表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/50

20.温室相談会

この王立学院内には様々な施設があるが、普通の学校では見かけないであろうもののひとつに温室がある。花や観葉植物を安定して育てて授業に活用するために造られたそうだが、いつしか担当教授の趣味を全うするためのものに変わったという噂が流れている。


別棟を出て、寮とは反対の方向に歩いて行く。舗装されていない場所を少し歩いて行くと、すぐに見えてくる。私が温室にやってきたのは、森林学に関しての質問をしたかったからだ。


温室は図書館よりは小さく、校舎の2階分くらいのガラス張りの建物だった。曇りガラスになっているようで、外からは中の様子は見えない。大型の観葉植物らしき植木鉢がいくつか並んでいるのがわずかに見えるだけだ。


ガラスの引き戸を開けて中に入ると、ふわりと漂う花の香りと暖かい風が身を包んだ。中に入るのは実は初めてなので、教授を探して辺りをきょろきょろと見渡す。


中は思っていたより広かった。入口から奥に向かって地面には煉瓦が敷かれ、脇には水耕栽培中の植物が植わっている。天井のガラスは採光のためか透明なものが使われていて、空の様子がよく見えた。


2段ほど階段を上がった先は周囲を観葉植物の花壇が囲み、その中にはテーブルとソファのセットが置かれていた。


そして、そこには予想だにしなかった人が座っているではないか。


「・・・王子」


「・・・あぁ、君か」


ソファに腰掛け神妙な面持ちで手を組む金髪碧眼の男子生徒は、私に気づくとわずかに視線だけを上げてこちらを見た。そして一言だけ声を出すと、また視線を戻して深く溜め息をついた。


どうやらよほど嫌われているようだ。ぶっちゃけ彼に対して何かした覚えはないが、なんせ入学時にあの態度なのだ。以降まともに話したこともなく、今のやりとりが初めてといっても過言ではない。嫌われている人にわざわざ話しかける趣味もないのでずっとそのままにしていた。


温室内を改めて見渡してみるが、ここに教授はいないようだ。仕方ないのでここは退散して教授を探すことにしよう。そう思ってアルバートに背を向けたとき、彼が取り留めもない独り言を呟いた。


「なぜ、こうなったのか・・・」


明らかに、私に向かって呟いたような内容のそれに、うっかり足を止めてしまった。


いや、きっと自分には関係ない。それに、嫌いな人物にわざわざ話しかけるほどアルバートも暇ではないはずだ。授業後のこんな時間に温室にいる意味はわからないが、きっと彼の日課なのだろう。


無理矢理そう結論付けたが、そろっと彼の人を盗み見すると、独り言の主は間違いなくこちらを見ていた。


今、決して目は合っていない。えぇ、断じて合っていない。王子の呟きを独り言だと勝手に処理して無視を決め込むと、彼は勢い良くソファから立ち上がった。


「あああ、待ってくれ!お、俺の話を聞いてくれないか!」


ほとんど言葉を交わしたことはなかったが、今ひとつわかったことがある。


この人、面倒だ。ドエトルなんて可愛いくらいには。


アルバートへと振り返りじろりと睨み付けると、彼は一瞬びくっとした。しかしよほど私に話を聞いてほしいのか、悲痛そうな目でひたすらにこちらを見つめていた。


仕方ない、話くらいなら聞こうじゃないか。私は覚悟をするために溜め息をつくと、思いの外長くて深い息が出てきた。


「1時間、聞くだけでしたら」


そう言ってソファへと近づくと、彼はあからさまにほっとした顔になった。


「すまない!恩に着る!」


深緑が特徴的なひとり掛けのソファが3つと、ふたり掛けのソファが1つあった。そのうちのひとり掛けのものに腰を降ろすと、彼も同じようにひとり掛けのソファに座った。なぜ私の真っ正面にわざわざ座るのか、聞いてみてもいいだろうか。


「それで、何があったんです?」


王子は初めに見た神妙な顔をもう一度蘇らせ、非常に深く溜め息をついた。


この人がそんな深刻そうにするなんて、きっと重大な悩みなのだろう。政務に関することとかだろうか。


「エレーナと、目が合わなくなった」


コン、コン、コン、ちーん。頭の中で間抜けな音が鳴り響く。


さすがにその一言だけでは何があったのか理解することは難しい。動じるのは得策ではないと自分に言い聞かせ、ついでエレーナに関する話であろうということを念頭に置き、その続きを待った。


「一昨日辺りからなんだが、話しかけてもエレーナが俺と目を合わせてくれないんだ。前は冷たくあしらわれてもこっちを見てくれていたのに、最近はこれっぽっちも振り向いてくれない!俺は、彼女に何かしてしまったんだろうか!?あああ、このままでは生きていけない!」


王子は予想よりも激しかった。謎の雄叫びを上げて顔を手で押さえながら背を逸らしている。


その姿は第一王子としてどうなのかと思ったが、幸いこの温室には私たち以外いないようであるし、外からはいまいちよく見えないのでスルーすることにする。


というか、普段あんなに澄ましているのに、この偏狂っぷりはなんだ。二面性どころではない。それに、おそらくこの先の話を聞いても割とくだらないことのような気がする。


「あの、とりあえず落ち着いて下さい。話がよく理解できません」


「あ、あぁ、すまない、少し取り乱してしまった」


今のは少しどころではない騒ぎ方だったと思う。まるで目が強烈な光で焼かれた人みたいだったなぁとぼんやり現実逃避する。


「その、つまりだな、最近エレーナの態度が前以上によそよそしいんだ。全然こちらを見てくれないし、避けられているように感じるのだ」


言いながら、彼は自分の言葉にさらにショックを受けたのか、ずうんと効果音が鳴りそうなくらい肩を落とす。ちょっと、いや、かなり面白いかもしれない。同じだけの面倒くささが目立つが。


「えっと、なぜその話を私に・・・?」


あれ、この質問になんだかデジャヴを感じる。確かあれはエレーナの屋敷に連れて行かれたときだったような。


「君はエレーナと仲が良いだろう。あと、話を聞いてくれそうだったから」


今度改めて自分の印象について調査でもしてみるか。かなり適当な答えを頂いた私は、王子の要望に応え話を聞く体勢に入った。もちろん、聞くだけだ。


「それで?」


続きを促すと、彼はゆっくりと頭を持ち上げた。海のような深いブルーの瞳はとても綺麗で、黙って澄ましていたら確かに相当整った顔をしているなぁと思った。


そういえば、前世でゲームをプレイしていたとき、私はこの人に一番熱意を入れていた気がする。まぁ今となっては面倒な人であるとわかったし、こんな泣きそうな顔をしているから台無しなのだけど。


「君、なんだか俺に冷たくないか?」


この質問もデジャヴである。さて、あのときはなんと答えたのだっけ。


「気のせいでは?というより、あなたの方こそ私を敬遠なさっていたのでは」


「あぁ、それについては謝らなければならないな」


意外な言葉が王子の口から出てきて少しびっくりする。まさか、そんなことを言われるとは露ほども思っていなかった。


「あの時の俺は少し機嫌が悪くてな。取るべきでない態度を取ってしまった、申し訳ない」


「いえ、構いませんよ」


田舎貴族と揶揄されることは覚悟していたことであるし、対して気にしていなかった。むしろ下手に近づくこともなく、好都合と思っていたことはこの際黙っておこう。


「田舎者だなどと失礼なことを。エルラントだって王国の大切な一領地であるのにな。その領主のご令嬢を罵るなどあってはならないことだ。エレーナにはこっぴどく怒られた」


もうすでに王子はエレーナの掌で面白いように転がされているようだ。まぁ、彼が考えを改めてくれるというのならありがたく受け入れておこう。


アルバートは姿勢を正すと、ブルーの瞳をまっすぐこちらに向けた。


「それで、俺はどうしたらいいと思う・・・?」


話を聞くだけだったはずなのに、いつの間にか相談されている。


話を整理しよう。


アルバートはここ最近、エレーナから冷たくあしらわれていて、それがとても悲しいのだ。彼としては、エレーナに振り向いてほしい、ということで合っているだろうか。


推測でしかないが、エレーナが彼に対して冷たい理由にそれはそれは心当たりがある。おそらく先日のスプリンクラー故障のときのことだろう。彼女はアルバートを試す良い機会だと言っていた。きっとその一環でエレーナはアルバートにいつもと違う態度を取っているのではないだろうか。


というか、いつもの態度を知らないので私としてはそれを是非聞いてみたかった。が、他にも確認してみたいことがある。もうこうなったら興味本位で話を聞いていこうじゃないか。


「王子は、エレーナのことが好きなんですか?」


この質問によって、アサヒとアルバートの関係がわずかだが見えてくる。


「当たり前じゃないか!俺はエレーナを愛してる!なんなら彼女の魅力について説明しようか?」


「いえ、結構です。それはまた今度で」


拳を握って大いに語ろうとしだした王子を、片手を上げて止めた。聞いてみたいがこのままでは半日近く時間を使われてしまいそうなので、さっさと止めるに越したことはない。


アルバートがエレーナのことを好いていることはわかった。しかもさきほど生きていけないなんて言っていたくらいだから、よほど彼女のことが好きなのだろう。他人の恋愛事情を蚊帳の外から見ているのはなんだか面白い。


「では、アサヒと仲良くされているのはどうして?」


王族ともなれば、世間体を気にするはずだ。そうでなくても誰かから口酸っぱく言われているに違いない。・・・想像すると、そんな窮屈な世界で生きている目の前の生徒が少しだけすごいと思えた。常に誰かに監視され、将来を期待されているからこそあらゆるものに結果を求められ、背負うものも大きい。そこに自由はあるのだろうか。


「エレーナに言われたんだ。庶民の心も知らぬ王などいらない、と。イグニス家が商家から叙爵されたものだから、ちょうど良い機会だと思って」


エレーナ、少し王子に対して厳しいのでは。学生の間からここまで厳しいと、さすがにちょっと王子に同情する。


「ところで王子は、エレーナにご自分の気持ちを伝えたことは?」


「そういえば、ない」


はっきりきっぱり、彼は言い切った。そんな清々しい顔でどうしようもないことを言わないでほしい。


「なるほど、だいたい理解できました」


目の前の王子とその婚約者が結構こじらせているということが。


エレーナの主張している、アルバートを試すということもひょっとして彼女の防御戦なのではないかと私には思えた。アルバートの気持ちを彼女は知らないから、試すといって不用意に彼を近づけないようにしているのでは。


そして思う。これって、エレーナもアルバートも意地を張らずお互いに思っていることをぶつければ済む話なのではないだろうか。第三者視点だからよくわかる、知らぬばかりは本人たちなり、といったところか。


なんというべきか。下手につついてしまって余計にこじらせても仕方ない。だが、目の前の相手は明らかに私からの何かしらのアドバイスを待っている。


始めに話を聞くだけと念を押しておいたのに。はぁーと深い溜め息がつい出てしまうのは悪くないはずだ。


「王子、では手っ取り早くエレーナにご自分の気持ちを話してきてください」


結論、それが一番早いと思う。やっぱり悪いのはこの人だ。中途半端にアサヒに期待をさせ、婚約者は放っている。一体ゲームのキャラクターからどこをどう改悪したらこんな人になるのだろう。


お願いだから、アルバートには完璧な性格の素晴らしい王子のままでいてほしかったと思う私は傲慢だろうか。


「や、やはりそれしかないんだろうか。もしそれでエレーナが俺のことをなんとも思っていなかったら?呆れられてしまったり引かれてしまったら!?今度こそ、俺は生きていけない!」


「大丈夫です今生きておられます。生きられなくなる前にお話しください」


このヘタレ王子め。・・・危ない危ない、さすがにそんなこと言ったら不敬になってしまうわ。


アルバートは目を閉じて大きく深呼吸すると、覚悟を決めたようにその双眸を見開いた。


「わかった・・・とりあえずエレーナとは話をしてみるよ・・・」


「ええ、頑張って下さい。王子、あなたならできるはずです」


なんとか話はまとまったようで良かった。始めは彼の強烈な様子にどうなることやらと思ったが、そこはさすが第一王子。揺らがない意志を持った姿はとても凜々しかった。


「あ、そうだ。その“王子”っていうの、やめてくれないか」


「え、なぜです?」


王子では失礼なのだろうか。いや、敬称で呼ぶのはよくある話だろう。


私が首を傾げていると、彼は何食わぬ顔で言う。


「君はエレーナの友人なのだろう?ぜひ、“アルバート”と呼んでくれ」


まさかの名前呼びを指定されてしまった。まぁ、これだけの有名人をクローヴィアさんと呼ぶのも少し違和感がある。しかし、田舎者扱いからずいぶんと昇格したものだ。


「わかりました、“アルバート王太子殿下”」


「余計によそよそしくなったじゃないか、このままではエレーナに怒られる!」


あなたの基準はすべてエレーナですか。この王子で将来は大丈夫だろうか、クローヴィア王国・・・。


殿下という呼び方も却下され、仕方なく“アルバートさん”と呼ぶことで事なきを得た。ドエトルに対しての呼び方も同じだし、これぐらいの距離感の方がいい。ブラッドはまた別だ、彼は私の友人なのだから。


しかし、少しばかり私の思い描いていた状況と違ってしまった。今まで徹底的に避けていたはずの第一王子まで接点ができてしまったではないか。一体なんの因果か、自分まで攻略対象全員と関わりを持つはめになってしまった。


いや、別にそれ以外の接点も多くあるのだから、彼らだけにフォーカスする必要はない。大丈夫だと自分に言い聞かせて私は懐中時計を見た。


「1時間ちょうどですね。では、私はトレビス先生を探しますのでこれで」


「あ!それと!ひとつ頼みがあるんだが」


立ち上がりかけた私を止めて、彼はまた大きな声を出した。正直面倒だなと思ったのが顔に出てしまったのか、彼はばつが悪そうに目を泳がせる。なんだ、なんなんだ。


「その、エレーナとの話し合いのときに立ち会ってくれないか」


「お断りします」


私は光の如くその申し入れを拒否した。影からこっそり見るのなら望むところだが、公証人よろしくその場に居合わせるのはごめんだ。


さすがにそれくらい自分で頑張ってほしい、ヘタレ王子。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ