7.波乱の幕開け
季節は秋。長期休暇が終わり、学生たちは皆王立学院に帰ってきた。基本的には変わらない顔ぶれだけれど、稀に夏の太陽に肌の色を変えられてしまった元気な男子学生たちもいる。エレーナ嬢の縦ロールは相変わらず見事で、つい二度見してしまう私は悪くない。
始業式の日は講義はなく、お偉方のありがたいお話をいくつも聞いて、教員方からの諸連絡を聞いてその日は昼前に終わった。一旦寮に戻ろうと思っていたら、同じ帰路に着いていたクレアに捕まった。
「フィオナちゃん、夏の間はどうしてたの?」
ぽわぽわと年中春の陽気を纏ったクレアが私にそう聞いた。
「手紙にも書いてた通り、ずっと学院で勉強してたわよ」
「ええー、そうなの?ずぅーっとブラッドさんと過ごしてたとばかり思ってたのにぃ」
ふてくされたようにクレアは頬を膨らませる。
「ずっとじゃないよ、たまに図書館で会ったり、寮の食堂で会ったりってぐらいね」
「なんだ、つまんないの。でもずるいなぁ、私だってフィオナちゃんと居たかったよ~」
お日様みたいなふわふわのブロンドヘアを振りながらクレアは言った。
あぁ、癒やされる。私よりも小さい、なんなら学年で1、2を争うほどに小さい彼女はお人形さんのよう。いや、小さい種類の犬や猫と言ったほうが正しいかもしれない。それに、まん丸なコバルトブルーの瞳は宝石かなと思ってしまうくらいに綺麗。なんだかこの台詞、気障な男性が言いそうね。
「ね、来年は私の家においでよ。そしたら夏休暇はフィオナちゃんとずっと一緒にいられるよ」
どうしようか。勉強するために学院に残っていたいけど、この小さい動物を前にNoとは言えない。
くだらないことを話しながら歩いていたら、すぐに寮部屋に着いてしまった。
「じゃあまた後でね」
「うん、一緒にお昼食べようね~」
彼女と別れて自分の部屋の扉を開けた。そういえば、学生の編成も変わるだろうに、この部屋は相変わらず一人で使っていていいのだろうか。そんなことを考えていると、部屋の様子がいつもと違うことに気づいた。
私が使っているスペースの反対側に、数個の大きな鞄が置かれている。明らかに私の荷物じゃないということは、誰かが新しく入ってくるということだろうか。
待って、私はなにも知らない。誰かが入ってくるときにはあらかじめその旨を聞かされるものだとばかり思っていたから、入寮生っていきなり来るものだっけと疑問に思う。
とりあえず今この部屋に荷物の主はいないようだし、寮母さんか気は進まないけど寮長のドエトル辺りに聞くのが妥当だろう。それにお腹も空いたしクレアも待っている。私はひとまず制服を着替えることにした。
「ねえクレア、ちょっと寮母さんの部屋に寄って行ってもいい?」
食後、私は入寮生の有無を確かめるため寮母室に行くことにした。そしてずっと離れていた夏休暇の反動ゆえかしばらく離れてくれなさそうなクレアに了承を得るため聞いた。
「もちろんだよ。どうかしたの?」
「あのね、私の部屋に誰かの荷物が届いてて。ひょっとしたら新しい生徒さんが来るのかなと思って」
この時期だと新入生の可能性が高いだろう。あれ、でも入学式も昨日で終わっているはずなのに、まだ入寮してないというのは妙だ。
「なんか不思議だねぇ」
クレアはマイペースに返事をした。
「こんなことってよくあるの?」
クレアは初等部からこの学院にいるらしいから、学院事情は詳しい。彼女なら知っているかと思って試しに聞いてみたが、反応はいまいちだった。
「うーん、滅多にないと思うよ。そもそも編入してくる人って私見たことないから」
外部から中等部、高等部への編入はあるものの、学年途中での編入はほとんどないらしい。だとすると、入寮遅れの新入生に違いない。
寮母室への道の途中、急いでいる様子の寮長ドエトルとすれ違った。
「あ、フィオナ!ちょうど良いところに」
今日はアルバートはいないらしい。ついでにエレーナ嬢の姿も見かけないので少しほっとした。だってあの人に目を付けられてしまったら、きっと厄介だと思うからだ。
「悪い、説明が遅くなってしまったんだが、今日編入生が来るんだ」
「えっと、それと私の関係はあるのでしょうか・・・?」
なんとなく嫌な予感がしたけれど、それが当たりませんようにと全力で祈った。だって、私の部屋の見知らぬ荷物と、今日来るとわざわざ私に言った編入生の存在。どう考えても関連づけることができる。
「フィオナの部屋に来るんだ、編入生が。ちょっと一緒に来てくれ!」
そう言うと、ドエトルは力強い手で私の腕を掴んで早足で歩き出した。
「え、え!?ちょ、放して・・・っ」
離さないように強く掴まれているからか、少し痛い。助けてとばかりにクレアを見ると、絶対に離れないとばかりに追いかけてきてくれた。なんと頼もしい小動物だろうか。
「私の部屋にあった荷物、やっぱり編入生のものなのですか?」
「そうだ。連絡が遅れてごめんな」
歩く速度の速いドエトルに向かって小走りしながら抗議する。もう逃げるつもりはないのだからいい加減手を離してくれてもいいものを。
「だったらもう少し早く伝えてくださらなかったの。あと、痛いです」
「あっ、悪い、つい」
ドエトルはこちらを振り返ると、ついでに我に返ったようだ。掴んでいた手をぱっと離してくれた。
しかし、つい、で強く掴まれたらたまったものじゃない。もしこれがクレアとか他の女生徒だったらきっと骨の一本でも折れてるわよ。
「俺も急に知らされてな、手配とか色々立て込んでたんだ」
「あぁーっ、痕ついちゃってるよ~!もう、ドエトルさん女の子はもう少し優しく扱って下さい!」
ふいに手をクレアに持ち上げられたかと思っていたら、いきなりドエトルに怒り出した。怒っている姿も可愛いと評判のクレアである。
「えぇっと、い、色々すまん」
「もっとちゃんと謝ってください!誠実さが足りません」
ドエトルはタジタジになっていた。当たり前だろう、こんな可愛い小動物に怒られたら誰でもそうなるに決まっている。以前ブラッドにそう言ったら、一部の人だけだと否定されたが。
ところで、ドエトルは急いでいるのではなかったか。こんなお説教をしていていいのだろうか。
「あの、編入生は今日来るのではなかったのでしょうか」
「そうだった。だから来て欲しいんだ」
クレアの不満そうな声を心苦しくも無視しつつ、城門へと向かう。いや、ここはお城ではない。
今日の門の外にいる門番兵はいつかの彼のようだった。また気さくに編入生と思しき人物に話しかけている。
「お待たせしました。はじめまして、シェルクラーク王立学院にようこそ、アサヒ・イグニス嬢。俺は寮長のドエトル・ウィスタリアと申します」
門を開け、入ってきた編入生を迎えたドエトルがそう言った。私たちも彼にならってお辞儀をする。
編入生は軽くぺこりと会釈をすると、にっこり笑った。
「はじめまして、アサヒ・イグニスといいます。よろしくお願いします」
そのとき、私の中に鋭い衝撃が走った。
この子が、ゲームのヒロインだ。淡い桃色のセミロングヘアーに、可愛らしいアイスブルーの瞳。緊張気味に背筋を伸ばした姿は誰もが可愛いと評するだろう。凛とした声・・・は実は聞いたことないけど、アサヒと名乗ったその少女は、確かにあのヒロインと同じ容姿をしていた。
あぁなんてこと、あのゲームのことをすっかり忘れていたなんて!よくよく考えてみれば不自然な第2学年への、それもかなり唐突な編入。そのことだけでも容易に想像はつく。なぜなら、ストーリーはヒロインが王立学院の2年へ編入することから始まるのだから。
じゃあ、これから私はこの子と同じ部屋で生活することになるの?なるほど、ゲームで位置づけた場合の私はヒロインの同室者だったのね。
「彼女は君の同室者になるフィオナ・エルラント嬢だ」
ドエトルに紹介されたので、再びお辞儀をして挨拶する。そういえば、彼女の家柄ってどうなっていたっけ?
「ご紹介に預かりました、フィオナ・エルラントです。どうぞよろしくお願いいたします」
同室者ということは、彼女が乙女ゲームヒロインとしてあらゆる男性たちを無双していく様を傍観できるってことかしら?それってなんだか少し楽しそうね。私が呑気に考えていると、彼女の一言で現実に戻される。
「はい!よろしくね、フィオナ」
アサヒと名乗った彼女は屈託のない笑顔でそう返事をした。いきなり名前を呼び捨てされたことに私は驚いてしまったのだ。
貴族の間では初めから相手の名前を呼ぶものではない。彼女の振る舞いから貴族の雰囲気が感じられなくて、のんびり構えていた私の気持ちは一転、この子は学院でやっていけるのかななんて思ってしまった。私ですらもう少しまともだった気がする。恵まれた容姿をしているのに振る舞いが少し残念で、なんだか心配になった。
「ところで何故、こんな時期の編入に?」
道すがら、私はアサヒに聞いてみた。するとアサヒは少し言いにくそうに口を開いた。
「えっと、お父さんが事業に成功して、跡を継いでほしいって言いだして。なら私をより上の学校に通わせようということになっちゃって」
つまり彼女の家は新興貴族ってことね。それなら貴族らしくない振る舞いにも納得できる。
「なるほど。だったら急にこんな世界に来て戸惑うこともあるだろう。ま、安心しろ、君の同室者は良い人だから」
そう良いながらドエトルは私を見た。信頼されるのは嬉しいけど、ドエトルからの信頼はあまり嬉しくない。色々おまけがついてくるからだ。
「うん!フィオナ良い人そうだもん。いっぱいいろんなこと教えてね!」
あれ、ヒロインってこんな性格だったかしら。なんというか、少し下町育ちすぎるというか。ゲームのヒロインはもう少しお淑やかだった気がする。
ひょっとして、アルバートと同様だろうか。ゲームで見ていた性格とここにいる人たちの性格が違うってやつ。だとすると、アサヒの場合は少し厄介かもしれない。
ふいに、後ろから服を掴まれて足を止めた。振り返ると、さっきから黙ったままだったクレアが服の裾を掴んで俯いていた。なんだかただならぬ気配を感じる。
「お?どうした?」
私が立ち止まったことに気づいたドエトルが振り返って呼んだ。
「あ、いえ、なんでもないの。先に行ってて下さる?」
「おう、わかったよ」
気にしないでと手を振ると、彼らは本当に気にしていない様子で寮へと歩いて行った。なんだかとても話が弾んでいるようで、あれはもしかするともうドエトルは彼女の手中に落ちたのかもしれない。
静かになったところで、私は頭だけ振り返る。小動物が背中にぎゅっとくっついてきたからだ。
「どうしたの、クレア?」
「・・・らい・・・」
声が小さくくぐもっていて、よく聞こえない。聞こえるように耳を澄ますと、いきなりクレアはぱっと顔を上げて言った。彼女にしては珍しく笑顔が消え、深い青の瞳の奥でどこか炎が揺らめいているように見えた。
「私、あの子、きらい・・・」
今、クレアはなんて言った?
「あの子、なんだか嫌な予感するもの。フィオナちゃん、気をつけた方がいいよ」
私は驚いた。今さっきほんの少し会っただけの少女をクレアははっきりと拒絶した。おそらく彼女なりに何か感じるものがあったのだろう。
きっとクレアの勘は当たると私は思った。ゲームではただ意中の男子生徒を攻略するだけのストーリーが、実際の私たちの生活に関与した場合の影響は何もないとはいえないだろう。もちろん、特に影響なく平和に終わる可能性はある。けれどそれは過ごしてみなければわからないし、こうして客観的に見ることができるのは私が転生者だからかもしれない。
でもそんなこと言えやしないので、私はクレアの頭を優しく撫でた。すると、クレアはさらにぎゅうっと抱きついてきた。
「まぁ。これから少しは大変でしょうけど、きっとなんとかなるわよ」
「も-、フィオナちゃんは変なとこで楽観的なんだから~」
いつもは几帳面でしっかり者なのにね!茶化すようにクレアは言った。
そう、こんなのは本当に序の口なのだと後になって思い知らされることになるのだが、このときの私たちには想像もつかなかった。




