3.アバター(後編)
5/17 ご指摘いただいた脱字部分を訂正しました。ありがとうございます!
5/18 一部加筆修正を行いました。
「おかしい……こんなはずじゃあ……」
キャラメイク用の仮想空間の中で、私は思いっきり頭を抱えていた。
目の前には5歳児が盛大に失敗した福笑いのような顔のキャラクターがまっすぐ立って私を見つめている……。極端にふくらんだバストはもはやロケットのようであり、絞り込まれたウエストが描き出す上半身は逆円錐形のような形となっている。
こんなことを言ったら芸術家やその界隈の人たちに怒られそうではあるが、キュビズムで描かれた人物画を無理やり3Dに起こしたらこんな感じ……かもしれない。
最初は必至に笑いをこらえたり、驚いたり、困惑していたミライちゃんであったが、いつしか彼女の私を見る目が心なしか優しいものになっている。
くそぅ……!
「ふひゅっ……!?」
腹いせにポーズチェンジと表示されているパネルをタッチすると、アバターはどこからか武器を取り出し、シャキーンとかっこいい戦闘ポーズを取り始める。
んん? 今ミライちゃん噴き出さなかった?
「あっはーん」
追い打ちとばかりに、アバターを四つん這いにさせ、おしりを高く突きあげた雌豹のポーズをとらせると、今度こそミライちゃんは耐えきれなくなったようで、目をそむけて肩を震わせている。
おお……するどく尖ったバストの周囲を星々のエフェクトがきらきらと取り巻く様が、往年の変身アニメの変身シーンのようでちょっと面白い。
ういーんういーんとバストサイズを動かして遊んでいると、ミライちゃんからまたおかしな音が漏れてきた。というかこのままだと過呼吸になりそうな勢いである。
しかしこのNPCのAIすごいなー。ミライちゃんの反応超らぶい。
クールキャラがたまに見せる素の反応って反則だと思う。
「も、もう! おやめください……!」
私がにやにやと粘度高めの視線でミライちゃんを見つめていると、「ふー…ふー…」と呼吸を整えたミライちゃんがこっちを向いてにらんできた。かわいい。
「あはは、ごめんごめん」
しかし困ってしまった。
ほかのゲームではそこまで自分のアバターにこだわってやっていなかったから気づかなかったけれど、どうやら私にキャラクターデザインのセンスは備わっていなかったらしい。
というか目の前で雌豹のポーズをとり続けるこれ、もうここから人間の形に戻せる自信がない。
「えーとミライちゃん……これ、一度リセットして元に戻せる……?」
私がそう問うと、彼女はちらっとそれを見やり、またぷるぷると小さな肩を震わせて言った。
「……可能でございますが、それよりもミスカ様の場合、現実からスキャンした容姿データが非常に整っておりますので、それをベースにして多少のランダム調整を入れることをお勧めいたします」
「またまた、上手なんだからー」
私の容姿が整っているとか、何を言っているんだこの子は。
見た目に関して言えば私なんぞ妹のための試作機である。冷たく見える顔立ちは、愛想がないと言われることはあっても美人といわれることなどありえないし、もっさりとしたくせっ毛はろくに伸ばすこともできないのだ。背も小さければ、胸だって残念なほどに薄い。
幸い美人であった母親の面影を色濃く継いだ妹は、どこに出しても恥ずかしくない美少女に育ったのだが、それはきっと私が先に父のDNAをすべて吸収しておいたからであろう。
…………ふふっ。
「ええと……ミスカ様……?」
おっと、いけないいけない。
思わずダークサイドへ引きずり込まれそうになっていたものの、気遣うようなミライちゃんの声で正気を取り戻す。
「それにリアルの見た目をベースにしたら、それこそ名前より防犯的にあぶなくない?」
「現実の霞様をよく知っている方であれば、ゲーム内のミスカ様を見た際に場合によっては思い当たる方もいらっしゃるかもしれませんが、その逆であれば気付くことはほぼございません。ゲームから現実へ繋がるような被害は起こりませんのでご安心ください」
「なるほど……」
「絶対に! この方法がおすすめでございます」
「お、おう……」
なにやらミライちゃんから強い意志を感じる。絶対に二度目の事故物件を作り出してなるものかという固い決意を。
うーん、ミライちゃんがそこまで言うならその方がいいのだろうか……?
率直に言って自分の顔は見ていてあまり楽しいものではないし、できれば避けたいと思う反面、現実問題として私自身でアバターを0から作り上げることができないのだ……。さすがに他人をベースにすることはできないので、これはもう自分をベースにするしかないということかもしれない……。
「ううーん……そしたらベースはともかく、そこからできるだけいい感じによせてもらえるかな?」
少しばかりの逡巡の末、私がそう言うと、ミライちゃんは「お任せください」とかわいらしく自信たっぷりにうなずいた。
「おぉ……!」
ミライちゃんによるアバターの再成型はものの数分ほどで完了した。
ほっそりとした上品な顔に、まるで甘い蜜を滴らせたかのような光沢のある栗色の髪が背中まで伸びており、長いまつげで縁取られた特徴的なおおきなアーモンド形の輪郭の中に、南海に透ける珊瑚礁のような、エメラルドグリーンの瞳が輝いている。薄い唇の上にはお行儀よく小さな鼻がおさまっており、なんていうかもう、思わずつぶやいてしまった。
「……美少女だ」
日頃鏡で見ている私の見た目の面影は強いものの、自分のようでいて自分ではない違和感。
よく似た姉妹、二卵性の双子という表現が一番しっくりくるだろうか。
コンプレックスであったもさもさの癖っ気も、さらっさらのきらっきらのストレートヘアで超キューティクルしている。
私と似ていることは間違いないが、たしかにこれを見て私と同一人物だとすぐにつながることもないだろう。
今こうして少しばかりの変更をかけられた私の見た目は、おそらく10人中10人が美しいと言いそうな容姿をしているけれど、現実の私を美少女という人なんていないだろうし。
あ、妹だけは私のことをかわいいかわいいと言ってくれるのだが、それはわが妹が天使なだけなので例外である。
本当にこれが私自身をベースにしているとは、にわかには信じられない。
しかし……しかしである。ただでさえ望外のアバターを用意してもらっておいて贅沢な話だとはわかっているが、一つだけ気になる点があるのだ。
「ええと、背と胸だけもう少し大きくならない?」
おそらくこの見慣れたサイズ感はリアルの私のままである。せっかくの美少女アバターになれたのだ。もう少しくらいおまけの夢を見させてくれてもいいだろう。
「……ソレハデキマセン」
急に機械のような声になったミライちゃんが無慈悲な回答を告げる。
「なんでよ!? 絶対できるでしょ!」
「エラー、エラー」
うざったいくらいわざとらしくピピピーピピピーとエラー音を口にするミライちゃん。……こいつぶん殴ってやろうか。
私が機械修理(物理)のスキルを発動せんと斜め四十五度の手刀を構えたあたりで、ミライちゃんは真顔に戻ってこう言った。
「冗談はさておき、ミスカ様のお身体は現状が一番美しい状態かと存じます。このアバターを壊すような提案はできかねます」
ミライちゃんが両手で指し示すそこには、見慣れたスレンダーボディの上に、別人のように美少女となった私の顔が乗っかっている。
ある意味スタイリッシュというか、たしかにこうしてみればきれいな細身ではあるとは思うが、大は小を兼ねるというか、大きなものへのあこがれは捨てきれないというか……。
でもなぁ……こうなるとミライちゃん頑固そうなんだよなぁ……。
ちらっと見やるとミライちゃん謹製の美少女アバターは、心なしかどや顔で私を見つめている気がする。
「はぁ……まぁミライちゃんがそこまでいうならしょうがないか……」
悩みに悩んだ末に悩ましのナイスボディを諦め、私はインターフェース上の確定ボタンをタッチしたのであった。
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