7.モチリコちゃんと
(久しぶりに見かけた友人がどっぷりTRPG沼にはまっているのを羨ましそうに見る目)
私が銀龍の鱗亭に入り浸るようになってから10日ほどが経った。
アヴァオン世界での体感時間は現実世界の三分の一となっており、それに合わせて朝と夜が巡るようになっている。
具体的には現実時間の0時から8時までがアヴァオンの0時から24時、8時から16時がまた0時から24時、16時から24時が次の0時から24時といった具合である。
仕事終わりにログインしてもアヴァオン内での体感でほぼ丸一日遊べるということで、社会人にとっては非常にありがたい仕様である。
話を戻すが、つまり現実世界で10日ほどということは、アヴァオン世界ではおよそひと月程度の時間が経ったということだ。
その間、以前のように家で缶ビールを飲むことはほとんどなくなり、無駄なお肉が減り、心なしか肌艶もよくなってきている気がする。VRMMOが美容と健康にまで効果を発揮するなんて、なんといい時代になったものか。
そんなような話をしながら、すっかり行きつけと化した銀龍の鱗亭にて、今のところアヴァオン内の唯一の友人、りこちゃんことモチリコちゃんとテーブルを囲んでいた。
ちなみにりこちゃんの本名は持田りこ。だからモチリコ。私も人のことはいえないが、素晴らしく安直なネーミングである。
彼女はプロゲーマーというある意味タレント寄りの職業である以上、知名度を得るためなのか、どのゲームでも基本的にリアルのりこちゃんにかなり似ているアバターとこの名前を使っている。
わかりやすくて非常に結構なことである。
聞いたところによればプロゲーマーとしての持田りこは、ふわふわとしたいかにも女子然としたその容姿も含めて、特に男性ファンを中心に結構な人気があるらしい。
しかしその実、彼女本人の性格は割とさばさばとしており、女子特有のめんどくさい心理戦やマウント合戦をしなくていいので、私としては非常に好ましい。長いこといい友人付き合いができていることに感謝である。
そんなモチリコちゃんの今回のアバターは、ファンタジーならではのピンク髪をボブカットにした、大きなたれ目とお胸が印象的な美人さんだ。妬ましくなどはない。決して。
なお現在はお酒が入り、やや赤ら顔である。
「いやぁ、アヴァオン様様だね」
「誘ったかいがありましたねぇ。霞ちゃ……じゃないや、ミスカちゃんが恋シミュ以外に手を出すかどうかはわかりませんでしたからー」
そういってモチリコちゃんは分厚いステーキにがぶりと食いつく。
「んー、おいしぃー! さっそくいいお店見つけましたねー」
「でしょ? 初日からほぼ欠かさず毎日通っちゃってるもん」
「まったくもー。確かにお酒で釣ったのは私ですけど、まさかミスカちゃんが本当に酒場通いしかしないのは予想以上でしたよー……」
遠慮なく生ビールをあおる私を見て、モチリコちゃんは呆れたような表情で唐揚げをつついている。
ちなみにこの生ビール、いわゆるピルスナータイプであり、透き通った黄金色が目にも美しい。
ファンタジー的酒場のイメージ通り、てっきりエールしかないのかと思っていたが、ある日なんとなく聞いてみたらピルスナーも置いてあるというので、それ以来気分で飲み分けることにしている。
やはり地元の人々、つまりNPCにはエールのほうが圧倒的に人気らしいが、それでも頼めばちゃんと出てくるあたり、改めてここは最高の酒場である。
ごくごくとすっきりした喉越しを味わう。
多幸感で脳みそがとろけていくぅ。
「ぷはー、しあわせぇ……。あ、でもイルメナ周辺で路銀稼ぎはしてるよ。お酒代稼ぎに……」
「……一応聞くけどぉ、今のレベルはー?」
「……1」
それを聞いてがくっとうなだれるモチリコちゃん。
仕方ないじゃん。モンスターなんて一匹も狩ってないし。採集クエストでお酒代には事足りるし。
「いやまぁいいんですけどねぇ、楽しみ方は人それぞれですし。あ、このチョリソーもおいしぃ」
モチリコちゃん肉食系である。さっきからお肉しか食べてないんじゃないだろうか。
「そういうモチリコちゃんはレベルいくつになったの?」
「ふふーん、49!」
おお。よくわからないけどずいぶんと離されてしまったものだ。3週間前は同じレベルだったというのに。
「それって高いの?」
「んー、それなりですかね。トップレベルとは言いませんけど、上から1、2割には入ってるんじゃないでしょうかー?」
「へぇー」
露骨に気のない相槌をうつ私をジト目でにらむモチリコちゃん。ごめんて。
「そういえば別の国って見つかった?」
「それがまだなんですよねぇ。あっちこっち探してるんですけどぉ、マップがとんでもなく広い上にヒントが少なくって。小さい町はいくつかあるんですけどねー」
NPCからの情報をもとにすれば、どうやらイルメナの西方面に大きな農耕、畜産地帯があり、それを超えた先に帝国領土が広がっているらしい。
同じ大陸内であることが保障されているだけに、まずは帝国側で始めた人たちと合流したいと考えているプレイヤーが多いようで、ひとまず西側を目指そうという動きが主流とのことだ。
「帝国にもおいしいお店があるのかな」
「もう、ミスカちゃんはそればっかりー」
「だってそのために始めたんだもん」
「まあたしかに思ってた以上に料理や飲み物の満足感ありますよね……。これで現実の身体ではカロリー0とかやばー」
「この技術がもっと前にあればせっかくのディナーデートで無味無臭のフレンチフルコースを食べきらないとシーンが進まないっていう拷問のようなイベントを過ごさなくて済んだのに……」
「えぇ……なにそれこわぁ……」
あのゲームはひどかったなぁ……。笑顔で「おいしい?」とか聞いてくるイケメンに殺意を覚えたものだ。無表情の私を見ろ。どこからどう見てもおいしそうに食事してる人間の顔じゃないだろと。
しかも制作側のこだわりなのか、ただ単に他のアイデアがなかったのか、全キャラに必ずこのディナーイベントがあるのだ。私が全キャラ攻略できなかった数少ない乙女ゲーの一つである。
「もしもーし、戻ってきてくださーい」
「おっとっと。あ、ソフィアちゃん、ビールもう一杯お願い」
危うく開けなくてもいい記憶のふたを開けるところだった。
ちょうど通りかかった看板娘のソフィアちゃんに追加をお願いする。
私がここに入り浸るうちにすっかり仲良くなってしまい、今ではお店が暇なときには雑談などもするような仲である。
「はーい、すぐ持っていきますねー!」
いつもながらきびきびと動くソフィアちゃんが大きな声で元気に返事をしてくれたその時、私のVR端末が、リアルのほうのメッセンジャーアプリへの着信を告げた。
送信元は妹の白露からだ。
なになに?
『ねえお姉ちゃん、The Lordってバンド知ってる?』
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