39.『みゃあら』 3
それからというもの、アタシは老夫婦――じーちゃんとばーちゃんの家によく遊びに行くようになった。
二人には息子がいると言っていたけど、どうやら以前に大きな親子喧嘩をして家を飛び出て行ったきり、連絡もつかないらしい。
その寂しさもあってか、二人はアタシのことを本当の孫みたいにかわいがってくれた。
「じーちゃん! ばーちゃん! 見てよ! これアタシが作った花飾り! 上手にできたっしょ!?」
フィールドに行けばいくらでも生えている、ただの雑草で作った二つの花飾り。
それでもアタシにとっては、初めて誰かにあげるために手作りをした、心を込めたプレゼントだった。
「あらまあ、ありがとう。こんな可愛らしいもの、私みたいなしわくちゃのお婆ちゃんよりも、あなたのほうが似合うでしょうに」
ばーちゃんはころころとかわいく笑う人だったから、笑顔に似合うように白い小花をたくさんあしらった、明るい花飾りを作った。
頭にのせた新緑と白の色が、ばーちゃんの白髪混じりの茶色い髪によく似合っていた。
照れ屋のじーちゃんは絶対頭にはかぶってくれないと思ったから、大きめの花を使って首からかけられるようにしておいた。
案の定ぶつぶつと文句を言っていたけど、それでもアタシのあげた花飾りを愛おしそうに何度も何度もなでる姿は、まんざらでもなさそうにしていたと思う。
首にかけた花飾りが陽気なアロハジジイみたいで、思わずアタシは吹き出しそうになってしまった。言わなかったけど。
この時のことがきっかけだったのかはわからないけど、気づけばアタシのスキルから<盗む>がなくなっていて、代わりに<等価交換>と<無価値の創造>を覚えていた。
それは、嫌な現実に澱んでいたアタシの心の中に、きれいな光や風が入ってくるような、笑顔に溢れた日々だった。
けど、その日々にも唐突に終わりがやってきた。
いつものように二人の家を訪ねると、二人は居間に倒れており、毒でも飲んだかのように苦しそうに胸を押さえていた。
「じーちゃん! ばーちゃん!! どーしたの!? 具合悪い!? 病院いく!?」
「うぅ……だ、大丈夫よ……ありがとうね」
今思えば、早いタイミングで無理やりにでもお医者さんに診てもらうべきだった。あれはきっとアタシに心配をさせないようにそう言っているだけだったんだと思う。
だって「大丈夫、大丈夫」と繰り返していた二人は、見る見るうちにやつれていって、数日もしないうちにベッドから起き上がれなくなるほどだったから。
二人のためにポーションを買いに行こうと道具屋へ行ったけど、なぜかどの店も閉まっていて、それどころか町全体がどこか異様な雰囲気に包まれていたようだった。
今にして思えばこのタイミングですでにアグラアンナのダンジョン化が起きていて、他のプレイヤーは皆そちらへ夢中だったのだろう。
「なんで……!? ついこないだまであんなに人がたくさんいて……! みんな楽しそうにしてたのに……!」
知っている限りのいろんな店をあたったけど、どこもポーションは売り切れどころか、開いている店を見つけることさえほとんどできなかった。
「お願い……! いくらでもいいから売ってください……! じーちゃんとばーちゃんが……! お願い……! お願いだから……っ!」
「何? どうかしたの?」
どうしていいのかわからずに道具屋の前でうずくまるアタシに、不意に男の声がかけられた。
救いを求めるように急いで振り返ると、一人の冒険者が不思議そうにアタシを見ていた。
「あ、あの! ポーションを譲ってもらえませんか!? お金あんまり持ってないけど……じーちゃんとばーちゃんが……!」
しどろもどろに事情を説明すると、その男は胡散臭そうな目つきでアタシを見て呆れたように言い放った。
「NPCに使うって意味わからないけど……そういうクエストか何か? それとも今ポーションが品薄みたいだし、そういう詐欺でも考えてるの? だったら晒されないうちにやめたほうがいいよ」
「ち、ちがっ……!」
しかしアタシの弁解が届く間もなく、男は背を向けて町の中へと消えていった。
どうして、なぜという言葉がぐるぐると頭の中をまわる。
「……そうだ!」
掲示板で聞いたら誰かにポーションを譲ってもらえないだろうか。
もしそれが難しかったとしても、この状況について何かわかるかもしれない。
それしかない。名案のように思えた。
すぐにアタシはアヴァオンの掲示板で状況を伝え、助けを求めた。
しかし帝国のプレイヤーたちは同時期に起きていた別の異変に夢中だったようで、アタシの書き込みはすぐに埋もれてしまった。
「なんで……!? お願い、誰か気づいて……!」
何度か試してみても書き込みはすぐに流されてしまい、誰からも関心を示されず、掲示板はダンジョン化したアグラアンナの話題で持ちきりであった。
わかりやすく冒険の刺激を得られそうなダンジョンが町の中にできたという話題性の前に、NPCの不調を気にするようなプレイヤーなどはいなかったのだ。
そうして帝都に危機が迫っていることを皆が知った頃には、NPCの姿は町から完全に消え去っていた。
結局、アタシはじーちゃんとばーちゃんを助けることが出来なかった。
何かヒントがあるかもしれないと思ってアグラアンナにも行ってみたし、他のプレイヤーに話をしてみたりもしたけど、老夫婦NPCの死なんて誰も気に留めてはくれなかった。
暗い気持ちで学校へ行き、保健室でそれとなく相談してみたら、先生はゲームの中の悲しい気持ちを現実に持ってきてはいけないと私を諭した。
言い方は優しかったけど、つまりは「しょせんゲームの話でしょ」ということだ。
アタシはその言葉にどう答えればいいのか、自分の考えがわからなくなっていた。
確かにじーちゃんもばーちゃんも、本当に生きていたわけじゃないし、データが少しだけ書き換わって、キャラクターが消えちゃっただけだ。
AIやVR全盛のこの時代に生きる世代として、アタシの中の冷めた部分がそう語り掛けてくる。
……そうだね……マジになるようなことじゃないのかもしれない。
別にもう……どーでもいーか……。
自棄になったアタシは、攻略を進める気力も失い、他のプレイヤーたちをだまし討ちしたり、アイテムを奪ったりして、PKと呼ばれるようなプレイをするようになった。
復讐というと大げさだけど、ばーちゃんたちのことを助けてくれなかったやつらに対して仕返しのような仄暗い気持ちがなかったといえばウソになる。
きっとばーちゃんたちはそんなこと望んじゃいないだろうけど……いいんだ、ゲームはただのストレス発散なんだから。
たまにPKなんかやめろっていう、独り善がりの説教をしてくるやつらはいたけど、
そいつらは誰も、アタシの気持ちについて向き合ってくれることはなかった。PKだってルール上は運営が認めているロールプレイの一つなのに。
ばーちゃんたちを見殺しにした連中がそんな謎の正義感を一方的に振りかざしてるのかと思うと、自然と自分の口元が歪むのがわかった。
まぁ……あーだこーだと理屈をこねたところで。
結局アタシは現実でも失敗して、ゲームの中でも失敗して、何をやってもうまくいかない人生なんだと、半ばヤケのような気持ちになっていたんだと思う。
もう楽しいとも思わなくなったアヴァオンを惰性で続けてたある日、自由連合のイルメナから来たというプレイヤーたちに出会った。
わざわざここまで来て、帝都のこの状況を見たらがっかりするだろうなと思っていたのに、そいつらが驚いた様子を見せたのは一瞬のことだった。
その表情にはすぐに熱が灯り、この状況を解決してワールドクエストをクリアしようと言い出したのだ。
しかもその輪の中に、当たり前のようにNPCであるクロエという少女が混ざっていて、まるで本当の仲間のように触れ合っている姿から、なぜかアタシは目を離せなかった。
………………。
…………。
……。
「クロエちゃんっ! 危ないっ!!」
ミスカがクロエを突き飛ばし、スライムの襲撃から身を挺して庇ったのを見た瞬間、アタシは衝撃を受けた。
「ミスカっ!!」
倒れたクロエが、スライムに捕らえられたミスカの姿を見て悲鳴を上げる。
クロエはNPCだ。
帝国中のプレイヤーから無視され、今も謎の症状に苦しみ続けている人たちと同じ存在。
当然そんなNPCを身を挺して庇うようなやつは、これまでアタシの周りにはいなかった。
「アンタ……なんでよ……」
呟いたところでミスカの耳には届いていないだろう。スライムに丸のみにされ、粘液に全身を覆われているのだから。
先ほどからクロエが必死に魔法を撃っているが、スライムにはあまり効果がない。
額に汗を流し、なんとかミスカを助けようと足掻く姿からは、二人がどれだけお互いを大切に思っているのかが嫌でも伝わってくる。
ミスカがきれいな顔を苦しそうに歪めながらも、クロエの姿を見て安心したように眼を閉じる姿が、なぜかあの日のばーちゃんと重なった。
まだ誰も見つけていないダンジョンを進むなんていうオイシイ話の最中に、NPCを庇ってデッドするなんて、本当にバカのすることだ。
けど……躊躇わずにそれができるようなバカなやつだからこそ、その先にまで行けるのだろうか。
何もかもが中途半端だったアタシには、本当に大切なたった二人すら助けることすらできなかった。
でもこの人たちなら、ここまでNPCのために本気になれる人たちなら、もしかしたら帝都の人々を助けられるのかもしれない。
そう思ったときには口が、身体が勝手に動いてた。
「等価交換!!」
スキル発動と同時に、右手にずしりとした重みを感じる。
ぶしゅっという嫌な手ごたえと共に、アタシは右手に握ったスライムの核を握りつぶす。
発声器官をもたないスライムは断末魔をあげることもなく、核の抜かれたその身体を崩壊させた。
そこには意識を失って倒れたミスカと、ずぶぬれになった一つの花飾りが転がっていた。
・みゃあらの花飾り
みゃあらが老夫婦とお揃いで作った花飾り。
どこにでも生えている雑草でできており、特に価値はない。
――それでも、今度こそ少女は一人の命を救うことが出来た。
回想が長くなってすみません。次回よりミスカ視点に戻ります。





