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幕間.ミライの部屋2

今回後半部分に少しだけ女性向けに近い描写が出てきます。(もちろん直接的な表現はありませんが)

苦手は方はご注意ください。

幕間につき。読み飛ばしていただいても大きな問題はない回だと思います。


 イルメナでの騒動が落ち着き、ようやく気持ちに余裕をもってゆっくりできる時間がとれるようになった頃。リアルの用事のため、いつもより早めにログアウトしたモチリコちゃんを見送った私は、久しぶりにミライちゃんの部屋を訪ねていた。


「やっほー」


「……」


「あれ、おーい、ミライちゃん?」


「…………つーん」


 どうしたことか、ミライちゃんの返事がない。

 いや、正確には口で「つーん」とか言っているので返事はしてくれているのだが、頑なにこちらを見ようとしない。

 私がミライちゃんの目の前へ移動すると、わざわざ別の方を向いてまた「つーん」とか言っている。かわいい。


 いやしかし、しまったなぁ。これはもしかして拗ねているのだろうか。


 最近は『イルメナ防衛戦』関係で慌ただしい日々を送っていたため、たしかにしばらくミライちゃんのところへ遊びに来ていなかった。

 いくらあちらには制限時間があったとはいえ、寂しい思いをさせてしまっていたのは申し訳ない限りである。


「ミライちゃんごめんね。これからはまた前みたいに時間が取れると思うから、お邪魔でなければもっと遊びにくるよ」


「……本当ですか?」


「うん、約束」


 そういって小指を出すと、ミライちゃんは一瞬きょとんとしたあと、月色の瞳をぱぁっと輝かせて、その小指を絡めてきた。


 指切りげんまんを歌いながら手を揺らすミライちゃんは、何がそんなに楽しいのかというくらいご機嫌で、見ているこちらまでほっこりとする。

 よかったよかった。ようやく少しだけご機嫌を取り戻せたようである。


「そうだ。これイルメナの屋台で買ってきたの。おやつ食べない?」


 そういって紙に包まれたたい焼きを二つ取り出すと、一つをミライちゃんの口元へ差し出す。

 ミライちゃんはたい焼きを初めて見るのか、きょとんとした表情を浮かべたまま私の手元を見つめている。


「はい、あーん」


「あー……んっ」


 言われるままに小さなお口を上品に開けたミライちゃんの口腔内へ、たいやきの頭の部分をそっと差し入れる。


 はむはむと口の中のたい焼きを噛みしめるミライちゃんの瞳が徐々に見開かれていく。

 ――ごっくん。


 飲み込むと同時に、再度もの欲しそうにミライちゃんのお口が開かれる。たい焼きを見つめる瞳は真剣そのものである。


 あーん、ぱく。


 あーん、ぱく。あーん、ぱく。あーん、ぱく。


 ミライちゃんのお口が開くたびにたい焼きを差し出すことを繰り返していると、気が付けばあっという間に二匹分のたい焼きがミライちゃんのお腹に収まっていた。


 私の分のたい焼きまで完食したミライちゃんはたっぷりと時間をかけてその余韻を味わうと、座っていたマカロン型のクッションからすっくと立ちあがる。


 胸元に手を合わせ、天を見上げてふるふると震えている少女の姿は、見ようによっては神への祈りのようである。まぁ実際はたい焼きの余韻を味わっているだけなのだが。いや、私が知らないだけで、もしかしたらこの世のどこかにはいるのかもしれない。たい焼きの神が。









 現在のミライちゃんのお部屋のレイアウトは、リアルでいうところの1LDKのような間取りになっている。キッチンには結構な種類の調理器具が揃い、その気になれば本格的な料理もできそうである。


 ご機嫌を取り戻すどころか、かつてないほどのウキウキ具合を見せてくれているミライちゃんが冷蔵庫から出してくれたビールを飲みながら、私はプロジェクターで大映しにされたイルメナの街並みを眺めていた。ちなみにミライちゃんはお茶である。念のため。


「こんな風にあっちの世界のことが見れるんだね」


「はい、ミスカ様の活躍もここからよく見ております」


 衝撃の事実である。それは気恥ずかしいものがあるな……。


「あっ、イングベルトさんたちだ」


 もはや見慣れたイングベルトさんたち男性陣三人がスクリーンに映る。何やら若い女性のNPCと会話をしているようだ。少し派手目な雰囲気の女の子である。


『……からさ! な!?』


『えー、どうしようかなぁ。でも今日はこの後友達と遊ぶ予定があるから、ごめんねー』


『なんならそのお友達も一緒にどうよ? こっちも三人だしさ!』


『あははっ、ちょっと無理かなー。じゃあねー、ばいばーい』


『あ! ちょっ、待って! 待っ……だー! くそっ!』


 女の子はるんるんと立ち去り、残されたイングベルトさんは悔しそうに地団駄を踏んでいる。

 ……これはあれか、彼らがナンパに失敗しているシーンを目撃してしまったのか。

 イングベルトさんも残念だろうけど、見ているこちらもなんとなくいたたまれない気持ちになってしまう。


『なぁイングベルト、やはりこんなことはやめないか?』


 もはやこのパーティの良心ともいえるカイさんが弱ったように口を開く。


『じゃあカイ、他にどんな方法があるんだよ?』


『いや……むぅ……攻略を進めていればいずれは……』


『気持ちはわかるぜ? 俺もこないだまではそう思ってたしな。けどよ、実際俺らが散々攻略しても一つも見つけられなかったユニーククエストを、ミスカちゃんは俺らが思いもしなかったところから見つけてきたじゃねえか』


『……NPCとの交流が鍵になるかもしれないということか』


『ああ、だからこそまずはNPCと親しくなんなきゃならねぇんだよ。なあエド、お前もわかるだろ?』


 話を振られたエドガーさんはめんどくさそうに頭をふりながらも、意外なことを口にした。


『ふんっ、本来は魔法も使えんようなNPCに興味はないんだがな。あいつのためであれば仕方あるまい』


『仮にも俺たちはプロゲーマーだ。ミスカちゃんの好意に甘えっぱなしってわけにはいかねぇ。絶対ユニーククエスト見つけて恩を返すぞ』


 おや? どうしてそこで私の名前が?

 彼らのナンパが私にためになる理由がわからないのだが。


 しかし日頃あまり見せない真剣な表情で決意を告げたイングベルトさんに対し、カイさんもエドガーさんも強く頷いている。


 話を聞く限り、どうやら私がソフィアちゃんからユニーククエストを受けたことを意識して、別のNPCからも同じように情報を聞き出せないかとナンパを試しているということなのだろうか。


 うーむ、彼らに恩を感じているのは私の方なのだが……。まぁ私のような素人に、多少なりとも借りを作ってままにしておけないというプロゲーマーとしての矜持もあるのだろうか。

 その手段がナンパになってしまったのはなぜなのかと思わなくもないが……。


 ともあれ決意を新たにした彼らは、次なるお相手を探して歩き始めたのであった。





『くそっ! なんでだ! リアルならもうちょっと……多分もうちょっとは成功率高いのに……!』


『ちっ……所詮は魔道を知りもしない凡夫どもか……』


 ……これで何度目の失敗だろうか。彼らは女性NPCを見かけては特攻し、その度に玉砕していた。

 いい加減見ているのもつらくなってきたので、そろそろやめようとミライちゃんへ声をかけようとしたところで、カイさんがふと何かに気づいたようにキョロキョロとあたりを見渡した。


『二人とも気をつけろ、敵かもしれん』


『確かにわずかだが見られているような……ヘイトとも違うが……なんだこの奇妙な感覚は……』


『なめやがって、こんな町中でやる気かよ?』


 えっ、敵襲!? 私は心配になって画面へ注目する。何か気づくことがあればフレンドメッセージで伝えることができるかもしれない。


『そこか!』


 大楯を装備したカイさんが、何者かが潜む物陰へ迫る。


『きゃっ!?』


『!?』


 しかし建物同士の隙間の細い路地へ隠れるようにして三人を覗いていたのは、敵でもなんでもなく、一人の女性NPCであった。


 そんなところから覗いていた点以外には、特に怪しい素振りもなく、ただただ普通の女性に見える。いや、そこにいること自体が十分に怪しいといえばその通りでもあるのだが……。

 あまりにもその雰囲気が一般のNPCのままであり、彼女が三人へ危害を加えるようには思えない。


 しかし気配に敏感なプロゲーマーの三人が危険を感じたというのであれば、何かがあるということだろうか。

 20代前半だろうか、ゆるいウェーブのかかった茶色の髪を肩口で結んだ女性は、カイさんに驚いたのか、眼鏡の奥の瞳を若干うるませている。


『し、失礼した。ご婦人だったとは……申し訳ない』


 装備をしまい、謝罪の言葉を口にするカイさんだが、その顔にはハテナマークが浮かんでいる。

 近づいてきたイングベルトさん、エドガーさんも不思議そうな顔だ。


『ええと、俺たちの方見てなかった? なんか用?』


『あ……ええと、不躾ですが……その、どうしても気になってしまって』


 イングベルトさんの問いかけに、顔を真っ赤に染めながら女性はうなずく。


 おやぁ? これはひょっとして?


 数多の乙女ゲーをやってきた私にはわかる。

 女性の表情は、完全に恋する乙女のそれである。

 

 果たして彼女の心を射止めたのは三人のうち誰なのだろうか。

 私は乙女ゲーのヒロインが告白するシーンを見守るような気持ちになりながら事の成り行きを見守る。


 そして彼女は三人を順番に見つめ、ゆっくりと口を開いた。


『皆さんの間にはどういった矢印が生えてるんでしょうか……!?』


『…………?』


『…………??』


『…………??????』


「腐かああああ!!」


 男性陣が硬直する中、思わず私が突っ込んでしまった。


 いやいやいや、なんでNPCに腐女子がいるのだ。設定考えたやつどうかしてるんじゃないのか。しかもナマモノて!


『私としてはかっこいいイングベルトさん→知的なエドガーさん→包容力のあるカイさん→イングベルトさんという三角関係が素敵だと思います! カイさんはおそらく一番の大人で、もう見た目の良さだけにとらわれる様な若い恋はしないはずなのですが、それなのにイングベルトさんの容姿が目について離れないと尚いいです!』


 男性陣が固まっている間にも、一度開いてしまった腐った女性の口は止まらない。なんだ「尚いいです!」って。しかもめっちゃ早口だし。

 勝手な妄想を垂れ流す女性NPCにドン引きの表情を見せながらも、かろうじて抵抗を見せるイングベルトさん。


『い、いや、そもそも見てただろ! 俺たちは今ナンパしようとしてたんだよ! 女の子が好きなの! ホモとかそういうんじゃねえから!』


『そこがいいんじゃないですか! 女子を好きだと思い込みたがっているにも関わらず、本当は隣にいるこの人のことが頭から離れない的な! 男子校に蔓延るホモはくだらないんです! 共学で生まれるホモにこそ本物があるんですよ!』


『しらねえよ!!』


 イングベルトさん心の叫びである。

 ていうか男子校とか共学とかあるのか、この世界。いや、まあ学校のような仕組みはあってもおかしくはないんだろうけど。なんだこれ、NPCの業が深すぎる。本当にもうなんなんだこれ。


 その後も女性の強烈な妄想は続いたのだが、私はそっとプロジェクターを切った。三人が無事に逃げ出せたことを祈るのみである。


「まったく、ひどいものを見た……」


「男性と男性……なるほど……そういうのもあるんですね……」


 となりでミライちゃんがぶつぶつと怖いことを呟いているのは聞かなかったことにしたい。


 私はミライちゃんがあらぬ趣味に染まることがないよう祈りながら、ぬるくなったビールを飲み干したのであった。


 



 後日談。

 ユニーククエストのことは本当に気にしないでほしいと伝え、日ごろの感謝をあらためて伝えたところ、今後は彼らは彼らなりのやり方で挑戦してみると言っていた。

 NPC怖い、ナンパはもうこりごりだ、などと虚ろな目で語るイングベルトさんたちを見て、少しばかりの同情を禁じ得なかった私は、ミライちゃんの部屋で作った手作りのクッキーを差し入れたのであった。



次話より、いよいよ第二部を動かし始める予定です。

引き続きよろしくお願いいたします。


*登場人物のセリフはあくまでその登場人物の感性によるものであり、作者の考えそのものではないことを明記させていただきます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第二部楽しみです
[一言] とんでもねーNPCが出てきて草
[一言] 「矢印が生えている」とか、界隈の事情を知らないと出てこない言葉では………
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