12.銀髪の生徒
「はじめまして。僕、クラール・ディヴァインと申します」
それはお昼休みのことだった。いつものようにクレアと食堂へ向かうと、いつもの席に座っているブラッドの左隣に、普段は見かけない生徒がいた。
綺麗な長めの銀髪が目を引く彼は私たちに気づくと、先ほどのように自己紹介をしてきたのだった。
「私は2年のクレア・ルファエルと申します」
「同じく2年のフィオナ・エルラントです」
なにがどうなっているのかはわからないが、挨拶をされたのだから返すべきだろう。クレアと私が席に着くと、テーブルに頬杖をついたブラッドは苦い表情をしながら徐に口を開いた。
「・・・この間から、懐かれたんだ」
はぁ、という溜め息と共にブラッドによって経緯を簡潔に語られる。
さらりと流れるようなプラチナブロンドの髪にヘーゼル色の瞳を持つクラールという生徒は、どうやら3年生で先輩らしい。ブラッドと知り合ったのはつい数日前だという。それもどうやらアサヒが絡んでいるようで、二人は暗い顔をしていた。
「僕が音楽室でヴァイオリンを弾いていたときなんだけど、いきなりその、アサヒっていうの?彼女が入ってきて。それで、僕、びっくりして追い出せなかったんだ。でも次の日には来ないと思って安心してたんだけど、また彼女は入ってくるし、練習に集中できないし。音楽室以外でも遭遇するようになって困ってて」
そういえば以前、アサヒがヴァイオリニストに会った、みたいな話をしていたことがあった。ひょっとしてこの彼がそのときの人だったのだろうか。ヴァイオリンを弾いている貴族なんて他にも大勢いそうだから確信は持てないが。
「その頃に、アサヒさんに絡まれているブラッドくんを見かけたんだけど、彼、うまく彼女をいなしていてさ。僕じゃいつまで経っても離れてくれないのに、ブラッドくんはどうやってるんだろうって気になっちゃって」
それで一緒にいる、ということらしい。ついでにブラッドといればあまりアサヒは近寄ってこないとのこと。それはおそらくブラッドがあしらっているからだそう。
最近アサヒにはあまり会わなくなっていた上に、アサヒが交遊関係を手広くしているなとは思っていたけれど、そんなことになっているとは。
じゃあ、やはり彼女が追いかけているのはアルバートやドエトルなのだろうか?
というか、今の話の流れだと、このクラールという人もブラッドも、アサヒを避けたがっているように聞こえる。彼女は巷で噂のヒロイン補正かなにかによって男性陣みんなに好かれているのだと思っていたけど、なにかおかしい。
果たして一体どうなっているのか。少し今の状況を整理したくて、私は二人に聞いてみた。
「あの、二人はアサヒが好きじゃないの?」
すると彼らは揃って怪訝な顔をした。普段表情をろくに変えないブラッドでさえ、じろりと目を細めて露骨に嫌そうな顔をする。
「たちの悪い冗談はよしてくれないか、フィオナ」
「僕も彼と同じだよ。ずっと喋ってるから、正直、ヴァイオリン練習が上手く出来なくて・・・」
どうやら私が想定していた事態とは少し違ってきているようだ。
てっきり私はアサヒが天性の魔性を披露して、ことごとく男性陣をその手中に収めていっているのだと思っていた。なんだか聞こえは悪いが、要は攻略である。けれど実態はそうではなく、中には彼女を敬遠したいと思っている人たちもいるようだ。
「私も周りの人から良くない話を聞くよ。女生徒からお茶に誘われても、男性から別で誘われればいつもそっちを優先するって。みんな、あの子のことはしたないって思い始めてる」
私の左に座って黙って話を聞いていたクレアは、おずおずとそう語った。
部屋で一方的に話をするアサヒの様子からは周囲の人たちと馴染めているような雰囲気だったけれど、そうではないらしい。
確かに最近は私との休日の特別マナー教室なるものも、アサヒは用事があるからといって断っていた。私としては自分の勉強する時間が増えるので気にしていなかっただけに、なんだか雲行きが怪しくなってきて心配になる。
「昨日も、一昨日とは別の男子生徒とお茶してるのを見かけちゃったんだ。私はあの子、やっぱり嫌い」
クレアははっきりとそう言い切った。もともと好き嫌いのはっきりした子だとは思っていたけれど、彼女にここまで言わせるアサヒの言動を、改めて観察した方が良いかもしれない。
「フィオナは部屋、同じでしょ?大丈夫?」
ブラッドはまっすぐ私の目を見て心配そうに言った。ついこの間まで彼女に起こる出来事をドラマのように見ていたなんて、口が裂けても言えないわ。少なくとも今目の前にいるこの二人は困っているというのに。
「ありがとう、私は大丈夫よ。ええと、クラールさんとおっしゃいました?」
実害をなにも被っていない私は、話の矛先をブラッドの隣の彼に変えてみた。さすがに困っている人を放っておけるほど冷徹ではない。
「はい、クラールです。僕は商家出だし、あなたたちに敬語を使われるとちょっと恐縮しちゃうんですが・・・」
彼はしゅんと肩を落として縮こまる。エルラントでは貴族と庶民の距離が近い。そのため今まで家柄に固執したことはろくになかった分、彼の姿が不思議に見えてしまった。
言われてみれば確かに、いくら田舎貴族と揶揄されようと一領地を預かる公爵家は随分高位の貴族であるのは間違いない。商家出の者が年齢よりも身分を気にするのは当然である。
「わかったわ。じゃあ、お互いに敬語はなしにしましょう。それで、もし私たちに出来ることがあったら言って?協力するから」
笑顔で私が言うと、俯いていたクレアもばっと顔を上げて明るく言った。
「私も!クラールさん、困っていたらいつでも言ってね」
太陽みたいなクレアの笑顔につられたのか、クラールはほっとした様子で微笑んだ。ありがとう、と言うその姿は、思わず綺麗だと賞賛したくなるほどだった。
「噂をすれば、だね」
何かに気づいたのか、ブラッドは鋭い目を食堂のホール中央へと向けた。私たちも彼にならってそちらを見ると、ホールの入口から入ってくる何人かの生徒が目に入った。
集団の先頭にいるのはアサヒ。ここからでは少し距離があるけど、あの薄桃色の髪の少女は間違いなくアサヒだ。それから、あまり見かけない男子生徒が3人ほど。なにか楽しそうに話をしながら、入口近くのテーブル席についた。
はっきりと何を話しているかまでは聞こえないけれど、笑っているらしい声がときどき届く。
周りのテーブルからは反対にひそひそとした声が聞こえてきた。私たちが揃ってじっと耳を澄ましていると、どうやら今のアサヒに対しての話のようだ。
やはりこちらも途切れ途切れにしか聞こえないが、また違う人、とか、あれは誰かの婚約者だ、とか悪い話が多い。
「とっかえひっかえなら、もうこっちに来なくていいのに・・・」
眉間にたくさん皺を寄せて、うんざりだと言わんばかりの顔でブラッドは小さく呟いた。クラールも目を伏せながら大きく首を縦に振る。
「・・・とりあえず何か食べよう!午後の授業も始まっちゃうし、ね!」
目の前の二人から漂う剣呑な空気を遮るように、クレアが努めて明るく言った。こういうときに気を利かせられるクレアは本当に偉いと思う。
昼食を取りながら、クラールについて私とクレアは質問をした。ブラッドはここ数日行動を共にしていたからか彼のことを少し理解しているようだけど、私たちは今日初めて会ったのだ、彼のことは何も知らない。
クラールはどうやらサンレイア領の出身らしい。
サンレイアはこの王都よりも南東に位置する街で、安定した気候と周囲を海に囲まれた地形から、リゾート地として有名だ。のんびりとした気概の人物が多いのも特徴で、クラールも例に漏れずのんびりした性格をしているようだ。
そして彼は商家出身であり、幼い頃から音楽に触れてきたそう。ヴァイオリンの才能を見いだされたことで、この学院に特別生として高等部から入学したらしい。
「父さんから、お前に商人の才はないって、はっきり言われちゃって」
「じゃあ、将来は何になるの?王宮楽師?」
音楽が好きなクレアは、先ほどから彼にどんどん質問を投げている。料理を皿に半分残したままお互いに食べる手をぴたりと止めているので、時間は足りるのだろうかと思い、私は時計に目をやった。大丈夫、まだあと15分はある。
「そう・・・だね。王宮で音楽を奏でられれば最高だなぁって思うよ」
クラールは目を瞑って言った。王宮の様子でも想像しているのだろうか。
王宮楽師といえば、要は王族専属の演奏家だ。もちろん、一般の人向けに演奏をすることだってあるけれど、ほとんどが城内で寝泊まりをして、王族への娯楽と安らぎを提供するのだ。当然のように採用枠は少ない。
「さすがにもう間に合わなくなるよ。二人とも急いだら?」
とうの昔に食べ終わり、無言で二人の話を聞いていたブラッドが我慢ならないといった様子で声をかけた。すると二人ははっとして、もくもくと残りの昼食を食べ始める。
どうしても授業に間に合わなくなりそうなとき、きっといつものブラッドだったら二人を置いてさっさと行ってしまうだろう。けれど置いていかずに律儀に待っているブラッドがおかしくて、私はつい笑ってしまった。
「懐いているのはどちらかしらね」
ひょっとしたらブラッドがクラールに懐いているのかもしれない。なんだかんだ言って彼も実家では弟だから、年上には従ってしまうものなのだろうか。初めはああ言っていたけど、ぶすくれた顔でこちらを見るブラッドがそうだと考えると面白くて仕方ない。
「フィオナ、笑いすぎ」
ブラッドはじろりと私を睨んだ。それではまるで、私の考えが図星なように見える。
「もう食べたでしょ?ほら、行くよ」
クレアとクラールが最後の一口を口に入れた瞬間、ブラッドはがたっと席を立って食器を返しに行ってしまった。
「ブラッドさん、素直じゃないねー」
ブラッドの後を追いかける私にクレアがそう言うものだから、私はまたおかしくなって笑ってしまう。
「それはいつものことじゃない?」
そう言うとクレアは笑い、ブラッドにはいい加減にして、と怒られてしまった。その様子を見てクラールも笑っていた。




