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30.『星々と二つの月亭』


 セレグリムとの戦いから数日後。

 一足先に南へ向かっていたクロエちゃんが準備を済ませてくれていたこともあり、港町で合流した私たちは滞りなく出港することができた。


 そして現在、私たちを乗せた船は拍子抜けするほどあっさりと帝国領土へと近づいている。

 もっと早く海路を試すべきだったとプロゲーマーたちがしきりに悔しがっていたのが印象的である。


「ふんふんふふんーふんー♪」


 夕方になりやや強くなった潮風を大きく孕み、ご機嫌にマストを膨らませた帆船が水しぶきを切りながら進む。

 オレンジに染まる甲板の上、私がふんふんと鼻歌を口ずさんでいると、何かの燻製肉を持ったモチリコちゃんが食堂へとつながる扉から現れた。


「何の歌ですぅ、それ?」


「水夫たちの歌……かな? たぶん……」


 もともとは大航海時代をベースにしたとある乙女ゲーでむくつけき水夫たちが歌っていたものだ。

 私にはどう聞いても「ぴよぴよぽてとー(低音)」としか聞こえないその歌詞を、こんがり日焼けしたガチムチのおっちゃんたちが野太い声で歌うギャップがたまらなくかわいく感じたものである。まぁどう考えても空耳だったとは思うのだが。

 もしあのゲームにもアヴァオンくらいNPCに個性があったら、水夫のおっちゃんに話しかけていろいろと話を聞くこともできたんだろうなぁ。


「はぁ……?」


 よくわからないといった顔で首を傾げるモチリコちゃん。私もよくわかってないから安心してほしい。


「うおおおお!? なんか灯りが見えたぞー!!」


 私たちがしょうもない雑談に興じながら夕日に染まる海を楽しんでいると、突然、見晴らし台の上に登っていたイングベルトさんの興奮した声が響いた。

 その声に反応してぞろぞろと全員が看板へと集まってくる。もちろんその中には今回の旅路ですっかりみんなとも馴染んだクロエちゃんの姿もある。


「エアリルコースト……帝国の港町だ」


 私たちはついに帝国領土へと足を踏み入れたのであった。





「んー、やっぱり陸地は落ち着ちつきますねぇ」


「私まだ足元ふわふわする。なんか自分が揺れてる感じ」


「俺も……」


 もう時間も遅いことに加えて船旅の疲れもあったせいか、今夜はこのエアリルコーストで一泊しようというモチリコちゃんの提案には全員が賛成した。今日は長時間の移動に備えて週末にプレイしているため、まだまだ余裕はたっぷりである。


 幸い宿はすぐに見つかり、私、モチリコちゃん、クロエちゃん組と、イングベルトさん、エドガーさん、カイさん組という、男女それぞれ三人部屋に別れて部屋をとった。

 

「んじゃ明日の朝まで各自自由行動ってことで!」


「はーい」


 部屋の前で手を振って別れた私たちは、ひとまずベッドで腰を落ち着ける。


「あいつらはしばらく町をふらつくって言ってましたけどぉ、私たちはどうしましょうかー?」


「せっかくだし港町っぽいご飯が食べたい! 魚介のおいしいお店とか探してみない?」


「いいですねぇー」


「クロエちゃんもいくでしょ?」


「それは……迷惑じゃないのか?」


「何言ってるの、そんなわけないじゃん。あ、でもお酒はダメだよ、大人になってからね」


「……ありがとう。嬉しい」


 そういって薄く笑う彼女の手を取ると、少しだけためらう仕草を見せたものの、素直に私の手を握り返してくれた。

 ふと手の内に返された、子供らしからぬ少しだけ荒れた感触に心がざわつく。


「……っ、ミスカ……痛い」


 無意識のうちに、握る手に力を込めてしまっていたようで、クロエちゃんのかわいらしい顔の上できゅっと眉根が寄る。


「あっ!? ご、ごめん! 大丈夫!?」


 あわてて思わず手を振りほどこうとしたものの、クロエちゃんにしっかりと握りしめられたその手が放されることはなかった。


「ううん、平気。……行こう、ミスカ」


 そういって逆に私の手を引くように立ち上がるクロエちゃんの健気さが眩しい。

 ……あーもう、子供に気を遣わせて何をやってるんだ私は。


 心配そうにこちらを窺うモチリコちゃんに、なんでもないと笑顔を見せて部屋を出る。

 こういうとき必要以上につっこんでこないのが、彼女と親友を続けられるところだと私は思っている。ひっそりと感謝をささげつつ、これ以上二人に余計な心配をかけないよう、心にセルフビンタをして気持ちを切り替える。


「よし! それじゃよさげなお店探しにしゅっぱーつ!」


「おー!」


 おいしいご飯とお酒で元気を出すぞー!





 エアリルコーストはそれほど小さい町ではないのだが、飲食店やお土産屋のほとんどは海岸通りにまとまって軒を連ねているため、食事をする場所を探すのには苦労しなかった。


 お洒落な店構えに『星々と二つの月亭』と看板のかかったレストランを選び、海の見えるテラス席に座ると、店員さんがテーブルの上のろうそくへと火を灯してくれた。夜空を映し出しながらどこまでも遠く続く海を眺めるにはちょうどいい明るさである。

 ちょうど月は雲に隠れているようだが、それでも星々は十分に美しくかがやいている。

 時おりお店のドアが開いたときに店内から漏れ聞こえてくる人々の楽しそうな笑い声と、凪いだ海が奏でる、ざぁーという優しい波音が混ざり合いとても心地が良い。


「いい雰囲気ー」


「……この町にこんなお店があったなんて知らなかった」


「料理も当たりだといいですねぇ」


 メニューには初めて見るような料理も多く、わくわくしながらおすすめっぽく書いてあるものを手あたり次第に頼み、私とモチリコちゃんはテキーラのカクテルを、クロエちゃんはレモンソーダを手に乾杯した。


 柑橘系のさわやかな香りが鼻に抜け、強めのアルコールが嫌味なく舌に絡む。普段ビールを飲むことが多い私ではあるが、雰囲気にあったカクテルというのも本当においしいものだ。


「ミスカちゃんといるとお酒のチョイスで迷わないので、楽でいいですねぇ」


 モチリコちゃんも気に入ってくれたようで、普段より少しだけ飲むペースが早いように見える。


「それ、飲みやすさのわりに結構強いから気を付けてよ?」


「だぁいじょうぶですよぉー」


 ころころと笑う彼女はとても楽しそうである。まぁ楽しければいいか。お宿も近いことだし。


 そうして楽しく談笑をしているうちにすぐ料理が運ばれてきたのだが、そのどれもがまた素晴らしいものであった。


 ふんだんにちりばめられたぶつ切りのタコに、トマトやワイン、ニンニクを効かせたリゾット風のお米料理や、白身魚と玉ねぎ、薄切りのジャガイモをタマゴでとじたもの、香草で香り付けされた豚肉とあさりの炒め物など、どれもこれも新鮮な磯の風味が絶品であった。

 日頃は肉食獣として知られるモチリコちゃんも、満足そうに魚介料理を頬張っている。


 うーん、幸せ。



「ミスカ、モチリコ」


「ん?」「ふぉうひまひは?」


 不意にクロエちゃんから名前を呼ばれた私たちが同時に反応する。



「みんなで食べる食事は……おいしいんだな」



 それは私たちにとっては当たり前の、けれどクロエちゃんにとっては今まで得ることができなかったもの。

 

 クロエちゃんからかけられたその言葉に、思わず潤んできそうな視界を我慢して笑顔を作る。


「……覚悟しといてよ、クロエちゃん。これからもみんなでおいしいものをたっくさん食べにいくんだから!」


「いろんなところに行くにはお酒ばっかり飲んでないでレベルもあげないとですねぇ?」


「ぎくっ」


「……私もお酒飲みたい」


「それはまだだーめ」


「ぶー……」


 私たちの笑い声を乗せた夜の風が、やがて静かな波音と混ざり合って海へと消えていく。

 ふと視線を送れば、いつの間にか晴れた雲間から現れた見事な三日月が、黒い鏡面のような海に浮かんでいた。


「それで『星々と二つの月亭』ね」


 なるほど、看板に偽りなしである。

 にっこりと笑う二つの三日月は、私たちの新しい冒険の門出を見守ってくれているように思えた。


なんと日間VR7位になっていました!

見渡すと周りにはビッグタイトルしかなく、そこにアムリタが混ざっているのが信じられない思いです。

全ては応援してくださっている皆様のおかげです。

本当にありがとうございます。


第二部もどうぞよろしくお願いいたします。


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