14.相談しましょ、そうしましょ
なんというかもう、疲労困憊である。
レインボーフロッグとの戦いを終えた私は気力を振り絞ってイルメナへと戻り、ようやくアヴァオンからログアウトした。
「……あれ? もうこんな時間だったんだ」
現実へと戻った私がスマホを確認すると、時刻は深夜の2時を回っていた。
会社の同僚の男性から食事会の誘いが届いていたが、私などにまで気を使っていただいて申し訳ないばかりである。
「ミスカ」ならばともかく、私が参加したところで、枯れ木ほどの賑わいにもならないだろうに。
明日にでもやんわりとお断りの返事を送らねば。
さて、少しばかり夜更かししてしまったが、幸い明日は土曜日だ。仕事もないし、起きたらまたログインしよう。
私は手短に寝る支度を整えて部屋の電気を消すと、まだ先ほどまでのぬくもりが残ったままのベッドへと再度もぐりこんだのだった。
おやすみなさい。
翌朝。
目が覚めるとメッセンジャーアプリにりこちゃんから連絡が入っていた。
『おはよーございます、ログインしたら声かけてくださーい』
ふむ。昨日調べてくれると言っていた例のモンスターについて何かわかったのだろうか。
ちょうどこちらも相談したいことができたところである。
ぱぱっと準備して向かうとしましょうかね。
チーズトースト半分にヨーグルトとアイスコーヒーで軽めの朝食をとった私は、いそいそとVRデバイスを装着してベッドに転がった。
目の前に広がる空間にずらりと並ぶ恋シミュタイトルたちの中からアヴァオンを選んでログインっと。
『おはよー、今ログインした』
リアルのほうではすでにお昼時なのでおはようというのもアレなのだが、ここイルメナは現在6時を少し過ぎたあたりの早朝である。
気分も雰囲気も完全に朝なので、おはようでよかろう。
『お。さっそくですけど今から会えますかー?』
『もちろん。でもこの時間だと銀龍の鱗亭はまだあいてないね』
『あんまり人に聞かれないほうがいいかもですしぃ、昨日の宿屋でどうでしょー?』
『おっけー、すぐ向かうね』
そんなやり取りをかわし、私たちは昨日もお世話になった宿屋で待ち合わせた。
先にモチリコちゃんがついていたらしく、すでに部屋も借りたとのことだったので、直接指定された部屋へと向かう。
「おまたせー」
長年の女友達同士とはいえ、一応声をかけながらノックをして反応を待つと、がちゃっとドアが開いて見慣れた顔のモチリコちゃんが出迎えてくれた。
「ま、適当に座ってくださーい」
そういって自分はベッドにあぐらをかくモチリコちゃん。こら、スカートでそんな恰好するんじゃありません。
ちらっと眼に入ってしまったピンクの布を見なかったことにして、私は手近な木製の椅子へ腰を掛ける。
「んじゃさっそくなんですけどぉ、例の街道を封鎖してるっていうモンスターについてですねー。あれからいろいろと当たってみたんですけどー、やっぱり一部ではイルメナの物流が止まってる、かもぉ? っていう話は出てるみたいですねー。あくまで憶測のレベルではあるみたいですけどー」
「そうなんだ。私なんて昨日まで全然気づかなかったよ」
「ポーションが在庫切れになったりしてるみたいですねー。私は製造系の知り合いから買ってたから気づかなかったんですけどぉ、NPCがやってる道具屋ではかなり品薄状態が続いてるそうですよー。一般的には冒険者……プレイヤーが一気に増えたからそのせいじゃないかーって思われてるみたいですけどぉ、勘のいい人たちが薄々気付き始めてるっていう状況なのかもしれませんねぇ。中には転売目的での買い占めとかも起きてるとかなんとかー」
ほほー、製造系なんていう人たちもやっぱりいるんだ。現実ではできないようなものを作れるのはちょっと楽しそうだなぁ。
本筋とは関係ないところで私が気をひかれている間にも、モチリコちゃんが説明を続けてくれる。
「多分ですけどぉ、この街道封鎖が続くとまずいんでしょうねー。国庫が尽きればイルメナにいろんな物の補充がされなくなってぇ……店売りのアイテムが消えてぇ……製造系に必要な材料や道具もなくなってぇ……最終的にイルメナでスタートした私たちの活動がかなり制限されることになるかとー」
「その場合食べ物とかお酒は……」
「もちろんなくなるでしょうねぇ」
「うそでしょ……」
せっかく見つけたこの楽園をつぶそうというのか。
というかその未来絵図は飲食そのものを楽しんでる私のようなプレイヤーにとってももちろん避けたい未来ではあるけれども、もっと深刻な問題として、イルメナ全体が食糧難になってNPCが飢餓に陥る可能性があるのではないだろうか……?
プレイヤーにとっては最悪飲食ができなくても楽しみが減る程度のことであるが、NPCたちはそうではない。これだけリアルに作られた世界なのだ。飢餓状態が続けば、当然のように餓死という結果が待っているのではないだろうか。
「ここからはもう想像の話でしかないんですけどぉ、私たちがユニーククエストを失敗したりぃ、そもそも一定の期限までにユニークを受けられるプレイヤーがいなかったような場合にはぁ、きっとワールドクエストが発令されると思うんですよねー。個人レベルじゃなくて、イルメナ全体のプレイヤーたちで協力して状況を打開していくことになるかもしれませんねー」
「けど今回ユニーククエストとして依頼されたのは私たち二人だけでしょ? 結局この問題って街道を封鎖しているモンスターを倒すことが目的なんだから、そんな大規模なクエストになる可能性があるような敵を相手に、いくらユニーククエストとはいっても私たちだけに依頼するなんて無茶ぶりすぎない?」
「そう、そこなんですよねー。はたして二人で倒せるような敵なのかどうかー……。逆にそうだとするならぁ、もしこの事態が悪化したときに大々的に出すであろうレイドボスにしては弱すぎる気もー。『イルメナ防衛戦』なんていう大仰な名前もぉ、本当はワールドクエスト用に作られてるんじゃないのかって気もしますしぃ……。そのあたりは何か仕掛けがあるのかもしれないですけどぉ、今はちょっとわからないですねー」
ふーむ……。
「そういえばそのモンスターについての情報は何かわかった?」
「それがですねー……実際にそれらしきモンスターを見たっていうプレイヤーの目撃証言は見つからなかったんですよねー」
おや?
自分でもおかしいと思っているのか、首を傾げながら歯切れ悪く口にするモチリコちゃん。
「なんかみんな西方面をメインで探索してるって話じゃなかった?」
「変ですよねぇ、これだけたくさんのプレイヤーが西側に動いてるのに、誰もそれらしきモンスターを見てないなんてー」
どういうことなんだろうか。少なくとも漠然とイメージしていたような、街道の真ん中にでーんと居座っているというタイプではなさそうだが。
うーん……さっきのクエストの話と併せて、何かひっかかっているような気はするんだけどなぁ……。
「とりあえずは現場で手掛かりを探すしかなさそうだね」
幸い私たちはソフィアちゃんとリリアさんから、NPCの商隊が実際に襲われたという具体的な場所を聞いている。とりあえずそこへ行ってみるしかないだろう。
「ですねー。私からはひとまずそんな感じでーす」
うむ。では私の番だな。
「えーっとね、今後のステータスの振り方と、昨日拾ったアイテムについての相談があるんだけど」
そういってモチリコちゃんにも見えるように自分のステータスを開示した私を見た彼女の目は、まるで珍獣かなにかを見るようなそれであった……。
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