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36.油断


「よっ……と」


 短剣をもった緑の小人のようなモンスター――いわゆるゴブリンの攻撃を、斜めに踏み込みながらかわし、腕が伸び切っている隙だらけの体勢の首元にアサシンダガーを突き刺す。念のために手首をひねろうとしたところで、すでに敵は絶命していたらしく、手ごたえは空を切る。


 声帯がつぶれたのか、それとも即死だったのか、ゴブリンは断末魔を上げることもなくポリゴンとなって消えていった。


 さすがにダンジョンというだけあって、フィールドなどよりもよほど敵が多いのだが、幸いどの敵も大した強さはなく、今のところは危なげなく進むことができていた。


「アンタ……見かけによらず結構エグイ戦い方すんね……」


 最初コウモリから情けなく逃げ回る私しか見ていなかったためか、このまま三人で進むことに大層不安げな顔を見せていたみゃあらちゃんではあるが、私がコウモリやヘビといったビジュアルで攻めてくる敵以外には余裕をもって対処できることを知ってからは、それなりに安心した様子である。


 しかしエグイとはなんだエグイとは。

 非力な私なりに短剣で効率よくダメージを与える方法を考えてるうちに、カウンターで首筋を一突きという作戦に行きついたのだ。

 ホーンラビット先生直伝の必殺技と言えよう。


「とはいっても私は戦闘が得意なわけじゃないから、いざってときはクロエちゃんを連れてちゃんと逃げてね」


 セレグリムとの戦いや、帝国へ向かう道中の戦闘によって、私のレベルも33まであがっている。とはいえ相変わらず私のステータスはAGI極振りなので、相性の悪い敵が現れた場合には正直どうなるかわからないのだ。

 まぁ一匹だけであれば大抵は煌極閃で倒せるとは思うのだが……。


「私もシーフだからさ、そこそこAGI振ってる方だと思うんだけど、アンタの動きほとんど見えないもん。つーか初見の敵の攻撃かわしてクロスカウンター余裕ですとかどんだけっつー話……あ、ちょいそこストップ」


 話しながら床に設置されていた罠を手際よく解除するみゃあらちゃん。

 これまでにも何度かこうして事前に罠を発見しては、私が踏み抜く前に解除してくれている。


「わっ、ありがと」


「……べつに」


 みゃあらちゃんによれば<罠察知>や<罠解除>というスキルがあり、なんとなく危険な場所がぼんやりとわかるらしいのだが、私からすれば「ここにある」と言われてもほとんどわからないレベルである。あらためてスキル補正の大きさを感じる話であった。


 ちょうど罠のあった場所が丁字路の突き当りであり、クロエちゃんは迷いのない足取りでそこを左折して進む。


「あ、危ないから私が先頭にいくよ」


「一本道だし、大丈夫。それにここを抜ければもうすぐ時計塔への扉があるはずだ」


 ここにきて気が急いているのか、ずんずんと足を進めるクロエちゃん。

 まぁたしかに敵の姿も見えないし、心配しすぎる必要もなさそうに見える。念のために、いざとなれば一息に追いつける距離を維持して後を追う。


 ……が、その歩みはすぐに止まることになった。


「ありゃ、行き止まりだね」


 一定間隔に照らされた足元の先、暗闇から現れたのは壁であった。いわゆる袋小路というやつである。

 ぽたりと水滴の垂れる音が響く。

 

「……すまない。もともとの方角的にはこちらの方だったのだが」


 先頭を歩いていたクロエちゃんが申し訳なさそうにしているが、なんせ建物全体がダンジョン化してしまっているのだ。道も変わっているだろうし、まっすぐたどり着けなくても仕方あるまい。


「気にしないで。適当なところまで戻って別の道を――」


 ぽたり。


 私が口を開き、その言葉に振り返ろうとしたクロエちゃんの眼前に一滴のしずくが垂れてくる。

 頭上を確認する間もなく、しずくに次いで巨大な半液体状の塊が降ってきたのを見た刹那、私はその小さな身体を思い切り突き飛ばしていた。


 頭からどぷんという重みがかかったかと思った直後、深海にでも飛び込んだかのような圧力が全身にのしかかる。


「ミスカっ!?」


 クロエちゃんの悲鳴がやけに遠くから響いてくるように聞こえる。

 恐る恐る目を開くと、視界がゆらゆらと揺れていた。


 かろうじて見回せる範囲で確認すると、私の全身をすっぽりと覆うように先ほどの半液体状の何かがまとわりついているようだ。

 まるで粘度の高い液体で満たされた、小さな水槽の中に閉じ込められているような錯覚に陥る。


「……っ!」


 慌てて武器を振るおうとするが、腕が動かない。完全に固定されているわけではないのだが、水圧に負けて身体の自由がほとんど利かないようだ。


「スライム……! やば……!」


 ぼぼぼっという耳障りな粘着質な水音の向こう側から、みゃあらちゃんの声がぼんやりと聞こえる。


 スライム。

 ……昔は国民的RPGで最弱として設定されていたマスコット的モンスターらしいが、いつの頃からか「スライムは実は強い」みたいなことを言われ始めて、昨今ではやりすぎではと思うほどに強化されてしまっている気がするアレか。

 なんならスライムが主人公になった話すらあると聞く……。いや、今はそんなことはどうでもいいのだが……。


 ちょっとえっちなアニメやゲームのサービスシーン要員として用いられるスライムは、都合よく女の子の服だけを溶かすような特性を持っていることもあるようだが、幸か不幸か、アヴァオンのスライムはガチスタイルのようである。色気も何もなく明確に私を殺しに来ている。


 スライム自身に動く様子はない。動く必要がないといったほうが正しいだろうか。体内に捕らえた獲物(わたし)が溺死するまでじっくりと待つつもりのようだ。


 ……煌極閃を使ってもおそらくこの状態からでは抜け出すことができないだろう。

 スピードをダメージに変換する煌極閃の特性上、そもそも加速することのできないこの状態からではまともにダメージを出すことができない。


「ごぼっ……!」


 これは……私にはちょっとどうしようもなさそうだ……。

 酸欠で頭がぼんやりとしてくる。

 

 けどまあ……捕まったのがクロエちゃんじゃなくて本当によかったなぁと、力の入らなくなった身体で考える。





「――――――――!」



 限界を感じて意識が暗転する瞬間、誰かの呼び声とともに、全身がふわりと外気に触れたような気がした。


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