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5.冒険者の町『イルメナ』



「なぁ、あの子見てみろよ……」


「うわ……すげえかわいい……」


「何とは言わんけど……俺はもう少し大きいほうが……」



 ミライちゃんとの一時の別れを惜しみつつ、冒険者の町イルメナへと降り立った私は、思った以上の人混みに圧倒されていた。



「お前声かけてみろよ」


「ばっか、レベルが違うだろ。恥かくだけだっつの」



「んん……?」


 さきほどから何やらちらちらと視線を感じる。


 おそらくは私と同じようにイルメナを選んだプレイヤーたちが数多くいるのだろう。今まさに第一陣がキャラメイクを終えるタイミングなわけで、スタート地点の噴水広場周辺は、それはもう都内の通勤ラッシュも斯くやという大混雑である。

 これだけ人が多いのだし、たまたま誰かに見られたように感じただけだろうか。


 せっかくのイルメナの街並みを堪能したいところではあるのだが、ここでは残念ながら視界が人で埋まってしまっている。


「とりあえず先に移動しちゃおうかな」


「あのー、すんませーん」


 イルメナの地理もわからないため、まずは適当に街歩きでもしようかなとのんびり動き始めた私は、数歩も歩かぬうちに誰かに呼び止められてしまった。

 声をかけられるような知り合いはまだいないはずだけど。


「ええと……はい?」


「うぉ……やっぱすげえかわいい……。なあなあ、よかったら俺たちと一緒にPT組んでスタートダッシュ決めない? 俺らβ組だからおいしい狩場とか詳しいと思うぜ」


 案の定というかなんというか、別に知り合いでもなんでもない男性3人組であった。

 β経験者によるただの親切……というのであれば初心者プレイヤーはそこら中にあふれかえっているわけで、私にだけ声をかけるというのは考えにくく……もしかしなくてもこれはナンパというやつだろうか。


 周りに女性プレイヤーはたくさんいるのだし、私なんかじゃなくてもっとかわいい子とか、バランスよく3人組の女子グループとかにしたほうがいいのでは……などと思ったが、そういえば今の私はミライちゃん謹製の美少女アバターだったのか。

 ……なるほど、先ほどの視線の正体はそういうことか。図らずも周りのプレイヤーたちから注目されていたらしい。


「あー……っと、ごめんなさい。私のんびりやりたいと思っているので」


 というかなんなら現時点ではモンスターと戦いにいく予定すらないのだ。のんびりどころの話ではないし、一緒にいたら彼らの迷惑になってしまうだろう。


「えぇー!? そんなこと言ってたら置いてかれるぜ? せっかく初日からインできたんだし、今のうちにリードしないともったいねえよ」


「いやぁ……あんまりリードとか……しなくてもいいかなって」


「んなのダメだって。初心者はそう思うかもしれないけど、あとから絶対後悔すっから! 一緒に行こうぜ、な!?」


 ぐむ、めっちゃグイグイ来よる……。

 全力で好意的に解釈して、もし仮に親切心100%で言ってくれているのだとしても、その押し売りは間に合ってるのだ。

 あとなんかちょっとずつにじり寄ってくるの怖いからほんとにやめていただきたい。


「いやぁ……私はほんと大丈夫なので……別の方とでも、ね?」


 結果そんな感じで目を泳がせながらも、がんばってやんわりと断ったつもりなのだが、残念ながら彼らに私の気持ちは届かなかったようである。

 どうやら彼らは自分たちの主張を曲げるつもりは一切ないらしく、しきりにスタートダッシュがーとか効率がー、と熱弁している。


 これではきりがないし、さすがにそろそろ周りの注目を集め始めてしまっているようにも思える。

 なんせここはスタート地点のすぐそばなのだ。こうしている今も続々と新しいプレイヤーたちがイルメナへと降り立っている。


 あまり目立ちたくないし、何より早くイルメナの街歩きでもしたいんだけどなぁ……などと途方に暮れていると、ナンパ3人組と私を挟むようにして、背後から更なる声がかけられた。


「俺もよくナンパするけど、あんましつこいと嫌われるぜ? これ体験談、マジのやつな」


 驚いて振り返ると、一人の青年が妙に明るい表情でこちらへと近づいてきている。

 

 男性にしてはやや長めのオレンジ髪を、左半分だけ編み込んだオシャレなアシメヘアにしており、三人組に対しても全く物怖じしない自信にあふれた態度は、キャラメイクを経ていることを考慮しても、もとがかなりのイケメンなのであろうと察せられる。

 その中にもどこか愛嬌が感じられる雰囲気は、性格によるものだろうか。

 この辺りにいるほとんどのプレイヤーたちと同じような初期装備をつけているにもかかわらず、その細身の身体で実にかっこよく着こなしている。


「んだてめえ」


「いや、そのへんちょっと邪魔になってるからさ、なんにしてもいったん場所かえたら?」


「あぁん?」


 言われてようやく気付いたのだろう。私とナンパくんたちにはだいぶ注目が集まっており、やや遠巻きではあるが若干人だかりができてしまっている。

 中にはナンパくんたちを見て何かをひそひそとささやきあうような姿もあるようだ。


「あぁ!? てめーら何見てんだよ! ……くそっ、せっかく親切で声かけてやったってのに……!」


 そう苛立たし気に吐き捨てたナンパ君たち一行は、しばらくギャラリーを睨みつけて威嚇していたが、周囲の反応から自分たちの立場が不利なことを悟ったのか、ようやくどこぞかへと消えていった。

 この後はきっと自慢の効率狩りに行くのだろう。がんばってほしい。心の中でそっと合掌。


 はぁ……。

 それにしても……なんかいきなり疲れた。


「ええと、ありがとうございました」


 助け船を出してくれた男性に振り返り、頭を下げると、彼は人懐こい笑顔を浮かべてぱたぱたと手を振る。


「いいっていいって! うわ、ていうかめっちゃ美少女! 俺もナンパしていい?」


「いやぁ、せっかくですけど遠慮させてください」


「だよなぁ、残念!」


 言いながらもその言葉とは裏腹に大して残念でもなさそうに笑っているが、それくらいのほうがこちらも気を遣わずに済んでありがたいというものだ。

 

「イングベルト、そのへんにしておけ。狩場が混み合う前に我々もそろそろ行くぞ」


 おぉ、いい声。


 彼の仲間たちだろうか。グレーアッシュの長い髪に鋭い瞳をもつクール系、大柄で武骨ないわゆる漢タイプと、気が付けば三種三様のイケメンが私を取り巻いていた。

 なんということか。少女漫画か乙女ゲーかという展開である。


 ……まあ残念ながらこれは少女漫画でも乙女ゲーでもないMMORPGなので、私が逆ハーレムになったりはしないのだが。


「あいよ。んじゃあとはもう大丈夫か? もしわからんことがあれば大抵教えてやれるとは思うけど」


 イングベルトと呼ばれたオレンジ髪の彼が最後にそう尋ねてくる。


 うーむ……ぶっちゃけ今一番聞きたいのはその名前をどうやって考えたのかということだろうか。

 私もなんかそういういかにもな名前を付けたかったかもしれない。いまさら言っても仕方のないことではあるが。


 ……なんて。もちろんそんなことは口に出さず、よそ行きの笑顔で首を振り、彼らを見送る。


 これから果てなき冒険へと繰り出すのであろう彼等がじゃれあいながら去っていく後姿は、大した冒険をする予定がない私にとっても、少しばかり羨ましいもののように映ったのであった。


………………。


…………。


……。


「はぇー……すっごい」


 イングベルト氏たちと別れ、噴水広場から北、西、南東と大きく三つに分かれて生えていた大通りのうち、なんとなく西側に向かって伸びているものを選び、お上りさんのようにきょろきょろと眺めまわしながら歩くこと10分ほど。早くも私はここがゲームの中だということを忘れそうになっていた。


 通りに並ぶ屋台からは香ばしい匂いとともに、ひっきりなしに元気な客引きの声が飛び交い、いかにもファンタジーな武器や防具などが飾られている商店に、プレイヤーと思われる人々が興味深そうに入っていく。

 ミライちゃんと話した時もその人間らしさにずいぶんと驚かされたが、この町に住んでいる人々の活気も、到底作られたプログラムによるものとは思えないものだった。


「もしかしたらNPCと恋愛とかできるのかな……」


 もしそれが叶うのであればアヴァオンは恋シミュとしても楽しめるのでは……?

 あーでも恋シミュみたいにエンディングがないとなると、何かしらの理由で別れが訪れるまでずっと一緒にいないといけないのか……それはさすがにちょっと重いな……。

 もし恋人になったプレイヤーがある日ログインしなくなったとかってなったら相手のNPCはどうするんだろう……。


 そんな益体もない考えを脳内に垂れ流してイルメナの街並みを楽しみながら、なんとなくの気まぐれで通りを一本曲がったところ、大通りにくらべればやや細いその緩やかな石畳の坂道に、不意に食欲を誘ういい香りが漂ってきた。


「見つけたかも……!」


 お腹までダイレクトに届きそうなその匂いに、当たりを引いたという確信で胸を躍らせながら、私はうきうきとそれらしきお店の前へと急いだのであった。



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