表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/50

27.温室相談会再び

予想通りというかなんというか、アルバートから呼び出しを喰らった。


ついさっきドエトルを通してそのことが伝えられたのだが、聞いた瞬間は予想通りすぎて彼に騙されているのではないかと疑ってしまったのは少し申し訳ない。ドエトルは笑って許すと言っていたが、頭を軽くはたかれたのは果たして許されたのだろうか。


例によって授業後の温室で待つというあの第一王子は、温室には誰も近寄らないとでも思っているらしい。クレアから聞いた話によるとお茶会クラブが不定期に温室で活動をしているようで、鉢合わせでもしたら面倒なことこの上ない。そうでなくても教授がいる可能性が高いし、エレーナ並みに注意して欲しいと思った。


カラカラと温室の扉を開く。私の杞憂だったのか、中には誰もいなかった。


そして温室の奥に目をやると、前回と同じソファに前回と同じような姿勢で佇んでいる第一王子がいた。


中々に面白いので、しばらく話しかけずに見ていようか。そう思ったが、微動だにしなさそうな彼を見て、早く話を聞いた方が良さげだと思った。


しかし、先日の学院祭で、王子は見事にやらかしてしまった。


もとはといえば、早くエレーナと話さなかった王子が全面的に悪いと思うのだが、あの様子だとこれ以上責めてしまっては王太子をやめるとか危ない思想に走り出しそうなのでさすがに言えない。もしかして、私は本当に話し合いに立ち会うべきだったのだろうか。


いや、すでに過去となったことは考えても仕方ない。王子はここからが正念場だ。


「お待たせしました」


とはいえ、連絡を受けたのがさっきなので、早い招集だと思って欲しい。


「俺は、どうすればいいと思う・・・?」


前回よりもひどく落ち込んでいる様子に、私はついロベルト王子を呼びたくなった。ひとりで対処できるだろうか。いや、こうなったらやってやるわ。


というか、言伝をしたドエトルを引っ張ってくれば良かった。わかった、と了承したとき一目散に逃げていったのは、さすがにアルバートの相手をするのが面倒だったからだろうか。ついこの間なんとかするしかないなんて言っていたのは誰だ。


はぁ、と溜め息を吐くと、びくりとアルバートが反応した。自分が怒られているとでも思ったらしい。


さて、この人にはロベルトとエレーナのためにも本気でどうにかしてもらわないといけないので、不敬に当たりそうだが片っ端から現実を突き刺していくことにした。お世辞を言ったってもうしょうがない。


「そもそも、どうしてアサヒが特別だなんて言ったのですか?」


「それは、アサヒが観察対象だから・・・」


なにやらアサヒからしたら聞きたくないであろう一言が出てきてしまった。


「とりあえず、アサヒへの誤解を解いて下さい。あなたにとって本当に特別な人はエレーナでしょう。アサヒからの申し出等はすべて拒否し、きちんと距離を取るべきです」


「エレーナの課題については・・・」


ゆるゆると顔を上げたアルバートに、一体なんのことかと問いかけそうになったが、おそらく例の庶民の心云々であると勝手に解釈した。というか、庶民はアサヒひとりではないし、今はそれどころではない。


「まだそれを仰るのですか。ただ、あんまり露骨に避けていては王家としての威厳に関するのですよね?なので、あくまでもひとりの臣下と思うのはいかがでしょう」


思いついたことから言っているが、そこでふと考えた。アルバートの気持ちはおそらくアサヒにも伝わっておらず、きっとあの子は勘違いしたままなのではないかと。


「あと、アサヒにもはっきりとエレーナへの気持ちを言うべきです。半端に期待させてはいけません。あなたがアサヒのことを眼中にない、ときちんと示すことが大切なのでは」


そもそも、中途半端に近づいたこの人が悪い、と大きな声で叫びたくなる。まだ下心を持って近づいたドエトルの方が数十倍ましだ。


「要は、あなたの気持ちを周囲に知らしめることが必要なんです。王族の政略結婚と言ったって、相手を好きになってはいけない、なんていうルールはないのでしょう?」


妙に熱く語ってしまったが、早いとこ彼らには収まるところへ収まってほしいのだ。平穏な私の学院生活のためにも。


「そう、だな・・・君の言うとおりだ」


「えぇ、私前回から同じことしか言っておりませんけど」


鋭く放った一言に、アルバートは項垂れたまま、さらにどす黒いオーラを身に纏っていく。このままではキノコが生えそうだ。いや、すでに一本くらいは生えているかもしれない。


なんだか私まで息苦しくなってきた。さすがに助っ人でも呼びたい気分だ。


ロベルトを呼ぶのはさすがに遠慮した方がいいと思うので、ここはやはりドエトルを召喚するしかない。あの茶色い頭を思い浮かべながら、私は立ち上がった。


「アルバートさん、ちょっと待っててもらえますか?」


そう聞くと、彼は顔を上げて懇願の目で私を見た。捨てられそうな犬にしか見えないが、ここで退いてしまうと私の精神がやられる気がする。


すぐ戻ってくると言って返事は聞かず、私は温室を後にした。


そして、すれ違う人全員に尋ねまくってドエトルの居場所を突き止めた。


「ドエトルさん!そこにいるのはわかってるの、出てきて」


食堂に足を踏み入れながら大きな声でドエトルを呼ぶ。はしたないと怒られてしまいそうだが、早く彼を捕まえて温室に戻らなければ、あの鬱々としたアルバートに1人で対応するしかなくなる。


中央辺りの席に、ドエトルはいた。テーブルの上にたくさんの資料を広げてなにやら調べ物をしているようで、私の大声にも気づかないほど集中していた。そのせいで一瞬話しかけるのをためらってしまったが構わず声を掛けた。


「ドエトルさん、一緒に来て」


「フィオナ!?アルの話は終わったのか?」


予想以上にびっくりした様子で、彼はこちらを振り向いた。翡翠色の目がきらりと光る。


そういえばドエトルに自分から話しかけたのはこれが初めてな気がする。なんせ普段は極力避けていたのだから。


いや、今はそんなことどうでもいい。ぺしぺしとドエトルの肩を叩いて促した。


「話が終わらないからあなたを呼びに来たの。お願い、埒が明かないから一緒に来て?」


「あー・・・フィオナでも手に負えないか・・・」


「わかってたのなら押しつけていかないでよ・・・」


そしてなんとかドエトルを引っ張ってくることに成功し、今は再び陰鬱としたアルバートの前にいる。


「俺だってなぁ、暇じゃねぇんだ。いつまでもお前らの茶番に付き合ってる時間なんてないんだよ。早いとこくっついてくれ」


もはや本音だだ漏れな言い分に呆れた顔しか出来ないが、正直言って私も同じ気持ちである。


「なんで言えねぇんだよ、自分の気持ちをさっさとエレーナに言えば済むんだぜ」


「それは・・・」


アルバートはもごもごと何かを言っていたが、声が小さすぎて全く聞き取れない。


深く溜め息を吐いたドエトルが、はっきり言え、と声を荒げた。


「だって・・・き、嫌われてたら、立ち直れないじゃないか!!」


「メンタル弱いな」


ぎりぎり口には出さなかったが、ドエトルと全く同じことを思った。これがクローヴィア王国の王太子の正体ですわ皆さん、なんて国中に触れ回ったらどうなることだろう。


ソファの背もたれから起き上がって伸びをしたドエトルは、痺れを切らしたかのように言う。


「なぁ、もういっそ俺からエレーナに言おうか?」


「それはさすがに!」


ぱっと顔を上げたアルバートは、意外にも否定した。


「なんで?」


「そ、そういうことは自分から言うべきかと」


それが分かってるなら、すぐに言え。さっきから呆れしか出てこない。


確かに人に自分の気持ちを伝えるのは相当勇気がいることだろう。それも好いた人物にその想いを言うのならなおさら。だが言わなければ始まらない。


2人の問答を聞いていても堂々巡りになりそうだ。そう思えたので、ふと違う切り口はないか模索してみる。


要は、アルバートがエレーナに話しやすくさせればいいのだ。それも精神的なフォローで。


「つまり、殿下はエレーナの気持ちが分かればいいのですね?」


「・・・言われてみればそういうことだよな」


私の提案に、ドエトルが納得したように言った。


確かにエレーナはちょっと頑固なところがあるように思うし、この間彼女を褒めたことで分かったのだが、あれはいわゆるツンデレというやつなのではないだろうか。


そういう人は端から見ていても本心が分かり辛いのに、それが自分への気持ちとなれば余計に理解するのは難しいことだろう。なにせ、たぶん本心とは真逆のことを言うから。


将来的に夫婦となる2人なのだから、お互いのことを知ろうとしてほしいのは山々だが、まあ取っ掛かりに関して手助けしてあげるのは悪くないはずだ。


「それなら大丈夫だと思いますよ、殿下」


実際にエレーナからアルバートへの気持ちを直接聞いたことなどないが、なんとなくそう思う。エレーナはアルバートのことを嫌ってはいないはずだ。だって本当に嫌っていたら、彼女のことだからさっさと婚約破棄でもしそうなのである。・・・たぶん。


いや、ここはたぶんでもなんでも、そうだとアルバートに思わせればいい。嘘も方便と言うだろう。


「本当に?」


疑わしげなアルバートを正面から見据え、大きく頷いた。とにかく私は視線を泳がせて不信感を与えてはいけない。ぐっと目に力を入れる。


「エレーナは、俺のことを好いていると思うか?」


「私はそう思います」


私自身はエレーナがアルバートを好いているように見えている。あくまで私の考えなのでこれは嘘ではないはずだ。


ちょっとばかりツンが強すぎて、本音が上手く表に出てこないだけだ。それに、アルバートの気持ちがエレーナに伝わってないなら、彼女もまたアルバートに好かれているのか分からず不安になっているという可能性だって考えられる。


「エレーナは少し素直じゃないだけなんだと思います。きっと、殿下の想いに応えてくれますよ」


おそらく!


心の中で強くそう付け加える。


アルバートは自信なさげだったが、何か考えるように斜め下へと視線を投げた。


「そうだな。エレーナと仲の良い君が言うのだから、間違っていないんだろうな」


間違っている可能性はあります、と声を大にして言いたい。だが、そんなことをすれば今の前向きになっているアルバートを再びどん底にたたき落とすはめになる。それは避けたい。


「確かにフィオナがそう言うと信憑性が高いな。やっぱり同じ女の子だから分かるのか。あ、それともそんな話をしたとか?それなら教えてくれよ、フィオナのタイプは?」


「余計なことを言わないでちょうだい」


「いっ・・・!」


テーブルの下でドエトルの長い足を思いっきり蹴った。普段やられているので、ちょっとくらいはお返ししても恨まれる筋合いはない。


「そうか。君たちはそんな話もできるほど仲が良いんだな・・・」


「あっ、ちょっと、私に嫉妬するのはやめてくださいます?」


「アル、お前重傷どころじゃねぇぞ、もう末期だな」


ドエトルのその言葉に、アルバートはようやく笑った。といっても苦笑いだったが、キノコが生えそうな雰囲気からはかなり回復したようだ。


その姿に少しほっとして、肩の力を抜いた。無意識のうちに力が入っていたみたいで、少し首が痛い。


「じゃ、今からエレーナをここに連れて来るから、覚悟しとけよ」


「は・・・?今ここで!?」


立ち上がったドエトルに、アルバートは悲痛な声を上げた。


「なんだよ、早い方がいいに決まってんだろ」


「そうかもしれないが、いきなりすぎないか?」


「こーいうのは勢いとノリだ。決心した今が一番いいだろ!」


私もドエトルの意見に賛成だ。今なら私たちもいることだし、ぶっちゃけ早いとこ仲直りして解決してほしい。


そのことをドエトルに告げると、彼は二つ返事で温室を出て行った。


「そういえば殿下、アサヒに断りをいれるのは大丈夫でしょうか?」


待っている間、アルバートの緊張が解れそうにないので別の話題をふっかける。


「あぁ、それは平気だ」


少し心配していたが、なんのことはないという顔をしてそう言った。


自分の気持ちを告げるのにはこんなに時間がかかるというのに、自分のことを好いた人に断るのは何の躊躇もないらしい。それはそれでどうなのかとも思うが、きっと第一王子という立場や見た目の良さから、今までも言い寄られることが多くあったのだろうと結論付けた。


そうだ。ずっとヘタレすぎていたので忘れそうになるが、この人は見た目は金髪碧眼の絵に描いたような王子様なのだ。いや、立場もか。


1人で納得したり考えたり、頭の中を忙しくしていると、カラカラと温室の扉が開く音が聞こえた。


アルバートがびくりと跳ねるように立ち上がった。


「それで、なぜここに連れて来るのかしら?いい加減教えて・・・」


エレーナの言葉が途中で切れたと思ったら、アルバートの姿を捉えたらしい。大きく目を開け、驚いたような顔をしたが、それも一瞬で鋭い表情になる。


「アルが、エレーナに言いたいことがあるんだってよ」


「私に・・・?」


怪訝な顔をしながらも、エレーナはアルバートの前に立つ。おどおどとした態度のまま、アルバートは口を開いた。


「あ、エレーナ、その・・・」


「・・・・・・なんですの」


「えっと・・・」


じろりと睨むようなエレーナの視線に、アルバートは完全に萎縮している。このままでは埒が明かない、そう思って口を挟もうとしたとき、アルバートが動いた。


「~~っ、やっぱりまた今度!!」


「え」


「おいアルバート!!逃げるなよ!!」


王子は耐えられなくなったらしく、大きな声で叫んだあとこの場から逃げていった。すんでのところで止められなかったドエトルも追いかけて温室から出て行く。


またもやチャンスを逃すとは。あの王子本当に大丈夫だろうか。


「はぁ、一体なんだったの」


エレーナは頬に手を当てて、呆れるように溜め息を吐いた。こちらとしても全く同じ気分である。突然ここに連れて来られた彼女は余計に疑問に思うことだろう。


「ねぇエレーナ、聞いてもいい?」


「なにかしら?」


立ったままなのも何なので、エレーナにソファに座ってもらう。今この場にもてなせるようなお茶もお菓子も何もないのが少し残念だった。


「殿下のこと、好きだよね」


「・・・分かってるなら、聞かないでちょうだい」


私の問いかけに、眉をひそめてぷいと横を向いたエレーナ。やはり、予想は当たっていたようだ。


「私は分かるけど、殿下には分からないみたいよ」


そう言うと、エレーナは視線をどこかへ投げ、悲しそうとも諦めたようとも取れる微笑を顔に貼り付ける。


「私だけが慕っているなんて・・・それではこの先耐えられないじゃない。だから、好いてないフリをしているのよ。王妃とは職業でもあるのだし、割り切れば務められなくもないから」


そして顔を上げると、じっと私に目線を合わせた。


「絶対に内緒よ。あなただから言ったのよ?」


「・・・うん、ありがとう」


やっぱりエレーナはとても素敵な人だ、と私は思った。そして同時に可愛いようだ。


つまりエレーナとアルバートはお互いにすれ違っているようだ。なんと勿体ないことか。


「あの、エレーナ」


「何?」


「差し出がましいのかもしれないけど、あなたの思ってるよりも未来は明るいわよ」


エレーナは首を傾げてこちらを見る。何を言われているのか理解していないようだが、半分くらいは私の独り言みたいなものなので聞き流してもらって構わない。そう告げるとさらに訝しげな顔をした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ