31.小悪党との出会い
突然のことで申し訳ないのだが、今私たちの目の前には一人の少女がへたり込んでいる。
モチリコちゃんたちプロゲーマー四人とクロエちゃんに取り囲まれ、ぷるぷると全身を震わせ、瞳を潤ませる様は、自業自得とはいえ憐れみを誘う。
「ご、ごめんね? 本気じゃなかったの。わかるでしょ? ね?」
「ごめんで済めば警察はいらないってぇ、小学校で習いませんでしたかぁ?」
ドスを効かせた声を発しながら、矢尻の尖った部分でつんつんと少女の頬をつつくモチリコちゃん。超怖い。
「あっ……! あっ! 先っちょはやめて先っちょはっ……! あ痛ぁっ!?」
いや、待ってほしい。
たしかに状況だけみれば私たちが悪者のようではあるのだが、これにはちょっとした事情があったのだ。
――少しだけ時は遡り、エアリルコーストを出発した私たちは帝都への旅路の途中にいた。
途中何度か野盗化したNPCたちに襲われるというミニイベントこそあったものの、例によって私以外の超戦力たちが鎧袖一触にして片付けてしまうため、もはや定期的に発生する暇つぶしのような扱いになっていたし、ここまでの道中はおおむね順調であったと言えるだろう。
そんなこんなで帝都まであと少しというところまで迫っていた私たち一行は、街道に倒れている一人の少女を見つけた。
「だ、大丈夫!?」
思わず走り寄って様子を確認しようとすると、うっすらと目を開いて私を見た少女が、聞き取れないほど小さな声で何かの言葉を発した。
その言葉に反応するように、私の胸元にかかる熊さんキーホルダーが弾かれたように小さく跳ねる。
「えっ!? なんで!?」
むむ?
勢いよくがばりと上半身を起こした少女が、驚いた表情で叫ぶ。
一体何に驚いているのだろうか。
まぁその声を聞く限り、とりあえず大きな怪我などはなさそうで一安心なのだが……なぜこんなところで行き倒れていたのかは気になるところである。
「ええと……もしよければ事情を……」
言いかけた私を制するように、道路に座っている少女の足元へ数本の弓が突き刺さった。ズダダダダンっと、それはもう重い音をたてて突き刺さった。
「ひぇっ!?」
少女が声にならない悲鳴をあげる。
「ミスカちゃーん、少し離れてくださぁい。その子ぉ、敵かもしれませーん!」
間延びした声とは対照的に、弓を構えるモチリコちゃんの目は冷たく少女を観察している。
「……ねぇあなた、今ミスカちゃんに何かしようとしましたよねぇ? なんですかぁ、アレぇ?」
おもわずぞくりとするような声で少女に声をかけるモチリコちゃん。
気が付けばイングベルトさんたちまで武器に手をかけ、いつでも戦闘に入れるよう構えている。
「なっ、なにもしてません! 誤解です! 私はただモンスターに襲われて、必死で逃げてきて……!」
「そのわりに傷の一つも、服の汚れもないですねぇ……? それにこんな開けたところで倒れてて、モンスターが見失うとも思えないですしぃ……よく無事でしたねぇ……?」
少女は必死に弁解しようとするが、モチリコちゃんは全く信じていないようである。
先ほど少女が何かを口にしたとき、何かをされていたということなのだろか。ミライちゃんの部屋の鍵が何か反応していたけれど……。
「私ぃ、目がいいんですよぉ。これでも弓使いなのでぇ」
ちなみにリアルのりこちゃんの視力も余裕で2.0を超えているらしい。正確な数字に関してはそこらの設備では測り切れないとかなんとか言っていた。
そこにゲーム内の補正が加われば、どれほど小さな動きでも見逃さないほどになっていてもおかしくない。さながらこの少女を狙う鷲やフクロウといった猛禽類のようである。
「教えてほしいんですけどぉ……さっきあなたぁ……なんて言ってたんですかぁ?」
「ひ……ひぃっ……!」
「あなたを助けにいった優しいミスカちゃんに対してぇ……一体何をしようとしてたんですかねぇ……?」
私を追い越し、ゆっくりと少女のもとへと歩み寄るモチリコちゃん。
クロエちゃんがさりげなく「いけモチリコ、やってしまえ」とぶつぶつ呟いてるのも怖い。
腰が抜けた少女は逃げることもせずに小さく震えている。
その原因は先ほどすぐそばに突き刺さった弓のせいか、それともモチリコちゃんから滲み出るオーラのせいか……。これではどちらが悪役か分かったものではない。
「早く認めて全部しゃべらないとぉ……ひどい目に遭いますよー?」
――そしてお話は冒頭、つまり現在へと戻るわけなのだが……。
モチリコちゃん式事情聴取により、洗いざらいたくらみを吐かされた少女は、泣きそうな顔でみゃあらと名乗った。
簡単に言えばみゃあらちゃんはこの辺りを縄張りにして、通りすがりのプレイヤーからスリやPKといった悪事を働いていたらしい。
個人的にはあまり好ましい行為とは感じないが、ゲーム的には認められているロールプレイの一つであるため、そこについては誰も彼女を咎めることはしなかった。
彼女はどうやら<等価交換>という珍しいスキルを持っているらしく、最初に私に仕掛けたのもそれであったと白状した。
「つまり……あなたの持ってるアイテムを相手に送り付けて、稀少度が同じ程度のアイテムを奪い取る、ってこと?」
「そうよ……。ほんとに反省してるから! もう許し……あっ! 矢尻痛いっ! ささってる! ささってるからぁ!」
レインボーフロッグのときも一番稀少なアイテムというターゲットを認識していたようだし、おそらくマスクデータとしてアイテムの稀少度が存在してることは間違いないと思うので、等価交換の仕様はわからないでもない。
ふーむ、ただそうなると少しだけ不思議なことがあるのだが。
手持ちの矢でツンツンとやっているモチリコちゃんを止めて、みゃあらちゃんへ質問を重ねる。
「詳しくはいえないけど、この鍵ね、稀少度っていう意味では相当高いものなの。そうそう交換材料になるようなアイテムは手に入らないんじゃないかと思うんだけど……。もし仮にあなたが同等に貴重なアイテムを持ってたとして、何が手に入るかわからないようなリスキーな交換なんてするのかな?」
「……っ!」
「あれぇ……? もしかしてぇ……まぁだ隠してることがあるんですかぁ……?」
「みゃあらちゃんだっけ? なんかもうアンタのために言うけど、下手に粘らないほうがいいぜ。こいつやると決めたら結構えげつないことまでやるやつだし、相手が女の子だからって手加減するタイプでもないからよ……」
モチリコちゃんの声の温度がまた一段下がったのを察し、イングベルトさんが助け船をだす。
「さっさと吐きなよ。じゃないと×××を××して×××××するよ」
クロエちゃんも普段は決して見せない貧民街の空気を全面に出し、聞いたこともない言葉で脅している。
「な、なんなのよあんたたちっ……もうっ! わかったわよ! 全部話すわよ!!」
悪態をついているが、その顔は半泣きのままである。モチリコちゃんがにっこりと笑うたびにびくりと震える姿にはもはや同情を禁じ得ない。
「わ、私にはもう一つ<無価値の創造>っていうスキルがあるのよ……。これはリアルの一日に一回……つまりゲーム内時間で三日に一回しか使えないんだけど、使い道のないクズアイテムを作り出すの」
「使い道のないクズアイテム?」
「そう、正真正銘のクズアイテム。ただ、なぜか稀少度だけがランダムなの。例えばこんな感じ」
そういって少女がインベントリから一つのアイテムを取り出す。
・世界に一つだけの花
誰にも見つからない場所でひっそりと咲いていた花
特別なオンリーワンで非常に珍しく貴重だが、特に使い道はない
「なるほど……」
それでミライちゃんの部屋の鍵が反応したのか。しかしあれは私以外の手に渡ることがない帰属アイテムのため、等価交換のスキルを弾いてくれたということだろう。
「もういいでしょ! これで全部だから! 見逃してよ! ね!?」
少し悩む素振りを見せたモチリコちゃんが少女の耳元へと口を近づけ、なにかをぼそぼそと伝えているようだ。
一体何を聞かされているのか、少女は顔を真っ青に染めてブンブンと高速でうなずきを繰り返している。
時おり少女が何かを口にして、それを聞いたモチリコちゃんは満足そうににっこりと目を細めると、笑顔のまま振り返って私たちに告げた。
「みなさーん、親切なみゃあらちゃんが帝国まで道案内してくれるみたいですよー」
日間VR3位って本当ですか……?
現実味がなくふわふわと夢を見ているようです。
応援くださっている皆様のためにも引き続きがんばります!





