16.ソウル
今更ですがステータスについてはほぼほぼフレーバーです。雰囲気だけ捉えていただければ……!
「ちょ……え。まじですか……?」
やはりモチリコちゃんでもそういう反応になるか。
だってAGI+30とか単純にレベル10分のステータス全振りしてるようなもんだしね。謎のスキルもついてくるし。
とりあえず情報を調べようということで、モチリコちゃんは掲示板やマーケット情報をあさってくれているようである。
「ふー……やっぱり過去にこれが取引されたり、存在が確認されたことはないみたいですねぇ」
アイテムの情報すら見つからなかった、と10分ほど情報サイトなどをあさっていたモチリコちゃんが、一息ついてそう結論づける。
つまりアヴァオンの世界でこのアイテムを持っているのは私だけかもしれないということか……。
「えーっと、まずはソウルについてなんですけどぉ、これは存在するほぼすべてのモンスターに、超低確率でドロップするように設定されてるって話ですよー。あまりに珍しすぎて、確率とかは検証できていませんけどぉ。ちなみに私がこのレベルになるまでの間に手に入れたソウルはたった二つだけでーす。狩ったモンスターの数は覚えてないですけどぉ、数万分の一っていうドロップ確率なのは間違いないと思いますよぉ」
おぉ……。思ったより珍しいものだったようだ。
そう考えるとレアモンスターやボスなどからのソウルはとても希少ということか。
「ちなみにソウルって全部こんな強いの?」
「それがそうでもないんですよねぇ……。もちろん中には強力なソウルもあるらしいんですけどぉ、中には何の役に立つのかっていうようなのもあるみたいでぇ。ステータスアップ系に関しては+5もあれば上出来なほうなんじゃないですかねー」
「じゃあ+30って……」
「超つよ、はっきりいってぶっ壊れですねー」
うーむ、さすがレアモンスターのソウルということか。
「多分売ればいい値がつくとは思うんですけどぉ、現状は売って換金するよりぃ、ミスカちゃんが自分で使ったほうがいいんじゃないでしょうかー。ミスカちゃんのビルドにもぴったりですしぃ、手放しちゃったら確率的にもう二度と手に入らないでしょうしねー」
「やっぱりそうだよね。どう使えばいいんだろう、これ」
「イルメナだったら錬金術師NPCのところにいけば付与してくれますよぉ。もし装備を更新するとしてもソウルの付け替えができるから安心でーす。とりあえず今手持ちの武器に付与しちゃっていいんじゃないでしょうかー」
「わかった、そうしてみる……ってそうか、武器」
「ふぃ? どうかしましたかぁ?」
借りていたモチリコちゃんの短剣をインベントリから取り出す。
「これ、ありがとう。助かったよ」
「あぁー、それはあげますよー。私弓使いなのでどうせそれ使わないですしぃ。たしかそこそこのモンスターのドロップ品だったのでぇ、多分イルメナの店売りアイテムよりは少し強いんじゃないでしょうかー」
「え? いいの?」
「よかったらそれに付与しちゃいましょうー」
甘えてばかりで申し訳ないが、持つべきものは親友である。
私は改めて感謝を告げ、譲ってもらった短剣を確認する。
・アサシンダガー
暗殺者が用いた短剣。相手に気づかれていない奇襲時や、背後からの攻撃時にクリティカル率に補正がかかる。
暗殺とは響きがよろしくないが、こっそり近づいて殴る私のプレイスタイルにはぴったりである。素材の特性なのか、どことなく暗く光る刃もかっこいい。
満足そうに短剣をにこにこと眺めていたら、怖いからやめてくださーいとモチリコちゃんに注意されてしまった。心外である。
ともあれ、今後の方針を相談した私たちは、まず錬金術師とやらのところでレインボーフロッグソウルを付与し、その後実際に商隊が襲われたという現場を見に行ってみるということで意見の一致をみた。
宿屋を後にした私たちは、モチリコちゃんの案内に従って錬金術師の店へと向かう。
錬金術師の店はイルメナの北西地区にあるようで、現在の宿を出て、ちょうど銀龍の鱗亭を通り過ぎた先、住宅街と商業エリアの境目のあたりに位置しているとのことだ。
まだお店が開くには少し時間も早いため、私たちは適当な屋台で軽食をつまみながらのんびりと歩みを進めていた。
「うーん……やっぱり少し屋台の数減ってるかもしれませんねぇ」
「そうだね、早く解決しないと……」
イルメナの市民たちにとっても、私たちにとっても一大事である。
私が決意も新たに揚げパンを頬張っていると、突然誰かに声をかけられた。
「おぉー!! やっぱり! あのときの美少女じゃん!」
そういってこちらへ近づいてくるのは、オレンジ髪をオシャレにアレンジした、よく目立つ風貌の男性であった。
なんだっけ……なんとなくどこかで見たことあるような……。
「俺だよ俺、覚えてる?」
「んん……?」
思い出せそうで思い出せない。私の表情からそれを悟ったのか、大げさに悲しそうな顔をする男性プレイヤー。
「えー、まじか。ほら、サービス開始初日に噴水広場でさ」
「……ああ!」
やっと思い出した。イケメン3人組の彼か。
「お久しぶりです。偶然ですね」
一応挨拶くらいはしておこう。正直話すようなことも特にないとは思うのだが……。
「おひさしー! どう? 順調に楽しんでる? すごいよなーアヴァオン! 俺らもうめっちゃハマっててさ、ここんとこ仕事ほったらかし!」
そういってテンション高く笑うオレンジの彼。なんだっけ、たしかイングリモングリとかそんな感じの名前だったような……。
でも仕事はちゃんとしないとだめなんじゃないのか?
それともずいぶんと余裕のある自営業か何かなんだろうか。私の頭の中に、新作ゲームが出るたびにのめりこみすぎて、定期的に連載が止まる自由気ままな漫画家さんの話がちらつく。
そんなことを考えていると、私の影にいたモチリコちゃんがふだんより一段低い声で話に入ってきた。
「へぇー……それで最近報告が雑だったんですねぇ」
「へ? 誰だおま……げぇっ!? りこ!?」
「ここではモチリコでーす。んでぇ? 仕事さぼって私の親友に何してるんですかぁ?」
「いや! さぼってるってのはなんつうか言葉の綾で! 一応最低限はやってるっつうか……」
そう言い訳がましく主張するイングリモングリ氏(仮)は、自分でも不利を悟っているのか、かなり弱腰である。
「モチリコちゃん、知り合い?」
「あー……なんかごめんなさーい。こいつうちのプロチームの仲間なんですぅ。私と同じ格ゲー部隊の一人でー」
「へぇー、そうだったんだ」
たまたま初日に声をかけられたのがモチリコちゃんの友達だったとは、すごい偶然もあるものである。
「まあアヴァオンが面白いのは同意しますしぃ、仕事も結果さえしっかり出してくれればうるさくは言わないですけどねー。でもミスカちゃんは私の親友なのでぇ、しつこいナンパはご遠慮くださーい」
「あーあ……まじかー……結構本気で好みだったんだけどなぁ……」
好み……好みねぇ……。
仮にアバターが好みだからといって現実の私の見た目もそうだとは限らないだろうし、どういう目的なんだろう。ゲーム内恋愛とかそういうことなんだろうか。
でもそんなことしたら絶対そのうち現実世界で会いたくなっちゃうよなぁ……。
そしてアバターとリアルとのギャップを受け入れられず、だんだん気まずくなっていく二人……新しい女に浮気する彼氏……。おごごご……。
「やはり最初から現実世界には存在しないとわかっているNPCとの恋シミュこそ最高なのでは……?」
どうやら途中からぶつぶつと独り言が漏れていたようで、モチリコちゃんとイングリモングリ氏(仮)が呆れたようにこちらを見ている。
「そんなんだからミスカちゃんはいつまでたっても彼氏の一人もできないんですよぉ……?」
「なんつうか……個性的な子だな」
なにか若干軽くディスられたような気がするが、まあいいだろう。
「ていうか一人なんですかぁ? いつもの連中はー?」
「ああ、あいつらもいるよ。今はちょっと別行動だけど、もうすぐ合流してクエストでも回す予定」
「ふむー……」
そういって細いあごに手をあて、何か考えるそぶりを見せるモチリコちゃん。
「ちなみに今日はずっとログインしてる予定ですかー?」
「多分な。……あ、今日はちゃんとオフだから! さぼりじゃないからな!?」
「はいはい、そしたらフレ登録だけしときましょー。あとで連絡するかもでーす」
慣れた手つきでお互いのフレンド登録を済ませる二人をぼーっと眺めながら、すっかり冷めてしまった揚げパンの残りを頬張っていると、私にも通知アナウンスが響いた。
『イングベルトさんからフレンド登録が届きました。承諾しますか?』
ん? あー、そうだそうだ、イングベルトさんだった。
ようやく彼の名前を思い出せた私は、すっきりとした心持ちで揚げパンの最後のひとかけらを飲み込んだのであった。