41.氷の槍
「あぁ!? くそっ、他のやつらが来ちまったじゃねえか!」
「ちっ……さっさとこいつら殺して先行するぞ」
しかし攻略組とは本当にわからないものであった。
私の姿を確認した彼らは、剣を収めるどころか、余計に興奮してしまったようで、その殺気だった形相は今にも女兵士さんへと切りかからんばかりである。
「へっ!? いやいや! 待って!? ちょっと話を……!」
「バーニングピラー!」
しかし私が止める声もむなしく、ローブ姿のプレイヤーがついに攻撃を仕掛けた。
大きく腕を振るって放たれた魔法は、女兵士さんの足元から巨大な火柱を生じさせ、洞窟の壁を真っ赤に照らしだす。
さすがに身内が攻撃されては黙っていられないのだろう。後ろに備える兵士さんたちが揃って武器を抜いて応戦する構えを見せたところで、中心に立つ一人の男性が右腕を挙げてそれを制した。
輝くような白い鎧で統一された兵士さんたちの中で、ひときわ豪華な、それでいて最も多くの傷跡を残す拵えを身にまとった、壮年の偉丈夫である。
眼前に立ち昇る火柱を見つめる静かな瞳には落ち着きと力強さが感じられ、いかにも歴戦の猛者然とした貫禄が滲み出ている。
白いものとおよそ半々となった黒髪をざっくりと後ろへと撫で付けており、その精悍な顔立ちは一分の隙もないかのように鋭く引き締まっている。
しかし何より目を引くのは、その左腕である。
いや、正確には通常であれば左腕と指される場所か。
そのがっしりとした両肩の下、左側にだけは、そこにあるべき腕がなかった。
その様相や所作から察するに、この隻腕の男性が彼らのトップなのだろう。
彼に制止された兵士さんたちは素直に武器を収め、事の成り行きを見守っている。
とはいえ、魔法を放ったプレイヤーに対する彼らの視線は鋭い。
仲間である女兵士さんへの攻撃に対する反感は相当に強そうである。
その場にいる全員の注目が集まる中、魔法の効果が切れたのか、火柱の勢いが弱まると、その中にいた女兵士さんの姿が徐々に露わになる。
「なっ!?」
最初に声を上げたのは魔法を放ったプレイヤーその人であった。
その顔には少なくない驚愕が感じ取れる。
炎のなかから現れた彼女の表情は、元々のクールな美貌と相まって、いっそ涼やかとすら言える。
様子から察するに、おそらく魔術師の彼にとっては必殺の一撃だったのだろうそれは、女兵士さんを護るように囲われた氷の壁によって阻まれていた。
氷壁を解除し、何事もなかったかのように佇むその姿に、おおっ、と兵士さんたちから歓声が上がる。
「団長、ご命令を」
両手槍を構えた女兵士さんが、プレイヤーたちに目線を向けたまま凛とした声で問いかけると、隻腕の男性が瞑目して告げる。
「……やむを得ん。制圧しろ」
その台詞を聞くや否や、無傷の女兵士さんの姿に動揺を見せていたプレイヤーたち四人が、一斉に彼女へと襲い掛かる。
「クソがっ! NPCの分際でなめんじゃねぇっ!!」
タンクらしきプレイヤーを先頭に、三人の前衛による連続攻撃。その間に魔術師が次の魔法を準備する算段だろうか。
しかし――。
「アイスハルバード!」
鋭い声とともに女兵士さんが振るった両手槍が冷たく輝いたかと思うと、シンプルだったその切っ先が、文字どおり斧槍のように複数の氷の刃を纏いながらプレイヤーたちに襲い掛かった。
「ぐっ!?」
槍としての攻撃に備えていたのであろう。斧頭の部分による想定外の一撃に、ガードが間に合わずタンクの首が飛ぶ。
動揺の表情を見せながらも、タンクを屠った攻撃の隙を突こうと、残った前衛二人が果敢にも長柄の懐へと切り込んでいく。
しかし女兵士さんは器用にハルバードを操り、鉤爪の部分でひっかけた一人を、詠唱中の魔術師へと豪快に放り投げ、残った一人の胸元を穂先で穿った。
残心と共に、デッドによりプレイヤー四人の姿が消えたことを確認して、女兵士さんはふぅっと一つ息を吐いた。
四対一にも関わらずその圧倒的な勝利に、見守っていた兵士さんたちから再びの歓声が上がる。
一方で、完全に蚊帳の外に置かれていた私はといえば、その光景をみながら内心で冷汗を流していた。
一言で言えば「やってもうた」という感じである。
いくら先に仕掛けたのが攻略組のプレイヤーたちだったとはいえ、下手に私が声をかけたせいで彼らが攻撃に踏み切ってしまったのだと思うと、なかなかに申し訳ない気持ちでいっぱいである。
しかも彼らの攻撃によって、同じプレイヤーである私たちに対しても兵士さんたちの警戒心が高まっている可能性は高い。
乙女ゲーマーとしての直感が、彼らとは敵対するよりも仲良くするべきでは!? とビンビンに告げている。
ていうかはっきり言って強すぎる。
みゃあらちゃんが「性格はともかく腕はそこそこ」と評した攻略組四人と相対して、傷一つなしに圧倒するような相手である。
そこに加えて同僚の兵士さんたちがいる上、明らかにそれ以上強そうなオーラを醸し出している団長さんまで控えているのだ。
モチリコちゃんたちと別行動している今、敵対したところで勝てる見込みなどないだろう。
うーん。これに関しては攻略組のやる気も知らずに、うかつに声をかけてしまった私の判断ミスである。
正直に言えばもっと穏便な手段だってあっただろうと思わなくもないが、私と彼らでは価値観やゲームの楽しみ方が違うのだ。
彼らは彼らなりの目的があって、きっとそのために正しいと思うことをしたのだろうし。
私が反省しつつ悩んでいると、背中から掛けられている歓声に浮かれることもなく、女兵士さんは私へと視線を向けて口を開いた。
「……貴女も彼らのように力ずくでここを通ろうとしますか?」
とはいえこうなっちゃった以上は仕方ないか……。
これはこれで、彼らが選んだ行動の結果であることもまた事実ではあるのだし。
「ええと……とりあえず私たちは戦う気はないので、お話だけでもできませんかね……?」
そういって私は両手を挙げ、出来る限りの笑顔で穏便な文化的交流を求めたのであった。





