32.帝都『ヴァスシュヴァラ』
「はぁ!? あんたたち、自由連合からきたって……マジ? どうやって……?」
「うん、方法はちょっと……まだいえないんだけど」
みゃあらちゃんは信じられないといった顔で私たちを見つめた。
平均よりやや高めの身長に青い切れ長の瞳を持つ彼女は、明るいブロンドヘアをショートボブにまとめたキレイめ女子ではあるのだが、その言動のせいかキレイというよりは、親しみやすくかわいらしい印象を受ける。
「わかってると思いますけどぉ……」
「ちょ!? 誰にも言わないわよ! わかってるからいちいちソレ見せないでってば!」
モチリコちゃんが背から抜いた矢をちらつかせると、鉄製の矢尻がきらりと輝きを放った気がした。心なしかみゃあらちゃんの顔が青く染まっている。
どうやらモチリコちゃん恐怖症が治るまでにはまだしばらく時間がかかりそうである。かわいそうに……。
「……にしても、よりによってこんな時期にくるなんてね」
「こんな時期? どういうこと?」
ダルそうに呟いたみゃあらちゃんへ疑問を投げかけると、彼女は少しだけ思案気な顔をしたものの、すぐにかぶりを振って歩きだした。
「なんつか……まぁ、帝都に行けばすぐわかるっしょ」
何か知っているかと思いクロエちゃんに聞いてみようかと思ったが、特に思い当たる節がないのか、彼女も不思議そうな表情を浮かべて首を左右に振っている。
ふむ? 帝都で何かあったのだろうか。
あまり歯切れのよくないその言葉に、なんとなくモヤっとしたものを感じながら、私たちは帝都を目指して歩みを再開したのであった。
そしてのんびり歩くこと小一時間。
みゃあらちゃんの案内によって、私たちは実にスムーズに帝都へと到着することができた。聞いたところによれば、ここが一番大きな南門にあたるらしい。
「待て、お前たち。見ない顔だな。どこの者だ」
「えっ?」
特に何も考えずしれっと町の中へ入ろうとしたところ、帝都を護る立派な門を背に、これまた立派な鎧に身を固めた門番の兵士さんに声を掛けられた。
「どうした? どこから来たのかと聞いている」
イルメナを始めとして、今までどの町に入るにもそんなことを言われた例がなかったため、一瞬なぜ自分がそんなことを聞かれているのかと不思議に思ったのだが、考えてみればこれが正しい門番の仕事か。
門番さんがこんなにちゃんと仕事してるなんてイルメナとは大違いである。
どことなくその顔色に疲れが浮かんでいるように見えるのは、お仕事が大変なせいだろうか。
しかし参ったな。どこから来たか、か。
「あー……っとー……」
「やっほ、グレンさん」
素直に自由連合から来たことを告げるべきかどうか迷っていると、後ろからひょいと顔をのぞかせたみゃあらちゃんが割って入ってきてくれた。
「む……みゃあらか。お前の知り合いか?」
「うん、そんなカンジ。まぁ……悪い人たちじゃないよ、タブン」
「……いいだろう。しかし今はこんな時だ。問題だけは起こしてくれるなよ」
おや、またそれか。
一体帝都で何が起きているというのか。
みゃあらちゃんはすぐにわかると言っていたが……。
門番さんに小さく会釈してぞろぞろと門をくぐる。
「えっ」
まっすぐ一本通った目抜き通りが、向こう側が見えなくなるまで続いており、空は大きく開けて見える。
大通りの左右にずらりと並んだ様々な建物は、どれも規則正しく同じような建築様式が用いられているようで、統一性を感じさせる街並みは非常に格好がいい。
イルメナはいかにもファンタジーといった街並みではあったが、ここ帝都はどちらかといえば比較的近代寄りのヨーロッパという雰囲気である。
思わず街歩きをしたくなるような街並みは確かに美しい……けれど……。
「これ……どういう……」
だがその街並みに受ける印象はそういった外観的なものではなく……。
「なんですかぁ……この町……」
「帝都に一体なにが……?」
モチリコちゃんが居心地悪そうに顔をしかめ、クロエちゃんは事態を飲み込めないといった体で町の様子を窺う。
「なんで……? なんで町の人たちが……いない……?」
そう、イルメナに比べて活気が少ないとかそういった話ではない。
街に人影がないのだ。NPCも、プレイヤーも。
人々の生活や雑踏の音が消え去り、奇妙なほどに静まり返ったこの町で、人々は息も漏らさぬように潜みながら暮らしているというのだろうか……。
「ようこそ帝都『ヴァスシュヴァラ』へ、ってね。どーよこれ……なかなか終わってるっしょ」
みゃあらちゃんはそう言いながらおどけて両手を広げ、ニヒルに笑ってみせた。





