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12.謎の光


「ひぃいいいやぁぁあああああ!!」


「ゲコッゲコッ」


 ホーンラビットよりもさらに一回りは大きいだろうか。

 巨大なピンクのカエルがびょんびょんと飛び跳ね、逃げる私を追いかけてくる。

 

 さいわい動き自体はそれほど機敏ではないが、いかんせんその大きさのためか、ジャンプ力が恐ろしいことになっている。

 体躯に見合わない妙にかわいいゲコッという声とともに、ひとっ跳びごとに背中のすぐ近くまで迫ってくる巨大カエルの恐怖に、精神力をごりごりと削られていく。


 もう無理! ほんと無理! うわぁ!? 今何かが背中かすったんだけどぉ!?


「ひっ……ひぃっ!」


 我ながら情けない声をあげながら必死で逃げるものの、スピード不足でその距離を離すことができない。


「な、なんで……っ!?」


 体感的にもう少し早く走れそうなのだが……足がもたつくというか、身体がいうことを聞いてくれないのだ。

 夢の中で走っている感覚といえば伝わるだろうか。自分の意識ではもっとスムーズに動けそうに感じるのに、実際の身体がついてきていないようで、気ばかり急いてしまう。


「ゲコゲコッ」


「あひぃっ……!? 何か……何か逃げる方法……!」


 恐怖に追われて必死に走り、軽い酸欠とパニックで真っ白に染まっていく脳内に、ファンタジー系乙女ゲー『セイクリッド・ブレイバース~女神に転生した私が勇者パーティのイケメンたちを育ててダンジョンと恋の二重攻略☆しちゃいます~』……通称セバスのアサシンキャラ、ゾッドが天啓のごとく語りかけてきた。


『落ち着け、ミスカ。あの日、敵の攻撃を避けられずに即死していた俺に、お前がしてくれたことはなんだった? そう、AGIだ、AGIを上げるんだ』


 そうだ!


 私は藁にも縋る想いで脳内ゾッドの助言が正しいことを祈る。

 ステータスを開き、今までのホーンラビット狩りで上がったレベルの分、手に入れていたステータスポイントを必死に連打してすべてAGI(素早さ)へと注ぎ込むと、ふわっと身体が軽くなった感覚とともに、明らかに走るスピードが上がる。


「やった……! ありがとうゾッド!」


 まだ意識よりは若干動きが遅い気はするが、それでも先ほどまでよりはだいぶマシになっている。

 全振りしたAGIの恩恵を受け、私は今の自分にできる全力疾走で逃げ回る。

 

「ゲコー」


 私の逃走速度が上がったことで、少しずつ双方との距離が開いていく。

 やがてその距離がカエルのジャンプ二つ分ほどになったころ、ようやく諦めてくれたのか、カエルは追跡をやめ、ふらっとどこぞへと去って行ってくれた。


 はぁ……セバスやっといて本当によかった……。

 ゾッドのアドバイスがなければ、あのままカエルにつかまって一生モノのトラウマが植え付けられてしまっていたかもしれない……。


 深いため息とともについ気が抜けそうになった瞬間、すぐ近くでがさっという音が聞こえ、新手のカエルかと思わず身構える。


「……ってなんだ、ホーンラビットか」


 疲れているし、襲ってこなければ見逃そうと思っていたのだが、残念ながらその子は蛮勇を発揮してこちらへと突っ込んできてしまった。


「ふむ……」


 思い出したついでにセバスでゾッドがやっていたような動きをそれっぽく真似して、かっこよく攻撃してみる。

 短剣を逆手に持ち直し、迫る敵に対して敢えてこちらからダッシュで近づき、すれ違いざまに首筋を狙って一閃。


「ぎー!」


 相変わらずのかわいくない声で断末魔の声をあげながらポリゴンとなって消えていくホーンラビットを見届け、やはり先ほどまでよりは動きが滑らかになっていることを実感する。

 ちょうどまたレベルがあがり、ついでに<短剣の心得1>も覚えることができたようだ。心なしか、今までよりも手元の短剣がしっくりと馴染むような不思議な感覚がする。


 なるほど……あまりMMOに縁がなかったせいで深く考えていなかったが、少なくともアヴァオンではステータスやスキルの補正が思ったよりも大切そうである。というよりもプレイヤースキルを十分に発揮するためには、それに見合ったキャラ性能が必要なのだろう。いくら中の人が卓越した技術を持っていても、レベル1で魔王様は倒せない仕様のようだ。当たり前といえば当たり前だが。


「どれくらいまでステータス上げれば意識通りに動けるんだろ、これ」


 まあ一日で得た分程度のステータスポイントであれば取り返しがつかないということもあるまい。今日のところは全部AGIに振っておいて、次会ったらモチリコちゃんにでも相談しよう。


 しかし、これだけあらゆる面で病的なまでのリアリティを追求しているアヴァオンが、モンスターが絶命した時だけはやたらゲーム的にポリゴンとなり、死体も残らず消えていくという仕様であることには最初は違和感を感じたものだったが、よくよく考えればこれくらいゲームらしくあってくれないと、モンスターを殺すことへの忌避感が強い人もいるのかもしれない。


 ホーンラビットも見た目はまるまるとしていてかわいい動物といえなくもないし。目つきはやや剣呑だが。

 そんな動物型モンスターを狩るにあたって必要以上の抵抗が出ないようにという配慮なのだろう。

 できればもう少し、私のようなカエルが苦手な人間への配慮もしていただけるとありがたかったとは思うが。ほんとアレなんでわざわざ体表をぬらっとさせたんだろう……。


 さて、ともあれそれなりの数を狩っただろうか。通算すればレベルアップのアナウンスも悪くない頻度で流れていたように思える。

 モチリコちゃんおすすめの狩場だけあって、とても効率がよかったようだ。

 ちょうどキリもいいところで今日はこのあたりにしておこうか。


「そういえば今何時なんだろ」


 先ほどまでは少しばかり覗いていた月も、今は完全に雲に隠れてしまい、このあたりはかなり暗くなってしまった。

 これがゲームでなければ何も見えなくてもおかしくないような環境下である。


 私はシステムから現在の時刻を確認しようとして……闇の中、不意に視界に飛び込んできたまばゆい光を、条件反射で身をよじりかわした。


「!?!!!?!?!?!???」


 混乱しながらもばっと振り返ると、謎の光はかなりのスピードで幾度か不規則に跳ね回り、再度私に向かって突っ込んできた。


「うぉう!?」


 思わず乙女らしからぬ叫び声をあげてしまったが、こちらも必死である。

 土ぼこりを気にする余裕もなく、私はゴロンゴロンと転がりながら光の突撃をかわす。


「なに!? なんなの!?」


 大きさは握りこぶしほどであろうか、地面で飛び跳ねるその動き方にどことなく見覚えがあるような気がしなくもないが、今はゆっくり考えている時間がない。


 様子見のような一瞬の間を置き、再度光は私に突撃を繰り返してくる。

 先ほどAGIのステータスを上げていなかったら攻撃を避けきれずにまともにくらっていたかもしれない。

 しかし、ステータスが上がったこと以外にも、この桁違いに早い光の突撃を避けられているのにはもう一つ理由があった。


 こいつ、スピードは意味不明なくらい早いが、精度が高すぎるのだ。


 毎回毎回なぜか私の胸元だけを正確に狙って飛び込んでくるため、光が動いたと思った瞬間に、光と胸元への直線ルートから逃げるように避けることで、なんとか回避することができているというわけである。


 とはいえこの状況にスリルがありすぎることは変わりがない。


 全くもって試したくなどないが、もし一度でも避け損ねてあのスピードで突撃を食らったら、吹き飛ばされる程度ではすまないだろう。最悪あの光の性質によっては身体を貫通してもおかしくない。何せ貫禄のVIT1、紙装甲も紙装甲である。

 

「初めてがそんな死に方なんて嫌すぎ……くっ……とわぁっ!?」


 その何度目かの突撃をブリッジのような姿勢でかわした際に、初めて光が私の身体ではなく、その少し上を目がけてすっ飛んでいった。

 ちょうど胸元に下げていたミライちゃんの部屋の鍵が服の外へと跳ねたところへ光がぶつかり、パキンという硬質な音とともにクマさんキーホルダーが大きく跳ねる。焦って確認するが、幸いストラップが千切れるようなことはなかったようだ。


「こいつ……なんで……!?」


 はぁはぁと息を切らせ、酸素不足の脳みそをそれでも必死に回しながら、私はほとんど無意識に大切な鍵をハーフパンツのポケットにしまう。こればっかりは万が一にも無くすわけにはいかない。

 

 光はそんな私の様子を窺うかのようにジグザグに地面を跳ね回りながら、もはや何度目かもわからない突撃をしかけてくる。



「!?」



 そいつが飛んだ瞬間、その軌道に大きな違和感を覚え、全身がぶわっと総毛立つように全力で警報を鳴らす。

 

 パターン変わった!?


 胸元へ飛び来るものと思い込んでいたにも関わらず、実際には腰のあたりを狙ったであろうその動きを回避できたのは幸運でしかなかった。



「えぇ……そのスピードでどこ狙ってくるのかわからないのはさすがに無理ゲーじゃない……?」



 再度の突撃の機会を伺いながら、暗い草原を飛び跳ねる自己主張の強い光に対して、私は思わずそうぼやいたのであった。


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