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37.『みゃあら』 1


◇ シーフ・みゃあら


 中学に入ったばかりの頃、もともとそれなりに目立つ容姿だったアタシは、気づいた時には自然とクラスの中心グループにいた。


 そのグループの女子たちは皆、明るく染めた髪や極端に短くしたスカート、雑誌のモデルみたいな化粧や、流行のアクセサリーなんかに身を包み、とても中学生とは思えないようなオシャレをしていた。


 もちろんアタシも年頃の女子としてそういうのは好きだし、周りの同級生たちとは違うことをしている彼女たちのことをかっこいいと思ってた。一緒にいられて楽しかった。


 アタシは別にそのグループの中で何をするわけではなかったけど、いわゆる一軍に所属してるっていうだけで、クラス中から一目置かれてたのは気持ちよかったし、馬鹿なアタシは、それがアタシ自身の価値なんだって思い込んでいたんだ。





 ある日の放課後、彼女たちの何人かが新しい小物を自慢していた。

 それは少し大人向けの人気ブランドで、中学生のお小遣いじゃ簡単には買えないはずのものだったから、アタシは素直な気持ちで彼女たちに問いかけた。


「すごいじゃん、貯金してたの?」


 そしたら彼女たちは無邪気に笑って言ったんだ。


「ウケる。チョキンとかしたことないし。パクったに決まってるっしょ?」


「てかアンタもやりなよ、みんなでお揃いにしよ?」


「え、アタシにはムリっつーか……パクるとか……」


 犯罪じゃん、と口にしなかっただけ当時のアタシは空気が読めていたのかもしれない。


「よゆーだって! あそこの店員マジちょろいから!」


 そういって楽しそうに笑い合う彼女たちの表情には何の悪意もなかった。まるで善悪という観念自体を持ち合わせていない無垢な赤ちゃんみたいな笑顔。

 それを見た瞬間、アタシは初めて彼女たちのことを気持ち悪いと感じたのだ。


 結局彼女たちの言葉を断りきることも、盗むこともできなかったアタシは、後日彼女たちと同じショップで、同じ物を買った。

 せっかく溜めていたお小遣いがほとんどなくなったのは悲しかったけど、これでまたグループに馴染めるのであれば、仕方ないことだと思った。


 けど、そうはいかなかった。


 翌朝、アタシがお金を出して買ったといった瞬間、彼女たちのアタシを見る目が変わった。

 ずらりと並んだヘビのような目は、アタシが彼女たちにとって仲間から獲物へと変わってしまったのだと理解させられるには、十分な冷たさを感じさせた。


 結局のところ、彼女たちが求めていたのは()()の共有だったのだろう。

 同じ物を持つことに大きな意味があるわけではなく、ましてや、アタシ自身の存在など、彼女たちにとって何の価値もなかったのだ。


 アタシがクラスで築いていた地位が崩れ去るのはあっという間だった。


 その日以来、あれほど仲良しだと思っていた彼女たちは、あっという間にアタシを脅かす存在へと変わってしまった。

 彼女たちはアタシを無視し始め、しかも全員がそうするようクラス中に喧伝したのだ……。



 ――それからのアタシの中学生活は最低だった。

 


 ウワサが広がったのか、クラスだけでなく学年中から無視されるようになり、学校に行っても一言もしゃべらない日々が日常となるのに時間はかからなかった。

 次第にアタシがどこどこのホテルから大人の男と出てきたところを見た、とか身に覚えのない噂まで聞こえてくるようになり、そういう声から逃げるように、アタシ自身も周りから距離を置くようになった。


 学年が上がり、二年生になるころにはアタシは保健室登校になっていた。

 本当にみじめだった。


 そんなある日、たまたま保健室に来ていた男子生徒たちから気になる話が聞こえてきた。


 アヴァターラ・オンライン。

 そのタイトルだけは広告で聞いたことがあったが、どうやらその男子たちは実際にプレイして、大いに楽しんでいるらしい。

 自由なプレイスタイル、現実と遜色のない五感、新しい世界……。


 それらの話は、クソみたいなこの現実から逃げ出すための、最後の希望のように聞こえた。


 アタシの状況を知っていた両親は、気分転換になるならと、すぐにVR端末とアヴァターラ・オンラインを買ってきてくれた。

 

 本名を少しだけもじって、みゃあらと名前を付けられたもう一人の私は、今度こそ失敗しない人生を歩むため、ゲームの世界へと足を踏み入れたのだった。




 

 スタート地点として提示された何種類かのうち、なんとなく一番人が多そうな帝国での開始を選ぶと、予想以上に溢れかえる人々の活気に圧倒されたことをよく覚えている。

 多くのプレイヤーやNPCが楽しそうに街を行きかう世界はキラキラと輝いて映り、アタシがその生き生きとしたオンラインの世界へとのめり込むのに時間はかからなかった。

 しばらく現実でまともに会話をしていなかった反動か、アタシは手あたり次第に町の人々に話しかけ、久しぶりに誰かとの他愛のないおしゃべりを楽しめた気がした。


 事情を知って同情的に接してくる保険の先生や両親との会話は、アタシにとっては屈辱的なものでしかなかったし、とてもそのコミュニケーションを楽しむ余裕なんてなかったから。


 ある日、いつものように適当に声をかけたNPCの少年は貧民街の出身だと名乗った。

 年齢が近かったためか、話しているうちにアタシたちはすぐに仲良くなった。アタシはその少年から<盗む(スティール)>というスキルを教えてもらい、シーフのジョブを手に入れた。


 忘れていたかった現実の記憶が一瞬頭をよぎったが、そこでふと思ったのだ。

 あの時みんなの言う通り、お揃いの小物を買わずに盗んでいたら今頃どうなっていたのだろうか、と。


 しょせんはゲームだし、現実での盗みほど悪いことというわけでもない。

 そう考え、アタシはちょっとしたその思い付きを実行してみることにした。

 もちろん深い意味はなかった。ただの憂さ晴らし。ちょっとした悪事をして恰好をつけた気になりたかったのかもしれない。


「……よしっ」 


 アタシは屋台でフルーツを買おうとしているNPCの老婆を標的に定め、そっと後ろから近付いた。


おかげさまで投稿を始めて一か月が経ちました。

ランキングにも載ることができたのも、無事に執筆をつづけられているのも、応援してくださる皆さまのおかげです。

今後ともよろしくお願いいたします!

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