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22.ログNo.00824 『クロエ』 1

6/2...クロエの一人称を「私」から「あたし」に変更しました。キャラクターの印象に関わるような大きな修正となってしまい、申し訳ございません。あわせてタイトルを変更しています。

ストーリー展開についての変更はありません。



 都内、とある大きなオフィスビルの一室に、深夜だというのに煌々と灯りのついたままの部屋がある。中には今も十人ほどの男女が働いていた。

 終電を逃し、このままでは朝までコースだというにも関わらず、誰一人として嫌そうな顔をしている者はおらず、それどころかお気に入りのゲームを見つけた少年少女のような表情でそれぞれのパソコンに向かい合っている。


 ――実際彼らにとってアヴァターラ・オンラインの開発という仕事は、自身でゲームをすることよりも面白いおもちゃなのだろう。


「あれ? 何みてんの?」


「ああ、これ? 自由連合側で進んでるユニーククエストの重要NPCのログ。やっぱこのログ生成機能すげーわ」


「へぇ、どれどれ……」





――リクエスト番号00824

――個体名『クロエ』のログを出力します


◇ 捕虜・クロエ



 あたしの名前はクロエ。帝都の誉れ高き魔法研究所アグラアンナに所属する魔術師だ。


 アグラアンナのマスターの一人であるライアン様の指示で、あたしはイルメナへの工作活動を行っていた。


 マスターは、多くの才能たちが集まるアグラアンナの中でも、数えるほどの超エリートにしかなることのできない特別な存在だ。

 ライアン様はその類い稀なる魔法の才能と飽くなき探求心により、史上最年少でのマスターとなった天才である。


 帝国と自由連合がいくら過去に争っていた歴史があるとはいえ、民間人を巻き込むことに疑問を伴う任務ではあったが……弟を探し出すというあたしの目的のためには、与えられた命令に否とは言えなかった。

 あの方の考えなどあたしには及びもつかないし、いずれにしたところであたしはやるべきことをやるしかないのだ。

 あたしがアグラアンナに尽くしてさえいれば、いつか弟を探し出してくれると言ってくれたライアン様の言葉を信じて。


 ――二年前、唯一の肉親である弟が行方不明になったあの日から、あたしにとって弟と再会すること以外のすべては些末事なのだから。





 ……そんなあたしは、現在は捕虜となり、腕だけを拘束されたまま、宿のベッドに座らされている。

 だが、同時にそれはチャンスとも思えた。


 あたしの召喚獣TX-36はアグラアンナにて作られた強力な魔法生物である。

 仮にもそれを倒した相手であれば、潜在的な帝国の脅威となる存在として、今のうちに少しでも情報を探ろうと考えていた。


 考えていたのだ……が……。



「では! エーテルウィングでどうだ!」


「いや……どうだって言われても……どういう意味なんですか、それ?」


「翼を形作る魔素というイメージだが、大事なのは意味よりも響きだ!」


「えぇ……」


 さっきからなんなんだこいつらは……。魔法を馬鹿にしているのか……。

 大体なんだ、ありもしない魔法の名前を考えて身振り手振りを繰り返していれば勝手に覚えるって。ふざけてるのか?

 あたしたちアグラアンナがどれだけ真剣に、どれだけ身命を賭して魔法を研究しているのかわかっているのか!



「えっと……じゃあもうそれでいいです。どうせいちいち名前叫ばないし……」


「命名を疎かにするな! 力強い響きにこそ、真の魔力が宿るのだ!」


 あたしを背後から襲った、恐ろしく容姿の整った女がなげやり気味に言った言葉に対して、さきほどからやたらと盛り上がっている長髪の男が目を見開いて力説している。


 おそらくはこいつがこの中で唯一の魔術師なのだろう。そして一番狂っているのも間違いなくこいつだ。

 魔法に対して並々ならぬこだわりを持っていることは感じるが、その方向性がさっぱりわからない。

 そもそもなぜ名前を決めて身振り素振りを繰り返すだけで魔法を覚えることができるんだ……。だとしたらあたしたちのやっていることは一体……。

 

 ……いや、落ち着け。敵のペースに流されるな。


 あたしは少しでもライアン様に報告できるような情報を聞き漏らすまいと、じっと耐える。



「よし! ではさっそく試すぞ! エーテルウィング! と大きく叫びながら飛び跳ねてみせろ! さあっ!」


「いや、やりませんよ。大体もう夜も遅いですし、今度一人のときにやっておきますから……気が向いたら……」


「ほう……! では私が先に飛行魔法を覚えてしまってもいいのだな!? いくぞっ! エーテルゥ……ウィングッ! エーテルウィングっ! エーテルゥゥウィィィィンッグッッッ!」



 …………助けて、ライアン様ぁ。





 ………………。


 …………。


 ……。

 

 翌日、あたしを乗せた馬車は、うたた寝をしている間に何事もなく西の町からイルメナまでたどり着いていた。

 敵陣ともいえるこの馬車で寝てしまったときは己の不注意を恥じたが、昨夜あの後、連中が深夜遅くまで騒ぎまくってたせいで、こちらまで寝不足だったのだ。


 しかしイルメナか……。久しぶりに来るが、ここはいい町だ。


 帝都にあるような貧民街もないし、無駄に偉ぶった貴族たちもいない。

 もともと根無し草の冒険者が多いためか、あたしのようなよそ者が突然訪れても、どの店もよくしてくれる。

 本音を言うことが許されるのであれば……できることであれば敵対などしたくはない。

 工作活動をしていた分際がどの口で、と自分でも思うが。


 だがこの国が、帝国に対して反攻に転じようと準備していることをあたしは知っている。

 ライアン様が王から直々にお話を伺ったと言っていたのだ。

 イルメナが表向き平和であったとしても、いずれ帝国に対して攻め入る気なのであれば見過ごすことはできない。


 あたしにできることはせめてこの町の民間人たちに被害が少ないことを祈るだけである。


「は……」


 自分の置かれた状況が、他人のことを考えるほど余裕があるような立場ではないことに気づき、思わず自嘲的な声が漏れる。



 ……さて、このあとあたしはどうなるのだろう。


 連中が話していたところによれば、冒険者ギルドに突き出され、あとの判断はギルド次第というようなことだったが。


 イルメナ側がどこまで把握しているかにもよるが、もし帝国からイルメナに対する工作活動であることがバレれば、よくて捕虜として帝国との交換材料にされ、悪ければ……というか帝国が応じなかったりあたしを送り込んだことを認めなければ、おそらく死刑であろう。


 一商隊の護衛としては過剰と言わざるを得ないあれだけの戦力を用意し、わざわざあたしをつり出すような真似をしたのだ。

 確信はないとしても、何かしらの情報は知られてしまっていると思ったほうがいいだろう。


 今更自分の命を惜しいと言えるような立場ではないが、弟に会えないまま死ぬのはやはり心残りである。せめて無事だけでも知りたいと願うことは許されないだろうか。


 だがこれも自分がイルメナに対してやってきたことの報いか……。

 

 ――戦争などなくなればいいのに。

 そうは思うが、あたしのやったことも結局はそれを引き起こす一端なのだと思うと、何が正しいのかわからなくなってしまう。

 ライアン様であればこの問いにも答えをくださるのだろうか。

 


「ふぅ……」


 馬車はゆっくりとイルメナの大通りを進んでいく。


 刻一刻と近づく自身の命運の終わりを感じとり、あたしは思わずため息をついたのであった。


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