6.『銀龍の鱗亭』
「いらっしゃいませー!」
『銀龍の鱗亭』と書かれた看板は、その名の通り素敵な銀製の龍が飾り縁となっており、いかにもファンタジー世界の酒場という風情を醸し出していた。
その瀟洒な看板をくぐり、両開きの木製のドアを押し開けた私を迎えてくれたのは、小気味よく響くカウベルの音と、ごしごしとテーブルを磨いていた元気な女の子の声だった。
カウンターが一本、テーブル席が5つほどだろうか。店内はそれほど広くないが、時間帯のせいもあってか、お酒を出すお店にしてはかなり明るい雰囲気だ。
まだお昼を少し過ぎたくらいとあって時間が早いためか、私以外にお客さんはいない。
「もうお酒飲めますか?」
「え? あ、はい! もちろん大丈夫ですよ!」
念のため私が尋ねると、女の子は少しだけ驚いた顔をしたものの、明るく肯いてくれた。
快活そうな顔立ちに、明るく少しだけ癖のある金色の髪をサイドポニーにしており、全身にまとう健康的な雰囲気は、胸元がやや大胆にあいた制服ととても似合っている。とてもかわいらしい女の子である。
せっかくなので初日の町の様子も眺めたいと思い、窓際のテーブル席についた私に、女の子がメニューを渡してくれる。
「ありがと」
「い、いえっ!」
メニューを受け取る際に目があったのでお礼を言うと、なぜか顔を真っ赤にして小走りで奥へと下がっていってしまった。あちらは厨房だろうか。「ひゃー!」というかわいらしい悲鳴が聞こえてくる。
「……?」
なにか悪いことをしてしまっただろうか……? せっかく見つけたよさげなお店なので、ぜひ好感度は高い状態にしておきたいところであるのだが。
それはそれとしてメニューだ。
ずっしりと重い革の表紙を用いた立派なメニュー表で、ページ数もやたらとある。これは大当たりかも知れない。
個人的な好みの話になってしまうが、こういった酒場のメニューはあればあるだけいい。なんならメニューにないものも頼めば出してくれると、なおいい。
だってお酒を飲んでる時のおつまみの気分なんてその日によって……というかなんなら5分後には変わっているのだ。豊富なメニューで私たち酔っ払いを待ち構えてくれているお店には、そういった酒飲みに対しての寛容さというか、ころころと気分の変わる酔っ払いの面倒なリクエストにも「しょうがねえなぁ」と苦笑しながら受け止めてくれるような、懐の深さを感じるのだ。
そういったお店の擬人化をするのであれば、ややくたびれたちょいワルでありながら、それでいて不意に優しい目を見せるような、渋いオジサマといったところであろう。
止むにやまれぬ事情によりバツイチとなり、娘を溺愛しているけどなかなか会わせてもらえない、みたいな設定がついているとなお良し。
あー……トキメキ☆ワーカーズの善司さん(小料理酒場の板さん・37歳)かっこよかったなぁ。トキメキ☆ワーカーズ、通称トキワは登場キャラ全員がそれぞれ異なる仕事に就いている社会人で、なかなか大人の雰囲気を楽しめる素晴らしい乙女ゲーであった。続編が出てくれないかと待ち続けている良作の一つである。
おっと、いかんいかん。つい妄想が膨らんでしまった。
私は改めて豊富なメニューに目を落とし、ぱらぱらとページをめくっていく。
ある程度の飲み食いであれば、ゲームスタート時点で自動的に持っていたお金だけでも十分に足りそうな金額である。
本当はこれ、初期の回復薬とか装備とかを買うための資金なんだろうけど、まあいいだろう。なんとかなるなる。
「お、お決まりでしょうか!?」
一通りメニューを眺めて注文を決め終えたころ、ちょうどいいタイミングでさきほどの店員さんが戻ってきて、声をかけてくれた。
なんかやたら緊張しているというか、声が上ずっているけど。もしかして新人さんなんだろうか?
「生エールとひとくちコロッケ。あときのこのバター醤油炒めお願いします」
「ひゃ、ひゃいっ! かしこまりあした!」
うーむ、かわいいんだけど少しだけ心配になるなぁ。個人的には店員さんに関してドジっ子属性は求めていないので、ぜひ注文通りにテーブルへ並べていただきたい。
私は初めてのおつかいを見守る親のような気持ちで、厨房へと向かう彼女の後姿をぼんやりと見送った。がんばれ店員さん。
「んー! おいひぃ……!」
結論から言えば全くの杞憂であった。
彼女はしっかりと注文通りの料理と飲み物を運んできてくれた上、私が一杯目のエールを飲み切ると、すぐさまこちらへ声をかけて、追加のエールを出してくれるという気の利かせようであった。
その際、先ほどの反応について「突然すごいきれいな方が来たので驚いてしまって……」と申し訳なさそうに謝られてしまったが、私からすれば看板娘さんのその反応のほうがよっぽどかわいいと思う。いい子いい子してあげたい。
時間帯的にすいていたこともあってか、あまり待つことなく提供された料理たちも、おつまみとしてこれ以上ないものであった。
胡椒がきいているアツアツのコロッケをはふはふといただくと、しっとりふんわりとしたお芋の風味が絶品で、時おり顔を出すスジ肉のこりこりっとした食感と少し強めの塩味におもわず笑みがこぼれる。
緩みまくった口元にきのこ炒めを運べば、ぷりぷりとしたきのこの気持ちいい歯ごたえに、ほのかな苦みと渋みがバター醤油の甘みと絡み合い、冷えたエールの爽快感を引き立ててくれる。
「ぷはー! アヴァオン最高!」
2杯目のエールも浴びるように飲み干し、すぐに3杯目を注文した私は、改めてこのゲームの作りこみのすごさを実感していた。
これだけ現実そっくり、いや、それ以上の満足感を得られるのに、現実の肉体はカロリーもアルコールも摂取していないなんて、本当に夢のような話である。
これには酷使され続けていた私の肝臓さんもにっこりであろう。
このゲームを教えてくれたりこちゃんには感謝しかない。今度お礼をしなければ。
そんなことを考え、幸せいっぱいの気持ちで新しいエールを待ちながら、ふと窓枠に四角く切り取られた外の景色を見ようとすると、窓ガラスにすこぶるご機嫌そうな笑顔の美少女が映っていた。
うん、自分のことをほめるようで恥ずかしいが、やはりミライちゃんが気合を込めてくれたこのアバターは本当にかわいいな。
外はまだ明るい。私と似たようないかにも初期装備といった装いの男女が、町の外へと向かって小走りで駆けて行く様子をぼんやりと見送る。
第一陣プレイヤーのみんなは今頃がんばって狩りやらクエストやらを進めているのだろう。
「んふっ、がんばれー」
新たに運ばれてきたエールに口をつけながら、私は誰に言うともなく気持ちばかりのエールを送るのだった。
エールだけに。なんちゃって。
望外に多くの方に読んでいただけているようで感謝しかありません。ありがとうございます。
そして本当に冒険しないな、こいつ!と思われた方、ご慧眼です。
お姉さんはただ飲みたいのです。
5/16追記……しゅげみみ(ツイッター@Shiglet_syumi)先生よりミスカちゃんのイメージイラスト(これでまだラフとのこと!)をいただきました。ありがとうございますうううう!!お話の最後に挿絵として飾らせていただきました!
6/25……上記イラストを清書していただいたので差し替えました!しゅげみみさんありがとうございます!