9.初めてのユニーククエスト
5/22…クエスト期限についての違和感をご指摘をいただいたので一週間から半月へと修正いたしました。ストーリーへの大きな変更はありません。ご指摘ありがとうございます!
時刻はアヴァオンの世界で夜の9時半を少しまわったところである。
ソフィアちゃんの言葉通り、あれからほどなくして一人の女性が閉店している店内に入ってきた。
説明通りであれば例のお姉さんが帰ってきたということだろう。
あれ、ていうか彼女って……。
「ただいまー……って、あら?」
なぜこんな早くに閉店しているのだろうとか、なぜ閉店してるはずの店内に家族以外の人間がいるのだとか、なぜその部外者たる私たちと同じテーブルにソフィアちゃんが座っているのか等、さまざまな疑問の余地はあったはずだと思うのだが、彼女はそのあたりを一切感じさせず、いつも通りの丁寧な物腰で手を振った。
「ミスカさんとモチリコさんじゃないですか。いらっしゃい」
そういって見慣れたスマイルを見せてくれた彼女は、私たちも日頃よくお世話になっている、冒険者ギルドの美人受付嬢ことリリアさんであった。
「ソフィアちゃんのお姉さんってリリアさんのことだったんだ」
はい、とあいかわらず普段のイメージにあまり似つかわしくない、硬い表情でうなずくソフィアちゃん。
うーん、よほど深刻な悩みを抱えているのだろうか。
彼女にはいつものように明るく元気でいてほしいものであるのだが。
もし私がその悩みごとの解決の力になれるのであれば、日ごろお世話になっているお礼も込めて、なんとか頑張ってみたいとは思う。
ただなぁ……もしこれがなんらかのイベントやクエストだとすると、レベル1の私が何かできるのかどうかっていう現実的な疑問があるんだよなぁ……。
モチリコちゃんがいればなんとかなるとは思うけど、なんなら無報酬でも構わないくらいの気持ちの私と違い、彼女はゲーム的に考えて、クエスト内容に見合った報酬がないと積極的に動く気にはならないかもしれない。
仮にもプロゲーマーである。いくら息抜きに趣味でやっているゲームとは言え、ただで働かすわけにもいかないだろう。
うーん、モチリコちゃん自身でやる気になるような内容だといいんだけど。
この先の展開に悩んでいると、意を決したようにソフィアちゃんが口を開いた。
「ねぇお姉ちゃん……例のこと、ミスカさんたちに相談しようと思うの」
「あら……そう、そうね。たしかにそろそろ手を打たないととは思うし……お二人なら信用できるからいいんじゃないかしら」
そう言ってリリアさんはこちらを見てにっこりと笑い、私たちと同じ席についた。
おお。気のせいかもしれないが、なんか今一瞬ちらっと査定されたような気がする。
なんせ病的な作りこみを誇るこのゲームのことである。日頃の冒険者ギルドからの信頼度のようなマスクデータが、ギルド関係者NPCに用意されていても何も不思議ではない。
これは想像でしかないが、たとえば受注したクエストを放棄や失敗しているようなプレイヤーは信頼度が低い、というのは普通にありそうな話である。
「ちなみにモチリコちゃんてギルドで受注したクエストの達成率どれくらい?」
「もち100%でーす」
「さすがレベル49」
「そういうミスカちゃんは?」
「採集クエストしかしてないのに失敗するわけないよねぇ」
「さすがレベル1」
「……ミスカさん、モチリコさん。少し長くなりますが、私たちのお話を聞いていただけますか?」
お、いよいよか。
ひそひそとやっていた私たちは、真剣なソフィアちゃんの様子につられ、思わず背筋を伸ばしてうなずきあう。
それを見たソフィアちゃんは一つ息を吸い、ゆっくりと語りだした。
「じつは……」
その後ソフィアちゃんとリリアさんによって語られた内容は、思っていたよりも大変な事態というか……少なくとも私にとっては聞き捨てならないものであった。
このイルメナの西、帝国領土との間に広がる広大な農耕・畜産地帯。イルメナの食糧庫とも呼べるその西方との物流が途絶えているという。
どうやら西方地域とイルメナを結ぶ街道の一部近くに強大なモンスターが住み着き、商隊が通れなくなっているせいではないかとのこと。
今はまだ国庫から備蓄食料が供給されているため、気づいているものは少ないが、このままでは近く備蓄も底をつくという。
「実際に市場に出回っている食料は、普段に比べればもうだいぶ少なくなってきています。薄々何かおかしいと気づいている人も多いかもしれません。お察しの通りうちのお店でももう足りない材料が多くて……お客さんに出せる料理にも限りが出てきています」
なるほどね。品切れなんてめずらしいとは思ったけどそんな事情があったのか。
このままでは近い将来、店を開けることもできなくなると悲しそうに眼を伏せるソフィアちゃん。
……ん?
いや待て。待ってほしい。
今なんて言った?
「店を開けることもできなくなる」とそういったのか? 本当に?
銀龍の鱗亭が営業しなくなるなんて、私にとってはアヴァオンへログインする理由の大半がなくなるに等しいのに?
「ち、ちなみにビールの在庫は……?」
おそらく当事者たるソフィアちゃんやリリアさんよりもよほど深刻な表情をしているだろう私は、震える声を絞り出すようにして、最も大切な部分を確認する。
「実はもうあまり……。おそらくもってあと半月程度かと……」
半月。
半月ってあの半月? 一か月の半分っていう意味の? 嘘でしょ?
アヴァオンで半月ということは、現実世界ではええと……5日だけ……!?
え、待って……このイベント、思ったよりやばくない?
「ていうかー……聞いてる限りだとぉ、それって国が大々的に冒険者を雇ってクエストを依頼するべきなんじゃないんですかー?」
ショックによる混乱から立ち直れない私の隣で、冒険者らしい視点でモチリコちゃんがそう疑問を口にする。
それについては、と前置きし、ソフィアちゃんに代わってリリアさんが答えてくれた。
「本来はそうするべきだと私たち冒険者ギルドも感じています。ですが王は市民の混乱を嫌って、水面下で解決するべきだと考えているようで、冒険者ギルドへのクエスト依頼は出さないと……」
言いながらも自分でその言い分に納得がいっていないのか、悔しそうに強く唇を結ぶリリアさん。
「混乱、ですかぁ……。何も聞かされないまま、ある日突然食べるものがありませーんっていうほうがよっぽど大混乱が起きると思うんですけどねー」
「ですのでそうならないためにも、私たち冒険者ギルドは非公開のクエストという形で、信頼できる冒険者の方へ依頼をしようと考えていました」
「ええと、もしかしてそれが……」
「はい。このままでは銀龍の鱗亭も開けなくなり、イルメナの町も安心して暮らすことができなくなるかもしれません……。ミスカさん、モチリコさん、私たちの大切なお店と故郷を守るため、どうかお二人のお力を貸していただけませんか?」
そういってソフィアちゃん、リリアさんの二人が真剣な表情で改めて私たちに頭を下げると、どこからともなくシステムアナウンスが流れた。
――特定の条件を満たしたため、ユニーククエスト「イルメナ防衛戦」が受注可能です。
――クエストを開始しますか?





