00.序章
新連載です。よろしくお願いします。
「やあリンフェイ。ちょっと寄って行かないか?」
隣国の僑を訪れていた爽国の太尉ヤオ・リンフェイは、やたらと気さくに声をかけられて正直戸惑った。冷血女王と恐れられる僑国の女王ヤン・リーリェンは、その恐ろしいうわさとは違い、朗らかでやたらと友好的だった。
「誰も付き合ってくれないんだよ。暇なんだ」
「はあ……」
夫におてんば、むしろ破天荒と突っ込まれるリンフェイもびっくりな自由っぷりだ。あの噂はどこから出たのだろう?
結局断り切れずに、リンフェイは宮城の庭園の東屋に招かれた。もともと後宮だったところらしく、閉鎖された建物がいくつか見える。花々が咲き誇り、小川が流れ、美しい情景だ。
「薬草茶は飲める?」
「飲んだことはありませんが……私がやりましょうか」
手ずからお茶を入れてくれようとする女王にそう申し出たが、リーリェンは首を左右に振った。
「リンフェイは一応お客様なんだから座ってて。みんな、気を使いすぎなんだよ」
「気を遣うなという方が無理な話では?」
ふふ、とリーリェンはリンフェイのやや失礼な言動に笑った。
「私、リンフェイのそういう遠慮のないところ、好きだなぁ」
「夫にはただでさえ威圧感を与えるんだから、もう少し遠慮を持てと言われるんですけど」
「え、何それ。旦那さん面白い。爽の宰相だったっけ」
「ええ、まあ」
元公主であるリンフェイの夫は宰相であったので、他国にも名が知れ渡っている。ある意味、爽を裏から支配しているリンフェイ夫婦だった。
「はい。飲みやすいと思うんだけど」
「いただきます」
差し出されたお茶に遠慮なく口をつける。薬草と名がつくわりにはあっさりと飲みやすい。
「飲みやすいです」
「おいしくはないよねぇ。私が調合したんだ」
「そ、そうなんですか」
もともと医者か何かだったのだろうか。リーリェンは、その一代でこの国の女王になった、いわゆる成り上がりだ。もともとは地方の領主であったらしく、何の因果か先代の王を討ち、女王になったのだという。噂では、『旧き友』という不老長寿の仙人であった先代王に姉を奪われたことを恨み、その怒りのまま王を討ったのだ、と言われている。本当かどうかわからないけど。
「君に会ったらね、聞いてみたいことがあったんだ」
「はい? 私にですか?」
うん、とリーリェンがうなずく。彼女は覗き込むようにリンフェイを見上げた。
「どうして君は女王にならなかったのか」
「……」
思わず、顔をしかめてしまったのは許してほしい。なぜ女王にならなかったのか。リンフェイには痛い問いかけだ。
リンフェイは女王になる資格があった。実績もあった。実際、彼女を女王に、と押す声も、なかったわけではない。しかし、それらをすべて封殺して、リンフェイは従弟を王に押し上げた。
「……おそらく、戦時中なら引き受けたと思います。しかし、そうではなかった……」
リンフェイは、戦時中の王として立てるだろう。果断で苛烈で、冷酷。彼女はそんな王になれる。だが、必要とされていたのはそんな王ではない。苛烈な王は反発を生むだけだ。
「ふうん……なるほど。では、私が王になったのも、あながち間違いじゃないんだろうか」
「陛下はよく国を治められていると感じられますが」
「ああ、うん。ありがとう。ついでにちょっと聞いてくれる?」
何を? とリンフェイが首をかしげる。リーリェンは人差し指を唇に当てて、言った。
「すべてを失い、国を手にした、愚かな娘の話だ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
序章でした。本編は次から。冷血女王リーリェンが語る感じになっていますが、次からの視点はリーリェンではありません。
リーリェンの話を聞く爽国の太尉リンフェイは、『あなたに届く彩は』のヒロインさんですが、読まなくてもわかるようにはなっていると思います。というか、次から出てきませんし。