26.誓い
人によってはグロいと感じる表現が出てくるかもしれませんのでご注意ください。
「すごい……」
眼下に広がるイルメナの町。遥か遠くへと続く地平線。私の目線と同じ高さで飛んでいく鳥たち。
思わず状況も忘れて、一瞬見入ってしまったほどに、その眺めは感動的であった。
私が住んでいるマンションの部屋が14階なので、単純な高さでいえばそこからの視点とそう変わらないように思えるのだが、足元の床も窓も壁も一切なく、身体一つで空中に浮いているという視点は、不思議とまったく別物のように感じられた。
「っと、いけない……呆けてる場合じゃないし」
すっかり位置関係が逆転し、今や私のやや下方に浮いているセレグリムをにらみつける。
相変わらず全身から、見るからに毒々しい瘴気をばらまいているようだ。
「…………!」
地上から見上げていたときよりも距離が近くなったことで、体表に埋もれている顔たちがよりはっきりと見えてしまう。
人や動物に加えて先日戦った恐竜のようなものも混ざっているようだが、それらすべてが無念や苦悶といった負の表情を浮かべている。
きっとあの中にはロイくんのように騙された者や、何もわからずに生き物としての尊厳を奪われた者、無念を抱えたままあの姿に成り果てた者たちが他にも多くいるのだろう。
地上からはセレグリムに生えた繊毛のように見えていたそれは、どうやらもともとは誰かの腕や足や尻尾など、身体の一部のようであった。
吐き気がするほどの所業に怒りが込み上がり息が詰まる。
落ち着けと自分に言い聞かせ、一つ大きく息を吐く。
「……今楽にしてあげるからね」
誰にともなくそう呟き、そのための手札を今一度確認する。
<煌極閃>。
レインボーフロッグソウルを付与したことによって使えるようになったスキルだ。
スキルの説明を読む限り、動きとしてはレインボーフロッグがやっていたことと同じで、光をまとってシンプルに突撃するという、ただそれだけのものだ。
だが、基本的に攻撃スキルというのはSTR(腕力)やMAG(魔力)などを参照してダメージを計算することが多い中、この煌極閃はAGIでダメージを算出する仕様らしい。
その強力さ故か、やや長めに設定されたクールタイムを考慮しても、AGI特化の私としてはこれ以上ないというか、望外の火力が出る現状ほぼ唯一のスキルである。
レインボーフロッグソウル自身の効果としてもAGI+30が乗るため、単体でシナジーを発揮している点もありがたい。
私自身がどこまで高AGI域の動きを制御できるのかという中身のスペックの問題は未知数であるものの、このままステータスをAGIに全振りしていけば、どんな相手でも不意打ちからの一撃必殺を狙っていけるスキルである。
ただし一対一に限るのと、一度スキルを使った後はクールタイムが明けるまで逃げまわるだけのポンコツになるのだが。
それでもモチリコちゃんに言わせれば「十分ぶっ壊れ」とのことであったが、遠慮なく使っていこうと思う。ビギナーズラック万歳。
さて、すでにセレグリムは射程に捉えた。
数度深呼吸を行い、覚悟を決める。
「――煌極閃」
その瞬間、一瞬身体がブレたような感覚とともに、目に映る世界すべてがまるで映画の特殊効果でもかけられたかのように揺らめき、七色に染まる。
思わぬ視界の変化に何事かと一瞬動揺したものの、睨みつけていたセレグリムから漏れ出る瘴気がコマ送りのようにゆっくりと動いているのを見て、状況を理解する。
周辺に動く人や物がいない空中にいるためわかりにくいが、どうやら私の認知速度だけが異常に加速しているようだ。
なるほど、これならば超高速となる自分の動きもしっかりと制御できるだろう。
昂る気持ちとは相反してゆっくりと時の流れる世界で、今にも飛び出さんと暴れる自分の身体の手綱を取り、しっかりとセレグリムを捉える。
「じゃあ……いくよ」
それまで抑えつけられていた力の解放に歓喜するかの如く、煌極閃の効果が一息に私を撃ち出した。
私は一本の稲妻のように青い空を切り裂きながら、無秩序に瘴気を撒き散らし続けるセレグリムへと迫る。双方の距離が急速に縮まっていく。
光を纏い、セレグリムに向かって飛翔しながら愛用のアサシンダガーを両手で握りしめる。
ぐにぐにと内臓のように蠢く体表、そこに浮かぶ貌の一つが私の接近に気づく。何かを発しようとしたのか、ゆっくりと口を開こうとしているが、遅い。
それが口を開ききる前に肉薄した私は、勢いのまま胸元に構えた短剣ごと体当たりするように、セレグリムへと飛び込む。
すさまじい速度エネルギーを乗せた短剣から、ずぶりと肉を裂いて侵入していく感触が返ってくる。
深く突き刺さった短剣から光が溢れ、セレグリムに埋め込まれた数えきれない貌、貌、貌が一斉に断末魔の叫びをあげる。
『アあアぁああァアあぁアアアあぁぁァァ!!』
黯然、諦観、恩讐、屈辱、絶念、……この世のすべての負の感情がここにあるのではないかというほどの呪詛が溢れ、引き延ばされた時間の中、永遠にも感じられるほどの時間をかけて、冒涜的な言葉たちがじくじくと私の身体と精神を侵していく。
けれど、それでいい。
今ここで彼らの最期の声を受け止められる存在は、私しかいないのだから。
この身へと存分にその悔しさを叩きつけろ。
必ず、全部覚えていてあげるから。
そして約束しよう。
「……その無念……たしかに私が預かった!!」
誓いの言葉と共に、私は手元の短剣にひときわの力を込める。
『オォォォォォオォオオォォオォオォ……!!』
呪詛と瘴気を撒き散らすセレグリムの絶叫の中、私はロイくんの頬に流れる涙をぬぐおうと無意識に手を伸ばし……そしてそれは叶うことはなかった。
ライアンという一人の男に騙され、狂気と絶望の塊へと変貌させられた彼らは、光の粒子となり……あまりにもあっけなく逝った。
――ユニーククエスト「イルメナ防衛戦」をクリアしました。
――達成者:ミスカ モチリコ イングベルト エドガー カイ
――MVPプレイヤー:ミスカ
――MVP報酬『ぼろぼろのハンカチ』を獲得しました。
――称号<銀龍の守護者>を獲得しました。
――クラス<復讐する者>を獲得しました。
――呪い<誓いの刃>を獲得しました。
――勇気ある者に感謝を、
――哀れなる魂に祈りを。