絶対に童貞を死守したい男 VS 絶対に童貞を奪いたい幼馴染
「駿〜! 夕飯の買い物行ってくるから、お留守番お願いね〜!」
「はいはい、りょーかーい!」
日曜日。
セミの声が絶え間なく聞こえる昼下がり。
「あ、それと──」
そんなセミの声にウンザリしていた、いつも通りの一日に。
「── 実乃梨ちゃんが遊びに来てくれたわよ〜!」
……俺は人生で最大のピンチを迎えてしまった。
「やべぇ! 逃げないと──」
「ふふっ、ざんねーん。もうお邪魔しちゃってまーす」
……背筋がゾクリとする。
恐る恐るドアの方へと振り向くとそこには、悪魔のような……いや、サキュバスのような笑みを浮かべている俺の幼馴染、柏木実乃梨がいた。
「うッ……! クソッ、母さんめ……あれほど実乃梨と二人きりにはしないでって頼んでたのに……!」
「あら、そんなことお母様に頼んでたの? ふふっ、駿くんは照れ屋さんだねぇ」
……なにが『照れ屋さんだねぇ』だ。
過去に自分がした行動を覚えていないのか?
……過去、俺はこいつに何度も襲われている。
初めて襲われたのは確か高一の春、朝目覚めた時だったか。
なんか布団の中でモゾモゾしてるな、と思い布団を退けてみたら、俺のズボンに手をかけて脱がそうとしている実乃梨がそこにいた。
……それからというもの、こいつは隙さえあればすぐに襲おうとするようになった。
確かに、学校でもトップクラスに可愛いと思うし、俺もこいつのことを憎からず思っているのは確かだ。
だけど、俺は昔こいつとある約束をしたから、童貞を守り通す必要がある。
……いやまあ、こいつは忘れてるんだろうけど。
幸い、今までは襲われても人のいる所へと逃げることで事なきを得ていた。
しかし……。
「……ふふっ、二人っきりだねぇ、駿くん」
「そりゃお前がタイミング見計らってたからだろうが……」
不味いことに今この家には俺とこいつ、ただ二人のみ。
しかも俺を逃がさないようにするためか、全然俺の部屋のドアの前から動こうとしない。
窓から逃げようにもここ二階だし。
……あれ?
これもしかして詰んでね?
「……そう怖がらないでよ。今日は駿くんが思ってるようなことをしに来たわけじゃないんだから。それに、やっぱりああいう行為って二人の合意がないと不健全だもんね?」
いや、そもそも高校生がそういった行為をすること自体不健全な気がしないでもないけど……。
だけど、急にどうしたんだ?
明らかにいつもと様子が違う。
本当に改心して諦めてくれたのならありがたいが、そんな都合のいいことはあるのだろうか。
「……じゃあ何しに来たんだ?」
「さっきお母様も言ってたでしょ? 『遊びに来た』って。今日は前みたいに、普通に駿くんと遊ぶために来たんだー。ほら、前よく一緒に遊んでたボードゲームと……あとね、お菓子も持ってきたんだよー。これ、前に駿くんが好きって言ってくれた手作りクッキー」
……本当にこいつの意図が読めない。
こいつの言う通り、ただ単に俺と遊びに来たっていうなら、わざわざこんな二人っきりになるタイミングを選ぶ理由がない。
なにか絶対にやましいことがあるからこの時間に来たはずだ。
となると、一番怪しいのはやはり……。
「いらん。お前が持ってきた食べ物なんて何が入ってるか分からんからな」
手作りクッキー。
まだ実乃梨が俺を襲う前、よく作ってくれていたお菓子だ。
程よい食感で甘すぎない、俺の好みに合わせて作られたクッキー。
それを食べないというのは少し罪悪感もあるけど、わざわざ危険を犯す必要もない。
ここはこいつの動きに注意を払って様子見を──。
「……そっかー。そうだよね、今まであんな酷いことしてきたんだもんね。……ごめんね、駿くん。これは後で捨てておくから気にしないでね」
……。
なんかめっちゃ罪悪感が……。
せっかく作ってくれたんだし、ちょっとくらいなら……。
……いやいや!
油断しちゃだめだ。
初志貫徹、このクッキーは食わない。
……そう固く心に決めた時、ギリギリ聞こえるくらいの小声で実乃梨が何か呟く。
ふと顔を見れば、目に少し涙を浮かべていた。
「……駿くんに食べてもらうために、一生懸命頑張ったんだけどなぁ……うぅ……」
…………。
「いやーやっぱクッキー食いたいわー。あーめっちゃ食いてー、やっぱ貰っていい?」
俺の言葉にぱぁっと顔が明るくなる実乃梨。
くっ、我ながらチョロいな……。
「ホントにいいの?」
「し、仕方なくだからな! たまたまクッキーが無性に食べたくなっただけから。……ええい、いいからもうクッキー寄越せ!」
実乃梨からクッキーの入った袋を奪い取り、中身を確認する。
さすがに食べるといっても、ちゃんと大丈夫そうかチェックしてからにしたいからな。
どれどれ……。
「へぇ……美味しそうじゃん」
「えへへー、頑張って作りました」
……見た目的には大丈夫だな。
うーん……こうなると本当に俺と遊ぶために来たのかもしれないな。
「……なんだ、その。疑って悪かったな。ありがたくいただくよ」
「ううん、気にしないでいいよ。どうぞどうぞ、召し上がれー」
促されるまま、クッキーを口に運ぶ。
……うん、やっぱり美味しい。
ちゃんと俺好みの甘すぎない味で、サクサクとした心地よい食感。
やっぱり少し警戒し過ぎた──。
「……ふふっ。ホントに食べちゃったね?」
──実乃梨の言葉を聞いた瞬間、ドクンと鼓動が早くなる。
「うぐっ、ゲホッ! クソが……やっぱり何か入れてやがったな……!」
「別に、嘘なんて吐いてないよ? 一生懸命作ったのはホントだし、何も入れてないなんて一言も言ってないでしょ?」
クソッ、少しでも信用してしまった俺が愚かだった。
さっきから体が熱い。
いったい何を……。
「……ふふっ、そのクッキーにはね、お薬が入ってるんだー」
「薬……?」
「うん、そうだよー。いんたーねっと?で買った『飲んだあとに初めて見た人を好きになる惚れ薬』ってやつ。さっき私言ったよね。『ああいう行為は二人の合意がないと』って。……ふふっ、でもこれで駿くんも、私とシたくなっちゃったよね?」
…………。
「そんなわけないだろ。頭大丈夫か?」
「あれっ!?」
「ったく……。お前は機械音痴なんだから、そんな怪しいもんネットで買うなよ。どう考えても詐欺だぞそんなの」
「じゃ、じゃあ私のこと好きになったり……」
「なるわけないだろ」
「そんなぁ……」
「というわけで。今自分で言ったこと覚えてるか? 俺が合意してないんだから諦めるんだな。ほら、帰った帰った」
「うぅ……。自分が言った手前このまま押し切るのは……。きょっ、今日のところは帰るけど、諦めたわけじゃないんだからねーっ!」
「おう、気をつけて帰れよー」
……帰ったか。
あいつ……本当に……。
「……本当になんてもん飲ませるんだ……」
さっきあいつには『そんな薬詐欺だ』なんて言ったが、それは少し正しくない。
見た人を好きになる薬なんてものではないが、単純に性的興奮を高める……いわゆる媚薬だの精力剤だの、そういった類のものだったのだろう。
現に、何とは言わないが俺のナニかがかなり元気になってしまっている。
これが実乃梨にバレたらさすがにやばいと思って、少し強引に帰らせたのだけど……。
本当に素直に帰ってくれてよかった……。
……。
しかし、このままにしとくのはなぁ……。
うーむ……まあちょうど家には俺一人だけだし、仕方ない。処理しておこう。
そう思ってズボンを下ろしたその瞬間。
ガチャリとドアが開いた。
「ごめん駿くん、ボードゲーム置いたままだっ……た……」
「あっ」
……その後どうなったかは、敢えてここでは語らないでおこう。
短編の方が筆が乗っちゃいますねぇ……。
他にも連載小説など執筆しているので、そちらの方もよければぜひぜひー。