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21.西の町の夜


「聞こえなかった? 今すぐあいつを消しなさい」


 できるだけ平坦に。

 できるだけ無感情に。

 自分の声が震えないように必死である。


「……何言ってんのかわかんないけど」


 しらを切るつもりか。


「じゃあ殺すよ。呼び出したあなたが死ねばアレも消えるかもしれないし」


「……」


 ハッタリと共にぐっと手元のダガーに力を込める。

 もちろん殺したくなどないし、殺すつもりもないのだが。


 じっと睨むと浮かび上がる少女の表示はNPCのそれだ。

 死んでもリスポーンするプレイヤーと違って、彼女たちにとってゲーム内での死は、現実世界での私たちのそれと同じ感覚のはずである。

 この子が何者なのか、なぜこんなことをしているのかはわからないが、まだ明らかに子供なのだ。

 はっきりと顔は見えないが、成人女性としてはやや低めの背の私よりも、さらに頭一つ分ほど小さいその身体は、およそ小学校の高学年生くらいの体格に見える。


 おとなしく降参してくれと祈るような気持ちを込めて、だがそれを悟られないよう、ダガーを再度押し付ける。


「………………」


 緊張のせいか自分の心臓の音がうるさい。相手に聞こえていないだろうか。


「…………」


 もし抵抗されたら私は……。


「……」


 


「ちっ……」


 降参するように少女が両手をあげるのと同時に、周囲に響いていた戦闘音は止んだのであった。









「じゃあこの子があの恐竜を呼び出していたっていうことですかぁ?」


「多分ね。実際この子を捕まえたら消してくれたし」


「もしや……召喚魔法があるのか?」


 全員……中でも特にエドガーさんが興味津々といった顔で小さな女の子を見つめている。


 少女は今までアヴァオンで見てきたNPCの人々に比べるとやや褐色の肌をしており、サイドテールへと一つに結んだ深い色の黒髪と、意志の強さを感じるルビーのような紅い瞳と併せて、どこか遠い異国の血が入っていることを想起させる。

 アヴァオン世界でそういった人々がどこに住んでいるのかはまだわからないが、いつかそういった人々の暮らす土地に行って地ビールでも飲みたいなぁなどと、場違いにのんびりとしたことを考えている自分に気づいて、慌てて頭を振って目の前のことへと意識を戻す。


 動けないよう後ろ手に縛られ、私たち5人の注目を浴びる少女は、先ほどから一言もしゃべらない。

 事情を聞こうにも一切答えてくれないのだ。


「困りましたねぇ。これ以上はギルドに任せたほうがいいんじゃないですかぁ?」

 

「たしかにこのままじゃ埒があかねぇ」


 モチリコちゃんの提案にイングベルトさんがうなずく。


 たしかにこのまま何もしゃべってくれないのであれば、少女一人の犯行なのか、裏に首謀者がいるのかもわからない。

 それにいくら小さな子供とはいえ、犯罪は犯罪だ。下手をすればイルメナの住民の多くが飢餓に苦しむ可能性すらあった。

 必要以上に傷つけるようなことは避けたいが、それでも罪は償わねばならないだろう。

 そういった点ではギルドに報告し、公正な判断を仰ぐほうがいいのかもしれない。


 よく考えたらこの世界……というかイルメナの法律なんて知らないし。おそらく少女のしたことは犯罪行為だとは思うけれど、適正な罪状もわからないし。


「……ひとまず本来の目的を果たしますか」


 私は溜息と共にそう告げたのだった。

 うーん……面倒なことになったなぁ。





 恐竜型モンスターとの戦いからさらに移動すること二時間ほど。

 私たち一行はようやく西の町へとたどり着いた。


「はぁー……これで商隊の護衛って部分に関してはひとまず達成ですかねー」


「だね。なんかすごい疲れた……」


 モチリコちゃんのため息が全員の心の声を代弁している。キンキンに冷えたビールが飲みたい。


 

 相談の結果、少女には西の町からイルメナまでの往復コースについてきてもらうこととなった。

 このまま西の町でしばらく商いをするという商人さんを見送り、明日は別の馬車を手配して少女とともにイルメナへと戻る予定だ。


 私たちだけであればリコールスキルですぐにでも戻れるのだが、NPCの少女がいるため、帰りも馬車移動となるのは仕方のないところだろう。


 本音を言うのであれば商人さんを見送った後、すぐにでも酒場へと直行したかったのだが、さすがに手足を縛った少女を連れて飲みに行くわけにもいかず、かといって自由にさせたり放置するわけにもいかず……。

 町へついてすぐに一晩の宿を手配したのだが、幸い少女に暴れたり抵抗したりする様子はなく、ベッドの上に小さく収まっておとなしくしてくれている。


 相手が子供なだけに心苦しいが、現在は両手を縛った状態で、私たちと同じ部屋のベッドで休んでもらっているのだ。

 寝ていても構わないと伝えたのだが、なぜか体育座りのような状態で、じぃっとこちらを見ているのはなぜなのだろうか……。


 ともあれ、そんな少女の視線の先にいる私たちは、近くの酒場で売ってもらったおつまみとビール樽を囲みながら、宿の一室でわいわいと酒盛りに興じていた。

 ひどい大人で申し訳ないとは思うが、少なくとも私はこれについて譲る気はない。

 誰に何と言われようと、たとえPTAに訴えられようと私はビール飲む!



「ぷっはぁ! 五臓六腑に染み渡るぅ……!」


「ミスカちゃん酒飲むと途端におっさん臭くなるよな……」


 う。いくらVRとはいえ、さすがに男性のいる前で口にするようなことではなかったと思い、顔が赤くなるのを感じる。

 モチリコちゃん以外とお酒を飲むのもずいぶんと久しぶりなせいか、我ながらずいぶん気が抜けていたものである。

 もしかしたらアヴァオンの中では今後もこういうシーンがあるかもしれないし、気を付けねば。


「それにしてもぉ、ミスカちゃんはお手柄でしたねぇー」


「いやいや、あんな化け物みたいな恐竜と戦ってたみんなのほうがよっぽどがんばってたでしょ」


 こう言っては身も蓋もないが、私はたまたま見つけた小さな女の子一人を追いかけて後ろから襲っただけだ。……やはりPTA案件かもしれない。


「何言ってんだよ、ミスカちゃんがいなかったら俺たち二匹目の恐竜に勝てたかどうかわかんなかったぜ」


 イングベルトさんのセリフに対して静かにうなずくカイさんと、悔しそうな表情のエドガーさん。


「けどぉ……これで私たちぃ、イルメナを防衛したってことになるんですかねぇ?」


「どういう意味だ?」


 少しだけ真面目な顔で考えをまとめるモチリコちゃん。


「恐竜はたしかに強敵でしたけどぉ、『イルメナ防衛戦』というほどの戦いだったんですかねぇ、と。これで戻って報告したらクエスト完了ぉ……ってなると、少しだけ拍子抜けじゃないですかー?」


「そう言われると……どうなんだろうな。間接的にはイルメナを守ったことに違いはないとは思うが」


「それはぁ……そうなんですけどねぇ」


「なんにしてもまずは一度報告してみるしかねえだろ」


 うんうんとうなずきあうプロゲーマーたち。

 あの戦いを拍子抜けといえてしまうあたり、やはり私とは違う人種である。



「それにしても召喚魔法か……。たしかに盲点だった」


 エドガーさんがつぶやく。


「習得するのか?」


「できるかはわからんが、試してみる価値はあるだろう」


 あ、そういえば気になってたあれを聞いてみてもいいだろうか。

 エドガーさんのほうへと向き直り、尋ねる。


「あの、もし答えられたらでいいんですけど……魔法ってどうやって覚えたんですか?」


 私がそう聞くと、心なしかエドガーさんの目が輝き、周囲の面々から「あっ……」という声が漏れる。

 え、何かまずいこと言っちゃった?


「ほう……魔の道に興味があるのか?」


「え? ええっと、まぁ……?」


 魔の道といわれるとどうかわからないが、使えるものなら魔法は使ってみたい。


「なかなか見どころがあるな。うむ……このゲームのスキルの覚え方は、大きく分けて四つだと言われている。NPCから習う、イベントで習得する、ソウルで取得する、プレイスタイルによって自然と覚える、だ」


「はい」


「今のところイルメナでは魔法を教えてくれるNPCやイベントは見つかっていない。つまりソウルを除けば、何とか自力で覚えるしかないのが現状だ」


「あ、やっぱりそうなんですね」


「自然とスキルを覚える際の条件は、スキル使用時と同じような動き、同じような状況を作り出すことだと考えられている。例えば石を投げる動作を続けていれば投擲スキルを覚えるようにな」


 ああ、だから私は隠れたり不意打ちしたりといったスキルばかり覚えるのか。

 いままでなんとなくそんな感じだろうな、と思っていたイメージが輪郭を持ち始める。


「さて、そこで魔法だ。スキルがない状態で魔法を再現することはできない。だが魔法を使おうとする動作は練習することができる。わかるか?」


「んん……?」


 さっぱりわからん。

 というかなんだか雲行きが怪しくなってきているような……?


「お前はどんな魔法が使いたい? 炎か、氷か、土か、雷か!?」


 テンションが上がってきたのか、ずずいっと近寄ってくるエドガーさん。

 顔! 顔が近い! この人酔ってるのか!?


「え、あー、飛行魔法……とか……?」


 私が若干引きながらそう答えると、エドガーさんはカッと目を見開いた。


「素晴らしい!! 素晴らしいぞ!! そうだな! 魔術師たるもの空の一つも飛べねばならん! 空中からの固定砲台は浪漫!!」


「ええっと……?」


 ちょっとエドガーさんの目つきがやばい。助けてモチリコちゃん。

 基本的に陰の者である私ではこのテンションについていけていない。

 きょろきょろと親友の姿を探すと、そっと距離をとって離れていく薄情者がそこにいた。

 おのれー……!


「ではどうやってその飛行魔法を覚えるのか! そう! 自身がその魔法を発動している姿をイメージし、ひたすらに発動時の動作を繰り返すのだ!!」


 親友に裏切られた私に対して、エドガーさんはなおもぐいぐいと迫る。


「ちょ、ちょっと……!?」


「さあ! 一緒に魔法の名前を考えるぞ! 詠唱もいるか!? いや、だが飛行魔法であれば瞬時に発動できるほうがいいな……! うむ! 詠唱はなくして魔法名だけで発動するイメージにしよう! いいな!?」


 いいな!? と言われましても。

 エドガーさんが何をしようとしているのかさっぱりわからない。


「あー……つまりあれだよ。なんか自分のかっこいいと思う魔法の名前とか叫びながら、腕を振ったりポーズをとったり、そういうことしてるうちに本当に魔法が出るようになる……らしい」


 見かねたイングベルトさんがフォローしてくれる。


 それはなんというか……イルメナ周辺で魔法を使うプレイヤーを見かけることがそれほど多くないのも納得である。

 おそらく帝都にあるという魔法研究所ではNPCから習うことができるのだろう。なんとなくエルフの里とかでも教えてもらえそうな気がする。


「あいつ、アヴァオン始めて最初の数日はずーっとライトニングなんちゃらーとかなんとかボルトーって叫びながら決めポーズ取ってたんだぜ……」


「おーまいがー……」


 テンションの上がったエドガーさんは今も隣で飛行魔法の名前候補をぶつぶつとつぶやいている。

 いやぁ、その練習はちょっときついんじゃないかな……。もし誰かに見られたら羞恥のあまり三日はログインできなくなりそうである。


「でもぉ、飛行魔法はあったら便利そうですねぇ。もしミスカちゃんが覚えたらぜひ教えてくださいねー」


 薄情な親友はいつもより幾分距離のある場所で杯を傾けながら、他人事のようにそう言ったのであった。


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