42.交渉の余地は
「現在このエリアについては我々白鎧が調査中です」
先ほどのプレイヤーたちに対するものと全く同じ言葉が私たちに告げられる。
今しがた戦いを終えたばかりとは思えないほどクールな声音である。
「せめてここで何が起きているのかを教えていただきたいんですけど……」
「申し訳ありませんが、どうかお引き取りを」
その取り付く島もない対応に、クロエちゃんとみゃあらちゃんが不満そうに顔を見合わせる。
「おかしくない? さっきの奴らの台詞じゃないけどさ、ここの調査ってアンタたち兵団から受けたクエストだったと思うんだケド」
みゃあらちゃんがそう告げる。
まぁ私はそのクエストを受けていないが、どうやら一般公開されていたクエストのようだし問題ないだろう。自由連合から来たということと併せて、ここは黙っておこう。
「それにそもそもなぜ白鎧がこんなところまで出張ってきているんだ? アグラアンナの内部に立ち入るとなれば、いくら兵団でも相応の許可がいるはずだ」
聞きようによっては兵団側の正当性を咎めるようなクロエちゃんのその言葉に、少しだけむっとした表情で槍に手を伸ばしかける女兵士さん。
まぁ何度も同じようなことを言われてイラっとするのもわかるし、無意識の行動で、実際に武器を手に取る気はないのかもしれないけど、意外と見た目より短気な人なのかもしれない。
フォローしておこうかと口を開きかけたところで、先ほどから後ろで控えていた隻腕の男性がクロエちゃんに興味を引かれたのか、声を上げた。
「ふむ、君は……冒険者ではないな。その発言、もしやアグラアンナの人間か?」
「元、だけどね」
「なるほど。ここの入り口の扉が開かれていたのはそういうことか」
クロエちゃんの答えに、彼は納得したように頷く。
たしか先ほど団長と呼ばれていたのだったか。彼がこの場の指揮権を握っているのであれば、女兵士さんよりもこの人と話したほうが早いかもしれない。
まさかその考えが通じたわけではないだろうが、団長さんは後方に備える兵士さんたちへと目線を向けると、口を開いた。
「ここは私が預かろう。皆は先へ進め。エミィ、私が合流するまで君が指揮を執れ」
「はっ」
どうやら女兵士さんはエミィさんというらしい。綺麗な敬礼で了解を示し、団長さん以外の兵士たちを連れ、すぐ後ろにある扉の奥へと進んでいく。
「あそこが時計塔の入り口?」
私がこそこそとクロエちゃんに耳打ちすると、彼女は小さく頷く。
「ほう、やはり時計塔のルートを知ってここまで来たということか。どうやら本当にアグラアンナの人間のようだな」
「そう言ってるだろ」
どうやら聞こえていたらしい。団長さんの発言に、クロエちゃんがぶっきらぼうに答える。
とはいえどうにもわざとらしい。別にクロエちゃんの言葉を疑っていたわけというでもないだろう。
「まずは自己紹介といこう。私はベイ。帝国兵団白鎧の団長をやっている。ああ、姓はない。平民上がりの叩き上げなものでな」
団長さんは、落ち着いた声音でそう言い、ふっと小さく笑った。
強い意志を感じさせる太い眉や、ごつごつと骨ばった頬や顎など、引き締まった顔立ち自体は戦士然としたものではあるのだが、その表情から与えられる印象はどこか知的である。
まるで称号のように多くの傷が刻まれ、なお力強く輝く白い鎧や、鍛え抜かれた立派な体躯の内側からは、とても壮年とは思えないほどに若々しいエネルギーがあふれ出ているように感じられる。
なんというか、こんなことを言っている場合ではないのは承知しているのだが、個人的にはとてもツボである。
もちろん乙女ゲーの攻略対象的な意味で。
平民出身で兵団長とか、エミィさんとの関係とか、隻腕なのにその背中に背負った大剣を片手で振るうつもりなのかとか、あとやっぱりエミィさんとの関係とか、興味は尽きない。
だがまぁ、今はとりあえずこの場での身の振り方を考えることが優先だろう。
団長さんの自己紹介に対して、一応こちら側三人の最年長である私が代表して答える。
内心の乙女心を悟られまいと、いかにも真剣そうな表情づくりに努めながら。
「私はミスカ。ただの冒険者ですが……ライアンに大きな借りがありまして。なんとしても直接会わなければいけないんです。それと同時に、町の人々の異変についても助ける方法を一緒に調べられればな、と」
前者はクロエちゃんやロイくんたちにしたことを詫びさせるために。
後者については主においしいお酒を飲むために。
「ふむ……ライアン殿に。いや、実は我々も先ほどここへ到着したばかりでな、まだライアン殿の姿は見つけていない。だが……何やら浅からぬ因縁があるようだな」
無言で、しかし瞳をそらず、じっと視線を向けるクロエちゃんの様子に、団長さんが言葉を続ける。
「君は何か知っているのか? この帝都に起きている異変について」
「今回の件については具体的にはわからない。けど……ライアンがろくでもない研究をしていたってことだけは確か。そしてあいつが他人の命をなんとも思っていないってことも」
「つまりこの異変、ひいては市民たちの謎の死も、ライアン殿が起こした可能性が高いと……そう言いたいわけだな」
「そこまではまだ断言できないけど。どちらにしても直接会って聞き出せばわかる」
クロエちゃんにしては珍しいくらいに強く言葉を口にする。
その台詞は、ここで引く気はないという意思表明のようにも感じられる。
ライアンに対する憤りについては、私もクロエちゃんと同じ気持ちである。
とはいえ、ここで無理やりに押しとおろうとしても、先ほどのプレイヤーたちの二の舞……どころか、戦力としてはこの団長さんのほうが先ほどのエミィさんより上であるように思えてならない。
内心を推し量るように、団長さんが私たちをじっと見つめる。
さて、どうしたものだろうか……。





