こうとする。何も言わないときは変なところには連れて行かないとわかっているので、ルイシーたちもおとなしくついて行った。

 彼女が向かったのは鍛冶場を統括する親方のところだった。最近、新しくやってきた鍛冶職人はいるか、などと尋ねていた。

「鍛冶職人ではないが、彫刻師が滞在しているようだな。一人だと聞いているが、複数いる気配はあるそうだ」

「あからさまに怪しいですね」

 ヨウリュが言った。リーリェンが「そうだな」とうなずく。腕を組んだ彼女は、近くの木に寄りかかった。

「彫刻師というのがいかにもだな。ちょうど、京師から贋金づくりの犯人が逃亡中だと情報が来たところだ。正直、事実か怪しいと思っていたが、事実のようだな」

「一応、警察機能もそれなりに生きているんですね……」

 頭脳労働はもうこの二人にお任せである。シャオエンなど本当に理解できないらしく、あくびをしている。

「国としても、贋金を放置することができませんから。しかし、その彫刻士たちが贋金づくりの犯人だとしたら、言われなく金華が攻め込まれるのでは?」

「だから私が来た。裁可を待っていては、なかなか動けないのは金華でも同じだ」

「ああ~……」

 ここに至って、ルイシーたちはものすごく納得した。リーリェンの行動は突飛に見えても、ちゃんと彼女の中では理論的に成り立っているのだ。


「国に気づかれる前に、放り出してしまいたいのだがな」


 捕まえられなくても、金華から追い出せればいい。もちろん、捕まえられるのが一番だが……そして、できれば生きてとらえたい。


「でも、金華に無断で入ることってできるんですか。私たちは見つけられなかったんですけど」


 たまたまジュカンに出会わなければ、ルイシーたちは金華にたどり着けなかった。ヨウリュの言葉にそのことを思い出し、ルイシーもリーリェンの横顔を見つめた。本当に顔の造作の整った娘だ。


「別に、案内がなければ絶対に入れないわけではない。しかし、求めるものには見つからない傾向にあるな」


 そう言う術がかかっていても不思議ではないと思うくらいには、ルイシーたちも金華での生活になじんできていた。

「では、彼らは目的地としてここを目指したわけではないのでしょうか」

「おそらく。たどり着いたら、見つかりにくい場所だからな。……まあ、あの恋仲二人を殺した人間は、領民の誰かだという可能性はまだ捨てきれないが」

「……」

 苦しい立場だと思う。領民を護るために、領民を疑わなければならない。彼女は、それが自分をどれほど苦しめているか、ちゃんと理解しているのだろうか。

「とにかく、まずはその彫刻士だな。家の中をうかがえるといいんだが」

 こういう時、駆り出されるのがズーランとシンユーだった。シンユーは剣士なので体格はいいが、ルイシーたちほどいかにも軍人です、という姿かたちではない。ズーランは普通の少女だ。リーリェンも見た目だけならそうだが、ズーランが彼女を前に出すはずがない。扱いはぞんざいだが、ちゃんと立場を理解しているのがズーランである。


 半刻ほどで二人は戻ってきた。今回はルイシーたちが一緒なので、リーリェンは普通において行かれていた。

「確かに家の中には一人だったわ。彫刻も見せてもらったわよ。ほら、もらっちゃった」

 ズーランが差し出したのは、木の腕輪である。彫刻と言うか、繊細な掘り込みが入っていて美しい。

「……これと、贋金の彫り方を照合できるものはいないか?」

 リーリェンの言葉に五人は目を見合わせる。

「……いない」

「無理だな」

「そうだよな……これも母上なら可能なのだが」

 クゥイリーはよほど優秀な術者だったらしい。だが、現実として彼女はいないので、手持ちの札で何とかするしかない。

「どうする、リーリェン」

「……そうだな」

 さすがのリーリェンも、少し迷うそぶりを見せた。家を監視することもできるが、あからさまに怪しんでいる態度をとるのもどうかと思ったのだろう。こんなことを言った。

「森の中を見ておこうと思う。複数人いる気配がするのに、一人しかいなったということは、他はどこかに隠れているということだろう」

「え、探すの?」

 ズーランが少しおびえたように身を引いた。彼女は責任感だけでここまでついてきた、普通の少女だ。リーリェンは術者であるが、彼女は違う。リーリェンが領主である、と言うことを取り払ってみれば、ズーランを一番守らねばならない。


「いや、ズーランは待っていてくれ。誰かひとり、彼女と一緒にいてくれるか」

「では、私が」


 ヨウリュが名乗り出た。元軍人だからそこそこ強いし、何より頭が切れる。リーリェンも同じくらい頭がいいので、この二人が別れても問題ないだろう。

「では、ヨウリュに頼む。……なんだかいつも留守を頼まれてくれているようで申し訳ないが」

 むしろ、リーリェンにそんな感覚があることに驚いた。ヨウリュもそう思ったのか、控えめに笑う。

「いえ、そう言う役回りなのは理解していますし。森の中歩くの大変ですし」

「お前、はっきりものを言いすぎだって言われないか」

「リーリェン様、それ、自分に跳ね返ってきてますよ……」

 ともかく、ズーランをヨウリュに任せ、他の四人は森の中に入った。川の方に向かっているのだ、となんとなく察した。

「あの二人が。上流から流れてきたと思うのか」

 何気なくルイシーが問いかける。先を歩いていたシンユーに木の根の上に引っ張り上げられながら、リーリェンは「おそらく」と答える。


「だが、妙でもある。確かにこの鍛冶場は、金華の街より上流に位置するが、鍛冶場からあの川はつながっていないんだ。もとは同じ川ではあるが、別の流れのはずなんだ」


 つまり、本流の川はもっと奥の方にあり、鍛冶場を流れている川と、街の方に流れている川の二本に分かれている。鍛冶場のあたりで死んだのであれば、街の方へはたどり着かないはずなのだ。

「確かに……それは妙だな」

 少なくとも鍛冶場で殺されたわけではないことになる。街の方へ流れる川は鍛冶場から少し離れている。少々道は悪いが、歩けなくはない。手を引かれているとはいえ、リーリェンもひょいひょいと歩いている。一応、ルイシーやシャオエンも後ろで待機していたが、危なげない足取りで川にたどり着いた。たどり着いたのだが。


「なんか思ってたのと違う!」


 シャオエンが川を見て叫んだ。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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