4.旅立ち
投稿初日にもかかわらず、朝起きたら日間VRゲーム46位をいただいておりました。
読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
今回までが導入となります。
5/18……やや大きめに加筆修正。展開には影響ありませんが、キャラクターの掘り下げのため、お手間ですが、よろしければ再読いただければありがたいです。
アバターのデザインを決めた私は、ミライちゃんによる各種チュートリアルを受け、その半分くらいを聞き流したり、その分ミライちゃんをじっくり鑑賞して目の保養を行ったり、全然アヴァオンに関係のない雑談をしてみたりと、ミライちゃんとの交流をこれでもかと楽しんでいた。
正直なんかもう一生旅立たずにここにいてもいいんじゃないかなと思えるほどには満喫している。
女の子が攻略対象の恋シミュは嗜む程度にしか触ったことがなかったけれども、もしミライちゃんのような子たちとたくさん遊べるのであれば、そのうちがっつりやってみてもいいかもしれない。
「――ですので、イルメナではぜひ特産の……って、あら?」
突然ぴぴっという簡単な警告音がなり、ミライちゃんが少しだけ驚いたような表情を見せた。
「どうかしたの?」
「いえ……その、ミスカ様がこちらにいらっしゃってからもうすぐ3時間が経過するようです」
なんと、もうそんなに経ったのか。思ったよりもミライちゃんと遊びすぎていたようである。
「経過するとどうにかなるの?」
「キャラメイク及びチュートリアルとしては想定以上の時間がかかってしまっているため、何かしらの理由でこのエリアから脱出できないバグ等に対する救済措置として、この空間は一度リセットされ、ミスカ様は強制的にログアウトとなります。そして次回ログインした際に、キャラメイクを最初からやり直していただく形となります」
おっと、それはそれは。せっかくここまで作っておいて、やり直しは避けたいな。
「あ、でもそれってミライちゃんに今回のと同じのを再現してーとかお願いしたらできる感じ?」
「……申し訳ございません。私は今回の為だけに用意された存在ですので、記憶の引継ぎ等はございません。次回の私がもう一度ミスカ様のお手伝いをさせていただくことになるでしょう」
「そっかぁ。それじゃ名残惜しいけど、このままぱーっと最後まで終わらせちゃおうかな」
……かしこまりました、と業務モードに戻ったミライちゃんは、何もないはずの空間へ大きな写真のような画像を表示させる。
ん、気のせいだろうか。今何か一瞬、本当にわずかだが喉に小骨がひっかかったような痛みを感じた気がしたのだが。
「それではミスカ様、こちらで最後となります。これよりミスカ様が旅立つエリアをお選びください」
「あれ? みんな同じところから始まるんじゃないの?」
「いえ、アヴァターラ・オンラインの世界は非常に広大でございます。多くのプレイヤーたちが、それぞれ特徴的なエリアから旅立ち、それぞれの文化を育み、いずれ出会い、交じり合う。かつて地上の歴史で巡り起きたような浪漫を楽しんでいただきたいと、我々を開発した者たちは考えております」
「うぇ……スケールでかすぎでしょ……。えっと、じゃあもし世界中をまわろうとしたらどれくらいかかるの?」
「それについては個々人のペースもございますため何とも……。ですがテストプレイ時点では世界中を踏破された方はいらっしゃらなかった、とだけ申しあげておきます」
「まじかぁ……」
いや、実際私は世界を股にかけて冒険するつもりなんてないので、まあいいといえばいいのだけれど、せっかくなのでいろんな文化圏のご飯やお酒を楽しみたいとは思っていたのだ。
だがまぁ、それについては追々考えよう。
「ちなみに初期エリアの選択肢はいくつあるの?」
「それについてはこちらをご覧ください」
そういってミライちゃんが手元をささっと動かすと、私の目の前に各エリアのスクリーンショットとともに説明が出てきた。
「ちなみにこれ、各エリアの位置関係とか、世界地図なんかは……」
「申し訳ございません。今の時点では開示できかねます」
「なるほど……」
おそらくそのあたりを開拓することも含めてアヴァオンを楽しめという運営・開発からのメッセージであろう。
仕方ないのでミライちゃんの示したデータに目を通す。
帝国……アヴァオン世界における最大勢力。以前は世界の覇権を握るべく侵略戦争を繰り返していたが、苛烈で知られた前皇帝の崩御以降、現在はやや落ち着きを見せている。格式ある武闘大会が季節ごとに行われているようで、PvPを競い合いたいプレイヤーにおすすめとのこと。主な組織としては帝国兵団『白鎧』、魔法研究所『アグラアンナ』、王立商会『リンダ』など。スタート地点は帝都『ヴァスシュヴァラ』。
自由連合……各国が帝国からの侵略に対抗していた時代に形成された連合都市国家群。血気盛んかつ賑やかな風土で、PvEをメインに、自由に冒険を楽しみたいプレイヤーにおすすめ。主な組織としては冒険者ギルド『金の麦』、エルフの森『エルテイン』、獣人の里『ケモーニ』など。スタート地点は冒険者の町『イルメナ』。
新大陸……帝国や自由都市のある大陸から海を挟んだ先にある国々。帝国からの侵略に脅かされていないため、それぞれが自由な文化を育んでいる。国による差が大きいが、釣りや農業など、スローライフを楽しみたいプレイヤーにもおすすめ。主な組織としては北海の巨大海賊船団『アウロラ』、サムライとシノビの里『フジヤマ』、砂漠の民の国『セベク』など。スタート地点は新大陸の港町『ポルティエ』。
ふーむ、それぞれの組織が特徴的で、好奇心を刺激されそうなエリアばかりである。
帝国は地盤としては安定してそうではあるが、なんとなく息苦しそうな予感を感じる。あとなんとなく物価が高そう。私のやりたいプレイスタイルを考えると、物価は地味に重要である。ゲームだというのになんと世知辛いことか……。けれどまぁ、政治に絡んで大規模な影響力を出したり、騎士や王宮魔術師なんかになりたいプレイヤーであればここを選ぶとよさそうな気がする。
自由連合はにぎやかで楽しそう。いろいろな種族がいるようなので、エルフのイケメン・美少女や、もふもふの獣人たちとコミュりたいという恋シミュ的気持ちが抑えきれない。それになにより冒険者ギルドがここにあるということは、私の目的のお店たちも間違いなく充実しているであろう。
新大陸は断トツでバラエティ豊かである。世界観的に新大陸が発見されてるということは、おそらく海を渡れるだけの船があるんだろうけれど、プレイヤーもそれに乗って自由に海を行き来できるんだろうか。とても面白そうではあるが、場合によっては何かしらの条件を満たすまで、本大陸と新大陸との間での交流が制限されるような可能性もあるかもしれない。
これら以外にもいろいろと気になる点はあるのだが、今聞いても教えてはもらえないだろうし、ここは直感で決めてしまおう。
「んー……そしたら自由連合で始めようかな」
「かしこまりました。ではこれよりミスカ様を冒険者の町イルメナへ転送いたします。どうぞ心行くまでアヴァターラ・オンラインの世界をお楽しみください」
そういってさきほどと全く同じように、非の打ちどころのない会釈とともに見送ってくれている彼女の手を取り別れを告げる。
「ありがとね。ミライちゃんとのお話だけでも、もうだいぶ楽しかったよ。あっという間の3時間だったなぁ」
「光栄でございます。ミスカ様も、その、大変にユニークでございました」
「アバターメイクのセンスが?」
「ふふっ……」
お、ミライちゃんが笑った。やったぜ最後にパーフェクトコミュニケーションの手ごた……ん? んん……?
そのミライちゃんのはにかむような笑顔を見た瞬間、ふと思った。
私がここへ来た最初の時点で、彼女はこんな楽しそうな表情を見せてはいなかったはずだ、と。
独りよがりでなければ、そうさせたのは、ミライちゃんと私がここで過ごした時間によるものだろう。
今回のこの時間だけでも、私たちの気持ちの距離感はそれなりに近づけたのかと思うと、とても嬉しい。AIとはいえ、きっとミライちゃんだってそれを同じように感じているのではないだろうか。
連鎖的に先ほどのミライちゃんの説明にあった「私は今回の為だけに用意された存在」、「次回の私」といった言葉を思い出す。
……今この瞬間、アヴァオンのキャラメイクをしているのが私だけであるはずがなく、他のプレイヤーたちの前にも、別のミライちゃんなり、別のガイドAIがいるはずである。
ということは逆説的に、今私と話しているこのミライちゃんが話をできるのは私だけなのではないかという考えは、ミライちゃんの言葉をもとに想像しても、それほど突拍子もないものではなさそうに思える。
このまま私が旅立ち、ここからいなくなった後はどうなるのだろう。ミライちゃんは、この美しくも無機質な空間に独りぼっちで取り残されてしまうのだろうか。
それどころか、迎える対象のプレイヤーたる私が去ることで、この空間ごと消え去り、ミライちゃんが寂しさを感じることすらできなくなってしまうのではないだろうか。
そんなものは何の根拠もない、よく出来た、出来すぎたAIに対する一方的なおせっかいで、自分勝手な感傷なのかもしれない。
けれど。
「ミライちゃん、また会える?」
気づけば私はそう口にしていた。
「……なぜ、そのようなことを?」
「私のわがままかも知れないけど、ミライちゃんともっといろんな話をしたいなって」
最初にその表情にあらわれたのは驚きだろうか。そしてその先のか細い希望の糸に縋り付くかのように、年相応の一人の少女として溢れてくる感情に耐えるように、ミライちゃんはそれでもなお、彼女らしいクールな声を絞り出す。
「もう、三時間もお付き合いさせていただきましたよ……?」
「あっという間だったでしょ?」
あきれたように笑い、小さく、けれどはっきりとうなずくミライちゃん。
「……本当に……ユニークな方」
「そう? ミライちゃんみたいなおもしろくてかわいい子とはいくらでもおしゃべりしたいと思うのが普通だと思うけど」
「おもしろいとは……やや不本意ではございますが」
ミライちゃんは何か言いたそうな顔だったが、それでもかわいくデフォルメされた熊のキーホルダーがつけられた、一つの鍵を手渡してくれた。
「どうぞ、こちらをお持ちください」
・ミライの部屋の鍵
ある少女の部屋へと再び訪れるための鍵。本来はその役目を終え、冒険者の旅立ちをただ見送るだけだったはずの少女を、永遠の孤独から解き放った者に対する感謝の気持ち。使用することでいつでも少女の部屋へ転移することができる。このアイテムは所有者に帰属し、譲渡不可。他人に奪われない。
「ミライちゃん意外とかわいい系趣味なの?」
「……ノーコメントでございます」
「ふふっ。ありがとう、大切にするね」
「いつでもお待ちしております。また……必ず遊びにきてくださいね」
そう約束とともに私が鍵を受け取ると、いよいよこれでチュートリアルが完了したのか、今の私の身体とアバターが淡く光りだした。
まるでVR端末へダイブするときのような一瞬の浮遊感とともに視界がホワイトアウトした刹那、おそらく私の姿はすでにそこにはなかったのだろう。
しかしそれでも、旅立つ私の耳にはクールな少女の声が届いた気がした。
「……この出会いに心からの感謝を。そして、ミスカ様の旅路に幸運の星が巡らんことを」
導入が長く申し訳ございません。ようやく次話より酒好きお姉さんのMMOライフが始まります。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。