8.転機
(朝起きて昨日の幕間みて「何やってんだ……」ってなった顔)
『ねえお姉ちゃん、The Lordってバンド知ってる?』
先ほど私のもとへと届いたメッセージ。
送り主は藤ヶ谷白露、私のかわいい妹である。
ちなみにこのかわいいというのは私の気持ちの問題ではなく、客観的事実として、白露はそれはもう無茶苦茶にかわいい。
両親はかわいさのDNAを私に0、白露に100と振り分けたようで、なんというか私に関してはもう……って感じなのだが、その分年を追うごとに白露がかわいくなっていく姿を見ていれば満足なのでそこに関してだけは両親グッジョブである。
白露はかわいすぎて雑誌のモデルなどをやっており、自分が載った雑誌を嬉しそうに私に見せてくれる姿は天使と見まごうばかりで、もし私が中世の貴族か何かであればすぐにでもお抱えの画家を呼んで天使に祝福される白露の姿を描かせたことであろう。
もちろん私の心理的にもかわいくて仕方ないので、二重にかわいい白露は最強である。
そんな白露は先月二年生になったばかり、お年頃の女子高生だ。ちょうど音楽にも一家言持ちたくなる時期というやつかもしれない。
ちなみに私も今の妹と同じような頃に『邦楽を知り尽くす前に洋楽を聴くのはダサい』という暗黒の固定観念にとらわれ、実際には聴いたことも聴く予定もない昔の邦楽バンドの表面上の知識だけを雑誌やインターネットで読み漁っていた悲しい歴史がある。
もちろん今ではその麻疹も治り、遍く音楽に貴賤はないという極めて常識的スタートラインへと立ち戻ることができているためご安心いただきたい。
ともあれ、The Lordね。
『名前は聞いたことあるよ、最近人気の出てきてるロックバンドだっけ?』
実際にThe Lordはなかなかの人気らしい。
悲しいことに最近は仕事とゲームばかりを繰り返す日々を送っていた私はちゃんと聴いたことがないが、そこかしこで名前を見かけたことがある。そしてその音楽性とともに必ず語られる特徴として、ボーカルがアイドル顔負けのイケメンだとかなんとか。
『そうそう!棗くんがめちゃんこかっこいいの!』
お前もか妹よ。
『それで? そのThe Lordがどうしたの?』
『ちょうど夏休みの頃にThe Lordの全国ライブツアーが決定したんだけど、応募したチケットは全部抽選に漏れちゃって……。でもThe Lordがテーマソングをタイアップしてる関係で、今度開催されるあるゲームの大会の優勝賞品として、ライブの特別招待チケットがもらえるんだって。アヴァオン……アヴァターラ・オンラインっていうゲームなんだけど、お姉ちゃん知ってる?』
んん?
知ってるもなにも、アヴァオンであればただ今絶賛ログイン中である。
その旨を伝えると妹の喜びようとテンションを表すかのように、ピンクのうさぎが狂喜乱舞するスタンプの連打が送られてきた。かわいい。
『お姉ちゃん、お願い! 優勝目指して大会に出てくれないかな!?』
妹の無茶ぶりに思わずビールを握る手が固まる。
出るだけならまだしも優勝を目指してとは、またずいぶんとハードルが高い。
「むん? どしたんですか?」
「いやぁ、ちょっとねー……」
お口に咥えたかりかりベーコンをはしたなく上下にみょんみょんと動かしながら、こちらの様子を窺うりこちゃんに生返事を返し、どうしたものかと考える。
大会……。大会かぁ……。
もちろんなんとかしてあげたいとは思うのだが、ゲーム配信初日からプレイしているにも関わらず、お恥ずかしながら戦闘力という点ではいまだ皆無に近いのだ。なんなら今日アヴァオンを始めたばかりのプレイヤーと戦ってもいい勝負になるはずである。
正直に言って、とても大会での優勝など狙えるようなプレイヤーではない。
とは言え……せっかく白露が頼ってくれたのだ。何も試しもせずに断るようなことはしたくない。
かわいい妹にかっこいいところを見せたいと思うのも、正しくお姉ちゃん心というものであろう。
『優勝できるかどうかはちょっと難しいかもしれないけど、お姉ちゃんできるだけがんばってみるね』
『ありがとうお姉ちゃん! 大好き!』
――大好き。大好き。大好き。
具体的にどうするかのプランや行動は未来の自分へと丸投げし、速攻でスクリーンショット保存からのお気に入り設定コンボを決めた私は、完璧な脳内再生でリフレインするかわいい妹の声を堪能しながら残りのビールを飲み干した。
……よし、あとは任せた。がんばれ未来の私!
………………。
…………。
……。
「ってことなんだけど、モチリコちゃんはこの話知ってる?」
目の前で相変わらずお肉ばかり食べているモチリコちゃんに聞いてみる。
「大会ねー、私はMMOのPvPにはあんまり興味ないのでスルーの予定でしたけど、たしかにやるっていうのは聞いてますよー」
「強い人ばっかり出るってことでしょう?」
「まぁ全員とは言いませんが……少なくとも優勝争いするのはトップレベルの連中でしょうねー」
「私が参加して通用するなんてことは……?」
「いやぁ……さすがにレベル1じゃちょっと厳しいんじゃないでしょうかー……?」
「だよねぇ……」
なんせログインしている時間の大半を銀龍の鱗亭でビールを飲みながら過ごし、お金がなくなると申し訳程度に冒険者ギルドで採集クエストを受けてさくっと終わらせ、残りの時間はミライちゃんのところへ遊びにいくというライフスタイルの私だ。
逆にこれでなんとかなるようであれば、真面目に冒険してるプレイヤーの皆さんに申し訳がたたない。
「でもまぁ夏休みの時期ですよね、大会あるの。まだ2か月近くありますし、今からでもちゃんとやればなんとかなるー……かもー?」
「レベリングかぁ……」
「おまちどうさまでしたー!」
私が頭を抱えて悩んでいると、看板娘のソフィアちゃんがさきほど頼んでおいた追加のビールを届けてくれた。
「すみませーん、一口メンチカツも追加でくーださい」
「あっ、その……ごめんなさい、今メンチカツ切らしてしまっていて……」
おや?
ついでとばかりにまたもお肉の追加を頼んだ肉食系女子りこちゃんに対して、露骨に顔色を曇らせたソフィアちゃんから意外な答えが返ってきた。
なんかつい先日も同じようなシーンを見たような気がするけれど……。一体どうしたというのだろうか。
「んー……? じゃあ今日はまぁいっかなぁ。ビールいただきまーす」
「すみません、本当に」
うーん。モチリコちゃんへ受け答えしているソフィアちゃんにいつものような元気がない……ような気がする。彼女の様子が普段と違うことがわかる程度には、私はこのお店と彼女のお世話になっているのだ。
「ねぇソフィアちゃん、差し支えなければなんだけど、他にも品切れしてるメニューとかってあるの?」
「ええと……それが……」
そういってソフィアちゃんはすこしだけ周囲を見回す。
「あ、ごめん。もし言いにくいなら大丈夫。普段品切れなんてないから、ちょっと気になっただけで」
私はそういって好奇心にふたをする。いかんいかん、さすがにお店の営業中に聞くにはちょっと失礼だったかな。今はそれほど多くないとはいえ私たち以外のお客さんもいるのだ。
私が反省していると、しかしソフィアちゃんは店内の壁にかかっている大きな時計を見やった後、何かを決心したかのようにこちらを見つめていった。
「あの……実はちょうどミスカさんにご相談しようかと思っていて……」
「へ? 私に?」
少しだけ待っていていただけますかと言い残し、ソフィアちゃんは小走りで厨房の奥へと向かっていった。
ややあって厨房から出てきた彼女は、私たち以外に一組だけ残っていたお客さんへ頭をさげながら臨時閉店を告げ、お店の外まで見送った後、なにやら作業をして戻ってきた。どうやら店じまいを示す看板を下げてきたらしい。
「え、なにこれどういう状況?」
「イベントフラグでも踏みましたかねぇ?」
混乱しているのか、モチリコちゃんは最後の一本となったピリ辛チョリソーを甘いステーキソースの中へとつっこんだ。あーあ、もったいない。
とはいえ仕事終わりにはほぼ毎日欠かさず銀龍の鱗亭へ通い詰めている私をして、こんなことは初めてなのだ。そりゃあモチリコちゃんだって何がなんだかわからないだろう。
「もう少しすれば姉が帰ってきます。そうしたら少し……お話をさせていただけませんか?」
そう告げたソフィアちゃんの表情は、この先なかなかに深刻な話題が待っていることを予感させるには十分なものであった。
貴重なお時間を割いて読んでいただきありがとうございます!
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