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48.勢いと言うものは恐ろしい


「……」


アルバートとエレーナが出ていった教室は、静かになったはずなのに、ブラッドがいるからか全く落ち着けない。


「……あ、あの2人は本当に仲が良いわよね」


とりあえずこの場をなんとかしなければいけない。そんな妙な使命感が走り、ありふれた言葉を口にしたら、声がひっくり返って余計に焦った。


どうか、不気味に思われませんように。いや、ブラッドのことだ、無理だろう。


「……そうだね。国のためにも、仲違いされたら困るからね」


彼は隣の席の椅子に座り、どうやらこちらを見ているらしい。先ほどから全く顔を見れないので確認はしていないが、間違いなく凝視している。そんな気配を感じるのだ。


それに、ブラッドは疑問を抱いたり不思議に思うものをじっと見つめる癖があった。今だって挙動不審な私を疑問に思って、見ているようである。


けれど、さすがに私が不審すぎるのか、ブラッドが大きくため息を吐いた。


「ねぇフィオナ」


「うん!?」


私はうっかりブラッドから視線を外したまま返事をする。急に呼ばれて、何の心の準備も出来ていないし、冷静さを取り戻せていなかった。


「……僕が何かした?何か、嫌な思いさせちゃったかな?」


ブラッドから溢れた言葉は、私にとって予想外のものだった。


「え……?」


驚いて、私はブラッドの方へと視線を向ける。


さっきまで抱いていたはずの緊張は、彼の想定外の発言により完全に頭の中から飛んで消えていた。


ブラッドは私から視線を落とすと、寂しげな顔で口を開く。


「最近あんまり目を合わせてくれないし、少し避けられてる気もするし」


「そんなことは……」


ない、と否定しようとして口ごもる。


だって、あったかもしれない。なんとなく動揺というか、変な緊張を起こしてしまって、あきらかに普段とは違う態度になっていた。


ブラッドは普通にしてくれていたというのに。


「やっぱり迷惑だったかな。フィオナにとって僕は、友人だもんね」


友人、そう言うブラッドの声は心なしか震えていた。


ブラッドはきっと勇気を出して私に思いを告げてくれた。その後だって当然返事が気になるはずなのに、催促もせず、ただ友人として振る舞ってくれた。


そんな彼に、悲しい顔をさせてはいけない。


再び何かを言おうと口を開いたブラッドを遮って、私は立ち上がって叫んだ。


「違うわ!ブラッドは友人じゃないの!」


意表をつかれたのか、ブラッドは目を丸くした。


いや、そうではない。私こそ違うではないか。友人じゃないだなんて、誤解しか生まない発言をしてしまった。


瞠目するブラッドをスルーして、私は言葉を続ける。


「じゃなくて、友人よちゃんと!すっごく良い友人なのだけど、あの、それだけじゃなくて」


大切な友人で、さっき自覚したばかりだけど私の好きな人で、成績を競うライバルの1人で。ブラッドとの関係を表す言葉はたくさんあるけれど、どれもが一緒くたになって出てこようとするから詰まってしまい、結局どれも出せなかった。


「好きなの、私もブラッドが!」


なんだか文法がおかしい気もするが、そんなこと考えている場合ではない。


私が迷惑がっているという彼の誤解を解かなくてはならない。頭の中はその思いでいっぱいだった。


「さっきエレーナとアルバートさんに助言されて、ブラッドしか思いつかなかったの!何でも知っていて、幸せにしたい人!あっ、だから2人は何も悪くないの、むしろ助けてくれたの」


焦りが体を駆け巡っていた。


口から出るのは、全く練られていない幼子のような言葉ばかりで、でもこれは全て本心なのだ。


ブラッドの黒の目はこれ以上ないくらいに丸くなっていた。ぽかんと開かれた口も、ひょっとしたら開いていることを忘れているのかもしれない。


「あの、だからね、この前の返事のことなんだけど、私もブラッドが好きだから…………あの、ブラッド?」


ブラッドはさっきからまるで反応がない。


たくさん話したからか冷静になってきた私は、今度は段々と心配になってきた。ブラッドの様子がおかしいからだ。


立ち上がっていたままだったので、椅子に座り直す。そしてそのままブラッドの顔を覗き込んだ。


「ねぇ、ブラッド?大丈夫?」


私が言うのもなんだが。


じっとブラッドを見ていると、やがて彼は数回瞬きをしていつもの顔に戻った。


「ごめん、ちょっと考えちゃって、あんまり聞いてなかった」


「……えっと……」


私は急に顔に熱が集まるのを感じた。


さっき色々と叫んだことはかなり支離滅裂で、それでも自分の中にある想いをそのまま言った。それが冷静になった今、とんでもないことをしたように思えて恥ずかしくなってきたのだ。


もうちょっと他に上手い言い方はなかったのか。いや、それだけではない。あんな叫ぶような告白、雰囲気がないにも等しい。


あまり時を戻したいとは思わない質なのだが、今だけはぜひとも戻ってくれと考えてしまうほどには己の言動を反省していた。


全く、勢いと言うものは恐ろしい。


私が羞恥に耐えていると、ブラッドは真剣な目をしてこちらに寄ってきた。


「ねぇフィオナ、さっきの好きって本当?」


「え……」


なんだ、聞いていたのか。そのことに驚いてしまい、私はすぐに返事が出てこなかった。


私の反応が曖昧だからか、ブラッドはさらに詰め寄ってきた。


「2回も言っていたんだから、本当だよね?」


「ほ、本当よ」


私は今度はしっかり頷いて返事をした。


さっきまであんなに無反応だったブラッドが、私を圧倒する勢いで迫ってくる。


一体どんな心の準備をすれば良いのかと迷っていると、私の返事を聞いて彼は大きくため息をついてしゃがみこんだ。


今度はどうしたというのか。


同じようにブラッドの横にしゃがみこんで、大丈夫?と聞くと、彼は顔を手で覆いながら何事か呟いた。


「……って、結構期待してはいたけど、本当にその返事が聞けるなんてさぁ……」


そしてもう一度深くため息を吐くと、俯かせていた顔を上げてこちらを見た。


優しいオニキスのような瞳と、ばっちり目が合う。


「僕も好きだよ、フィオナ」


蕩けそうな笑顔と共に告げられた言葉は、じんわりと私の心に広がっていく。


「私も好きよ、ブラッド」


さっきの勢い混じりの気持ちではなく、心の底からの想いを言葉に乗せて、ゆっくりそう告げた。


「ありがとうフィオナ、たくさん考えてくれて。それと、僕のことを好きになってくれて」


「わ、私こそ。ありがとう、ブラッド」


きっと彼が私のことを好きになってくれていなければ、こんな風に気持ちに気づくことはなかっただろう。


この甘くて優しいブラッドにくすぐったい気もあるが、嬉しさの方が勝っていた。


「ふふ、嬉しいな。これでフィオナは僕の婚約者だよ」


「あら、まだ書面にサインできてないわ」


「そうか、厳密にはまだ恋人か。君の家に渡した誓約書、今度送ってもらわなきゃ」


どうやら家に許可を得たという話は本当のようで、彼の仕事の早さに流石であると感心すれば良いのか、急ぎすぎだと思うべきなのかわからなくなった。


家に許可を得た人のことで、私は唐突にもう1人のことを思い出した。


「ドエトルさんにも返事をしなくちゃ」


完全にブラッドのことしか頭になかった私は、きっと同じように返事を待っているだろうドエトルのことをすっかり忘れていた。


ドエトルのことを口に出すと、ブラッドは笑顔を引っ込めて少しむくれた顔をした。


「手紙で簡単に済ませれば?」


「流石にそんな失礼なことはできないわ」


「わかってるよ、冗談だよ」


ブラッドはそっぽを向いてそう答えた。


あまり冗談に見えない雰囲気だったが、そういうことにしておこう。


私たち以外に誰も教室にいないからといって、いつまでも机の間にしゃがんでいるのも不自然なので、そっと立ち上がった。


同じように立ち上がったブラッドの視線が、私の机の上へと動く。


そういえば、まだ教科書やノートを出したままだった。


「勉強してたの?」


「えぇ、そうなの。と言っても、今日はあまり進まなかったんだけど」


そしてこの後も進まない気がしたので、勉強道具を鞄に入れていく。


そもそも考え事をしていて全く集中できていなかったのだ。あの2人組のせいか、とか考えていそうなブラッドには否定しておく。


「たまには良いんじゃない。フィオナは頑張り過ぎるから」


「そうかしら」


むしろ、まだまだ精進せねばと思っているくらいなのだが、ブラッドはそうとは思っていないらしい。


……今気づいたのだが、ブラッドはひょっとして、私に甘くないか。


視線を上げれば、にこにことした優しい顔があった。いや、他人から見れば無表情に見えるくらいだが。


「どうしたの?」


「……なんでもないわ」


なんとなく気恥ずかしくなって、私は慌てて視線を下ろした。


鞄に全て仕舞い込んだタイミングで、ブラッドが口を開いた。


「じゃあ、少し散歩でもしながら帰ろうか」


「えぇ、そうね」


頭が疲れたときには体を軽く動かすのが良いと言う。なんだかんだ日も傾いてきたので、私はブラッドの提案に頷いた。


私とブラッドを繋ぐ言葉が、友人から恋人に変わったと言っても、急に色んなものが変わるとは限らない。


いつもと同じような距離感で歩いていると、ふいにブラッドが笑いながら言った。


「これはもう、デートだね」


前言撤回、変わったものもあるようだ。


私はブラッドの言葉に返事が出ず、赤くなるしかなかった。


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