1.アヴァターラ・オンライン
いろいろありまして、人生で初めて小説を書いてみました。
比較的のんびりと話が進むかと思いますが、酒好きお姉さんたちにお付き合いいただければ幸いです。
5/18…霞のバックグラウンドの掘り下げが不足しているというご指摘を受け、一部加筆修正しました。
5/25…しゅげみみ先生からミスカの表紙イラストをいただきました!
すっかり行きつけと化した酒場で、友人のりこちゃんは肉肉しいおつまみを、私はおかかのたっぷり乗った冷ややっこをつまみながら、エールをかぱかぱとあけていた。
行きつけといっても現実のではなく、ゲーム内のものだが。
ゲームのタイトルはアヴァターラ・オンライン。通称アヴァオン。
先日正式サービスの配信が始まったばかりの、フルダイブ型VRMMORPGタイトルである。
ややこじんまりとしながらもきれいに清掃の行き届いている店内は、いつもながらほどよい活気と賑やかさにあふれ、とても居心地がいい。
ここ「銀龍の鱗亭」はおつまみメニューが豊富なうえに外れがなくてリーズナブルという、のん兵衛にとってたまらないお店である。ゲーム初日からこのお店に入り浸っている私ですら、まだメニューの制覇に至っていないのだから恐れ入るというものだ。
また、足しげく通ううち、もともと冒険者向けに一皿が大きめだったメニューたちを、私向けに小さめにアレンジしてお安く出してくれるようになったところも相当ポイントが高い。
ゲーム初日の時点でこのお店を見つけた、あの日の自分をほめてあげたい。
「すみません、エールおかわりください」
「あとハム盛り合わせも追加おねがいしまーす」
通りがかった看板娘さんに追加のエールをお願いし、ついでとばかりに食べ物の追加を頼んだりこちゃんに対して、看板娘さんから意外な答えが返ってきた。
「ごめんなさい……実はハム切れちゃってるんです」
申し訳なさそうに頭を下げる看板娘さん。
おや? いままで一度も品切れなんてしたことなかったのに、めずらしいこともあるものだ。
というか食べ物の在庫の概念まであるとは、こんなところまでリアルに作りこんでいるアヴァオンには感心するばかりである。
「ふぇ? んー……それなら変わりの何か……うーん、軟骨唐揚げありますかー?」
「はい! それなら大丈夫です」
「よかったー。じゃあそれでお願いしまーす」
私はそんなりこちゃんと看板娘さんの会話を聞き流しながら、このゲームを始めるきっかけでもあり、私にとっての一つの目標となっている、あるアイテムについて思いを馳せていた。
………………。
…………。
……。
……さて、まずは私こと藤ヶ谷霞(23歳)について少しお話しなければいけないだろう。
どこにでもいるような新人OLで、人様に語って聞かせるほどのたいそうな人物ではないのだが、少しだけお付き合いいただきたい。
一番の趣味は恋シミュ……恋愛シミュレーションゲーム、もっといえばいわゆる乙女ゲーと言われる女性向け恋愛シミュレーションゲームと、お酒である。
大学在学中は必要な授業を受けるとき以外はほぼ家におり、VR恋シミュを中心に多くの世界で多くの恋をしたものだ。
好みは完全に雑食で、買ったゲームのキャラはよほどでなければ全員コンプする系女子である。あえていえば芯、キャラのぶれないキャラが好き。
たまーにいるんだよねぇ……こっちが今までのやりとりから好みや受け答えを考えて必死に歩み寄ってるのに、それまでの設定と矛盾するような反応するキャラ。
ミステリアス気取りなのかもしれないが、客観的に見れば大半はただのコミュ障である。
ただでさえこちとらやや拗らせ気味の乙女だというのだ、お前まで拗らせたらコミュニケーション取れないだろと声を大にして言いたい。
さておき、こちらの趣味については問題ないというか、まあ現実とゲームの区別さえつけておけば誰に迷惑をかけるわけでもないし、いいだろうと思う。
私などを相手に何が目的なのかわからないが、たまに声をかけてくる男性社員たちも、スマホに入っている愛しいキャラクターたちを見せてやれば割合おとなしく引き下がってくれるため、実益を兼ねているとすら言える。
そういう時に彼らがそろってみせる、残念なものを見るような表情だけは納得がいかないというか、思わずそのキャラクターたちのすばらしさを語ってやりたくはなるが、まあ、今は置いておくとして。
問題はもう一つの趣味であるお酒である。
これについてはお恥ずかしいことに、私は人より少しだけ……いや、だいぶ……お酒が好きである。怖いから調べてはいないけれど、ちゃんと検査したら軽いアル中とかに引っかかってるんじゃないかという不安がよぎる程度には、お酒がないと生きていけない自信がある。
在学中もそれなりに付き合いで飲んではいたが、その頃はまだ自分がここまでの酒好きだという自覚はまったくなかった。身内にちょっとした経緯もあり、むしろどちらかといえばお酒にあまりいいイメージはなかったのだ。
それが社会人になってからというもの、ストレス発散のため、仕事終わりについついコンビニで缶ビールを買って帰ることが習慣となり、気が付けば休みの日には昼からビールをあける生活となっていた。
私は基本的に誰かに誘われたり用事がなければインドア派であり、外で酔っ払って誰かに絡んだりとかそういうことはない……というか体質的にまずそこまで泥酔することがないのだが、会う度、話す度に私の生活や健康を心配する妹や友人に申し訳ない気持ちでいっぱいである。本当にごめんなさい。
そんなわけで、社会人になってからの私の生活といえば、平日は朝から夜まで仕事、残業は一切お断りしてまっすぐ帰宅し、お風呂をすませたら簡単なつまみを用意して即ビールタイム。2、3本あけたところでVR恋シミュの世界へダイブ。
土日祝日は起きたら昼間の明るいうちから即ビール……からのVR恋シミュの世界へダイブ、という実に爛れたものであった。我ながらひどい。
そんな中、生活にちょっとした変化が訪れたのはちょうど一か月ほど前のこと。
今まではほとんど手を出したことのなかったVRMMORPGというジャンルに毎日ログインすることになったのは、親友のりこちゃんからある話を聞いたのがきっかけであった。
「霞ちゃん、アヴァターラ・オンラインって知ってますか? 今度出る新作VRMMOなんですけどー」
「タイトルだけ聞いたことあるかも。りこちゃんMMOやるの?」
りこちゃんは高校時代からの長い付き合いの友人だが、それとは別にプロゲーマーという社会的な顔ももっている。
日本国内ではかなり上位に位置するというプロゲーミングチームに所属しており、その中でも格闘ゲームを主に担当する部隊のメンバーであるはずだ。その愛らしい見た目から一部ではアイドル的人気をもつ彼女であるが、ついこないだもなんとかという格闘ゲームの大会で優勝したとか言っていた実力派である。
場合によってはPvP要素があるとはいえ、MMOというのは本来の彼女の趣味とは少し毛色が異なっているように思えるのだが。
「そのつもりです。じつはこれ、期待の超大作っていわれてるんですけど、リアリティがいままでのVRゲームの比じゃないらしくてですねー」
「ふぅん?」
フルダイブ型のVRゲームの中でも当然リアル感の差はある。あえて狙っているものもあれば、単純な出来の良し悪しといったものもあるが、もしその部分にこだわって作られたフルダイブゲームということであれば、相当なものになるだろうという想像はつく。
ただ私は恋シミュの世界にリアルを持ち込みたいわけではないし、そこまで追及されたリアリティに魅力を感じるかといわれると……うーん、どうだろう。
最低限の没入感だけあればいいんじゃないかな、という気もしてしまうのが正直なところである。
だって、例えばアラブ系石油の王子様キャラから、デートの時にきっつい体臭が漂ってきたら嫌じゃない? いや、別に体臭はどんなキャラでも嫌だけど。特定の人種の臭いについてとかそういう偏見では一切ないけど。
そんなことを話したら思いっきり笑われた。
「相変わらず脳内マジ乙女ゲーですねぇ。まぁ私は気分転換もかねて、噂の超大作くらい嗜んでおこうかなってところなんですけど、霞ちゃんに伝えようと思ったのはそこじゃなくってー……これ、ゲーム内で飲食が可能なんですよー」
「失礼な……って別に飲食なんて今までのゲームでもできたような……んん?」
待てよ、今りこちゃんが言っていたように、かつてないリアリティが売りということはもしかして……?
「さらにMMOといえばギルド、冒険者、酒場と相場は決まっています。そこで現実と比べて遜色のない五感があるとすれば……」
「もしかして、ゲーム内で現実みたいなお酒が飲める……?」
「ぴんぽんぴんぽーん、だいせいかーい」
しかも、とりこちゃんはさらに言葉を続ける。
これ以上に何かがあるというのか。ゲーム内でお酒が飲めるということ以上に素晴らしい何かが。
「これはプロゲーマーとしての私の勘なんですけど、このタイトルからして多分あると思うんですよ……『アムリタ』が」
『アムリタ』――私にとってはどこかで聞いたことあるかも、といった名前のそれは、もともとはインド神話に登場する不死の霊薬……らしいのだが、このアヴァオンには実際にそのアムリタが存在する可能性が高いのではないかとりこちゃんは語った。
「アムリタはソーマ酒っていう神酒と同一視されていることもあるみたいで……まぁ詳しいウンチクは省きますけど、とにかくもしアヴァオンに実装されてるとしたら、実際に飲めるアイテムとして実装されるんじゃないかなって思うんです。
……飲んでみたくないですか? 神々の愛したお酒を」
本日中にもう一話くらい投降したいなと思います。
ご意見ご感想をいただけますと飛んで喜びます。