17.現場検証
お互いにフレンド登録をしたイングベルトさんと別れた私たちは、改めて錬金術師の店へと向かい、無事にソウルの付与を行うことができた。
ソウルの付与により武器の名前が変化し、ただのアサシンダガーだった短剣は『煌極のアサシンダガー』となっていた。なんだか光と闇が交じり合って最強に見えなくもない。
これで私のAGIはモチリコちゃんすら大きく超えたことになり、低レベルながらも、AGIを生かした立ち回りであれば何かしらの仕事はできるかもしれない。
「でも万が一敵の攻撃くらったら即死だと思うんでぇ、気を付けてくださいねー」とはモチリコちゃんからのありがたいアドバイスである。
なんせVITは初期値のままだ。言われなくともまずは狙われないことが最優先。万が一攻撃されたらそれこそ死ぬ気で避けるしかない。
こうして出立の準備を整えた私たちは、ソフィアちゃんたちから聞いていた事件の現場へと向かうべく、イルメナの西門から長く続く街道を行く馬車を手配して、まっすぐ西へと向かっていた――。
「……私の知ってる馬車と違う」
「これだから乙女ゲー脳は嫌ですねぇ。童話でお姫様が乗るようなやつでも想像してたんですかぁ? ファンタジーで馬車っていえばこっちですよー」
今私たちが乗っているのはよく言えばオープンカー、はっきり言えばただの荷台である。
モチリコちゃんは慣れたもので、当然のようにその荷台でくつろいでいた。
御者さんの私物であろう積み荷をちゃっかり背もたれにしている。
「せめて屋根のある箱型がよかったなぁ……」
「雨降らないといいですねー」
思わず漏れた溜息とともに、あきらめの境地で馬車の上から周囲を見やると、街道沿いの草原や、少し外れた森の入り口といったあたりで、ときおり大きな声や剣戟の音が響く。プレイヤーたちがモンスターと戦っているのだろうか。みんな楽しそうで何よりである。
がたごとと荷台に揺られながらモチリコちゃんと他愛もない雑談に興じる。
ここにはNPCの御者さんを除けば私たち二人しかいないため、リアルのことも話せて話題には事欠かない。
学生時代のことやお互いの近況、おいしかったご飯やお酒の話。色恋沙汰が話題に出ないのはご愛敬である。
思いきってモチリコちゃんの真似をして荷台へと大胆に転がり、仰向けになって空を眺めてみると、現実では見たことのないほどの大きな空が私の視界を埋め尽くし、真っ白な雲がゆっくりと流れていった。
「……たしかに荷台も悪くないかも」
「ですよねぇ」
私たちはのんびりとした旅路を行きながら、一時のガールズトークを楽しんだのであった。
イルメナを発ってからゲーム内で6時間ほどたっただろうか。
あたりはからっとした昼間の空気から、春先の夕暮れ特有の、少しばかり郷愁をはらんだようなそれへと変わりつつある。
なぜなのかは自分でもわからないが、この空気を吸うと、不意に小学生の頃、ゆうやけこやけのチャイムがなるまで走り回っていた日々を思い出す。
そういえばまだ当時は外で遊ぶような子供だったなぁ……。
りこちゃんはどんな子供だったのだろうか。
なんとなく気になり、さきほどから寝息をたてている彼女の様子を窺おうとしたところ、御者のおじさんから声をかけられた。
「おーい、お嬢さんたち。言われてたあたりについたぞー」
ちょうどモチリコちゃんのほうを見ていた私と、もぞもぞと起きだした彼女の目が合った。
「ふぁ……もう着いたんですかぁ?」
「うん、もうっていっても結構経ったけどね」
私たちは御者のおじさんにお礼をいい、軽快に荷台から飛び降りる。
おじさんにはちょっと多めの料金を渡してから、私たちをここまで引っ張ってくれた栗毛の馬の顔をやさしくなでると、ぶるるんとまんざらでもなさそうに一鳴きして手をなめられた。
「こら、くすぐったいよ」
「ふむぅ、貧乳スキーとは業の深いお馬さんですねぇ」
「ちょっと、馬鹿なこと言わないの」
話が聞こえていたのか、おじさんの目が思わず私の胸に吸い寄せられたことを感じて少しだけ恥ずかしくなる。
いや、今の流れは思わず見ちゃっても仕方ないよ。モチリコちゃんが悪い。
おじさんノットギルティー。
ばつが悪そうに頭をかきながら去っていくおじさんを見送った私たちは、改めて周辺の探索に乗り出したのであった。
が……。
「あははー、見事になーんもないですねぇ」
「予想以上に何もない……」
果てしなく広がる大地にまっすぐ伸びる街道。
遠くには森の入り口のようなところも見えるが、基本的には大きなモンスターが居座ったり、隠れたりしている痕跡はなさそうに見える。
ソフィアちゃんたちの話によれば、幸いなことに今まで襲われた商隊は全員大きな怪我もなく逃げることができているというし、激しく戦ったような痕跡がないのはまあ納得できるのだが……。
この様子ではプレイヤーからの情報が一切ないというのも仕方がないのかもしれない。場所を聞いていなければ何も気にすることなく通り過ぎてしまいそうな、本当にただの街道の一部でしかない。
商隊が通るときにだけモンスターが現れて襲われ、何気なく探索しているプレイヤーたちからは目撃されていない……。
ずいぶんと都合がいいというか、何かの意図がありそうではあるのだが。
積み荷の食料などを狙った、知恵のあるモンスターによる襲撃ということなのだろうか。
しかしそれにしたって商隊には護衛などもつくはずだし、パーティーの規模も大きいだろう。危険をおかしてまで商隊のみに狙いを絞る理由はないように思える。
もしくはモンスターではなく夜盗による仕業説。最初に聞いた時にはこの可能性が高いんじゃないかと思っていたのだが、人的被害が一切出ていないというところから、これも違和感を感じる。リリアさんが調べてくれたギルド内の情報にも、夜盗の目撃情報はなかったというし。もちろん命は取らないポリシーの夜盗がいたっていいとは思うが……うーむ……。
ううん……。あれこれと想像を膨らませてみるが、結局推測の域をでない。
私とモチリコちゃんはお互いにいつでもフォローしあえるよう、つかず離れずの距離を保ちながら小一時間ほど周囲の探索を行ったが、結局手がかりらしきものを発見することはできなかった。
「これ以上は暗くなっちゃうね」
私たちプレイヤーは多少の夜目が効くが、相手の情報がないこの状況下では何があるかわからない。
なにより一日動いたせいでおなかもすいている。いや、アヴァオンに空腹ステータスはないのだが、気分的に。
あぁ、そう思ったら急にキンキンに冷えたビールが恋しくなってきた。
「仕方ない、まぁ最初は空振りになるかもとは覚悟してたし、今日は一度戻ろうか」
言葉の裏にある私の考えを見透かしたかのようなモチリコちゃんのにやにやした笑顔にモノ申したくはあるが、否とは言われなかったのできっと内心は同じ気持ちなのだろう。
設定されたセーブポイントへと戻るリコールスキルを使い、私たちは夜のイルメナへと戻ったのであった。