43.夕日の沈む帝都
「残念だが、やはり我々が君たちに協力を仰ぐメリットが感じられないな」
なんやかんやと言葉を尽くしてみたものの、団長さんの対応に変化はなかった。
「あーもーダルいんだけど……つかコイツ頑固すぎじゃない……?」
みゃあらちゃんはもう完全に説得を諦めたようで、なんとか強引に突破できないか、先ほどから隙を伺っているようだ。
今にも飛び出さんとする彼女の裾をつかんでどーどーとなだめる。なんとなくの直感だけど、団長さんが本気だしたらみゃあらちゃんも私たちも一瞬で溶ける気がするから。
「さて、話は以上か? であれば悪いことは言わん。ここはおとなしく引け」
団長さんは私たちを見据えたまま、静かにそう言い放つ。
表面上は穏やかな物腰ではあるが、言外に、無理を通そうとするのであれば容赦はしないと、そう言われている気がする。
何か他の部分で彼らにはなく、私たちにあるものといえば……。
「そういえば団長さんがここに残ると言い出したのは、クロエちゃんの発言がきっかけでしたよね」
元アグラアンナであるクロエちゃんにわずかでも興味を示したということは、この人たちもまだここで何が起きているのかを完全には把握しきれていないということだろう。
「兵団のアグラアンナへの知識には限りがあるのでは? クロエちゃんはアグラアンナの内部の作りや、ライアンのやっていた研究の手がかりを知っています。調査の手助けになりませんか?」
まぁクロエちゃんが知っているのは異変前、ダンジョン化する前のアグラアンナの知識なので、半分くらいはハッタリなのだが……。
しかしそこにわずかばかりの思案の余地があったのか、団長さんはその右腕を顎にあてて瞑目する。
「いや……だとしてもだ。情報の機密性、危険性、どちらの面からも未知数の場所へ、君たち三人を連れて行く理由たり得ない。どちらにせよ我々はこの先のフロア全体を隅々まで調査することになるのだしな」
うーん、これでもだめなのか。
それであれば仕方ない、ここは一度素直に引き返して、モチリコちゃんたちと合流しよう。向こうは向こうで何かわかってることがあるかもしれない。
……最悪ここを力づくで突破することになったとしても、モチリコちゃんたちがいなければ話にならないだろうし。
私がここでの説得を諦め、踵を返そうとしたとき、団長さんが口を開いた。
「だがまあ……そうだな。そこの元アグラアンナの少女一人であればいいだろう。どうする? 君だけでも我々に同行するか?」
「ねぇ、あの子一人でホントに平気なの? つかあのプレイヤーたちが怒るのもわかるし。なんなのアイツら、自分たちで調査クエスト出してたクセに」
結局、団長さんの提案を聞いたクロエちゃんは、危険を承知で白鎧へと同行することを志願した。
これが以前の街道での戦いのときのように開けた場所であれば、例の恐竜型の召喚獣で戦うこともできるのだろうが、あいにく屋内でのクロエちゃんの戦闘力は決して高いとは言えない。
そんなクロエちゃんを危険な場所で一人にすることは心配でもあったが、なんだかんだといってもクロエちゃんはライアンの直接の被害者でもあるのだし、私たちは彼女の判断を尊重することにしたのだ。
みゃあらちゃんの内にはクロエちゃんの心配と、兵団への不満が入り混じっているのだろう。先ほどからぶつぶつと文句を言っている。
とはいえ外敵から身を護るという意味では、彼らと一緒にいる以上は、安全は保証されていると言っていいはずである。エミィさん一人ですら実際にそこらの攻略組プレイヤーよりよっぽど強いことをこの目で見ているわけだし。
それに団長さんの言っていたことにも一理あるというか、私としては説得失敗も致し方なしと考えている側面がある。
現状、アグラアンナの深部は何があるのかわからない、未知数の状態である。
つまり完全に帝国サイドの人間以外には見せられない何かが見つかる可能性がわずかでもある以上、どれだけ時間をかけてゴネたところで、私たちの同行は相当の理由がなければ認められない気がするのだ。
そのあたりの推測も、クロエちゃんに賭けてみたくなった一因である。
「うわ、もう夕方かぁ」
地上へ戻ると、帝都は見事な夕焼けに染まっていた。
ダンジョンへ潜ったのが昼すぎだったから、結構長いこと歩きまわっていたことになる。
ゲーム補正のおかげで全身クタクタとは言わないが、気分的にはそろそろ休憩を――できればキンキンに冷えたビールをジョッキであおりたいところである。
相変わらず人の姿の見えない街並みを歩き、扉の締まった酒場らしき店先を恨めし気に眺めながら、あらかじめ連絡を入れておいたモチリコちゃんたちとの合流場所へと向かう。
モチリコちゃんに指定された場所は町の中心部からは大きく外れており、ここからは少し歩く必要があるようだ。
帝都全体で見れば南東部にあたるだろうか。
町の北東に位置するアグラアンナからだと、中央に通る目抜き通りを歩くとだいぶ遠回りになってしまうため、方角を頼りに、細い裏道をするするとまっすぐ南へと抜けていく。
南東部へ移動するにすれて、徐々に建物の数が減っていくようだ。もし平時であれば、町を歩く人の数も同じように減っていくのかもしれない。
何か理由でもあるのかと不思議に思っていたが、ちょうど境目となるような通りを一本挟んだ先、いよいよ明らかに周辺の雰囲気が変わった。
「なに、待ち合わせって貧民街? どんなシュミ?」
帝国プレイヤーだけあって、このあたりのことを知っているのか、みゃあらちゃんがつまらなそうに口を開く。
クロエちゃんからも何度かその名前を聞くことがあったが、なるほど、ここが貧民街なのか。
あいにくと現実世界でのスラムと呼ばれるような場所に行ったことはないが、おそらく表現としてはそれほど的を外してはいないだろう。
今にも崩れ落ちそうなぼろぼろの建物に、メンテナンスなどされたこともないような、赤錆に塗れた看板がぐらぐらと掛かっている。
今まで歩いていた帝都の華やかな街並みからの突然の変化に、まるで不思議な扉でもくぐって廃墟の中にでも紛れ込んでしまったかの錯覚に陥る。
しかし一見すると廃墟のようにすら見えるそれらの中から、確かな息遣いと、こちらをじっと窺う野生動物のような視線が肌に刺さる感覚を覚える。
そのひりついた空気は、今や人々の姿の消え去った帝都の表の顔よりも、ずっと生命力に満ち溢れているように感じられる。
「意外とこういう場所も嫌いじゃないかも」
私の言葉を聞いたみゃあらちゃんが、ずいぶんと意外そうな顔でこちらを見ている。そんなに変なこと言ったつもりもないんだけれど。
「おーい!」
その呼び声のしたほうへ振り向くと、見慣れたピンクの頭が向こうで大きく手を振っている姿が目に入った。
「二人ともぉ、こっちですよぉー!」
私たちが近寄っていくと、モチリコちゃんが満面の笑顔で待っていた。
みゃあちゃんはモチリコちゃんの姿に一瞬だけ怯えた様子を見せたものの、なんとか平静を保つことに成功したようだ。ようやく精神異常状態から解放されたようで何よりである。
「なんか久しぶりな気がするね。ってどうしたの? ずいぶんご機嫌だけど」
「ふっふっふー。大ニュースですよぉ!」
「お? 何か大きな手掛かりでも見つかったの?」
さすがプロゲーマー組。きっとなんとかしてくれると信じていたぞ。
私たちの期待の込められた眼差しを受け止め、たっぷりとドヤ顔を見せつけた後、モチリコちゃんが告げた言葉は私の想像以上のものであった。
「なんとぉ! 開いてる酒場を見つけましたぁ!」





