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隣人


○少年




 最近、毎朝寄るドラッグストアの店員さんの様子がおかしい。いつも気難しそうな顔をして淡々と仕事をこなす彼女……愛想はそんなに良くないが仕事の捌き方が上手く、自分にとって憧れの存在だ。自分も早くももう高校二年に上がってしまい、就活か進学か選択の岐路に立たされている。そんな自分にとって彼女は自分の理想の将来像に非常に近しいものだった。


医薬品販売の仕事をしているのだから専門学校に行ったのだろうか。それとも、卒業後に働きながら資格を取ったのだろうか。どちらにしてもその頭の良さと仕事ぶりからわかる要領の良さ、そしてよく見ると綺麗で可愛らしい顔、気がついたらそのどれもが憧れとなって眼が彼女に追いすがってしまう。




その彼女が、なんと。今日はいるかなーとぼんやり入って見たのは、微笑みを湛えながら納品業務をする姿だった。あんなにいつも無愛想なのに、なぜ……? 何かいいことでもあったのだろうか。恋人からプロポーズを受けたとか、昇進が決まったとか。不躾ながらまじまじと見てしまっていると、視線に気がついた彼女が




「何かお探しですか?」




と声をかけてくれた。お探しです! 貴女のその笑顔の理由をお探しです! などと頭を過ぎるがそんなこと言ったら最後、ここには恥ずかしくて来られなくなる。




「ボールペンって、どこにありましたっけ……」


「ボールペンですね。こちらへどうぞ」


「ありがとうございます……」




気がついたら、いつものジュースと併せてボールペンも購入していた。レジを打ってくれた黒いシャツを着たお姉さんがなんだか生暖かい目を向けて来る。やめろ、そんな目で見ないでくれ!恋をしているわけじゃない、ただ憧れているだけなんだ! なんだかいたたまれなくなって、早足で店舗を後にした。




今朝咄嗟に買ったのは普段なら買わない五ミリのゲルインキのボールペン。普段使いの消せるボールペンと同じ勢いで書いて後悔してしまいそうなので、ただそっと筆箱に潜ませておく。いつか多分使うだろう……そう思った少年は、一年後このボールペンが受験のお守りになることをまだ知らない。


その頃店舗では、




「あの子もあの子でわかりやすいけど……ふっちゃんも罪作りね……」




と芳賀が溜息をついていた。





○粕谷




佐々木の様子を見させた猪端の予想外の報告に驚き、すぐに帰宅指示を出したが……あれから大丈夫だろうか。お祖母さんの容態は安定しただろうか……。あいつもあいつで水臭い、それならそうとすぐに言ってくれれば、無理をきかせてでもすぐに休みを取らせたのに。


今日は佐々木からまだ連絡がないが、それも仕方がない。どこにお祖母さんがいるのか知らないが、移動やら面会やらでどこに向かっていたって今日は忙しいだろう。明日になったら連絡してみよう……そう思っていたのに。




「すいまっせんでした!」


「粕谷さん、本当すみません!」




朝一番朝礼をすっぽかした二人が、そのまま謝罪に来たのだ。お祖母さんは? 今度は何に謝っているんだ? などと混乱しているこちらを余所に、猪端がでもあれは仕方がなかったって言うか、人助けというか! 定時後ですしご容赦下さいとかなんとか言っている。




「待て待て、何の話だ?」


「いやさっき言った事っす! バアチャン云々っていうのは俺のついた嘘でっ早く行かせてやりたかったっつうか!」


「行かせたいってどこに……?」


「そりゃあ、その、待ち人のいるカフェに……」


「待ち人? 佐々木に?」




いかん、こんがらがってきた。昨日猪端は佐々木のお祖母さんの容態が悪いからと仕事を残して二人であがっていった。しかしそれは嘘で、一刻も早く待ち人のいるカフェに行かせたかったからだという。……それってつまり。




「佐々木……もしや結婚するのか?」


「えっ……? いや、彼女すらいないですが……」


「えっ?」


「だあー! 粕谷さんっ今から説明するんで! ちょっとお時間頂いていっすか!」


「それはまあ、構わないが……」


「猪端、お前昨日何て言って抜け出したんだ?」


「佐々木も! 説明するからちょっと待てってぇ!」




そこで猪端から二人に説明された内容はこうだった。


佐々木が行きつけのカフェで思い詰めた顔をした女性がいて、その人の力になりたくて声をかけたこと。またカフェで会えたらと話したがこの残業続きでその直後から全く行けなくなってしまっていたこと。そして昨日で声をかけてから一週間が経とうとしていて、慌てて連れ出したこと。最近の佐々木の異様な状態はすべてそれに由来するもので、あんなことを言ったのに放り出している状態で気が気じゃなかったためになっていたということ。


この説明の間、佐々木は口を掌で押さえ付けられて可哀相なことになっていたが、粕谷は感動に溢れていた。あの不器用だが仕事に真っすぐで、浮いた話のなかった佐々木が。入社すぐのころは要領が掴めず半ベソをかいていたが次第に効率よく仕事をこなすようになり今では後輩から慕われるこの部下が。見ず知らずの女性を助けるべくやはり不器用に奔走していたとは。




「佐々木、それならそうと言ってくれれば良かったのに! 応援してるぞ!」


「えっ⁉ あ、ありがとうございます!」


「良かったな佐々木!」


「だが猪端、お前俺に何て粕谷さんに報告したのか教えてくれても良かったよな?」


「ごめん送り届けて満足してた」


「お前」


「じゃあ嘘をついた罰として猪端へは毎日その店への送り届けを担当させようかな」


「いやんパワハラっす粕谷さん! でもあの子チラ見できてこいつのにやけ面毎日見れるってんなら全然オッケー! かしこまりました!」


「相手の子ってそんな可愛いのか?」


「可愛いっすよ~、守ってあげたくなる感じっすね。ほら佐々木、ラインライン!」


「見せない! 絶対見せない! それにそういうんじゃないです! これで解散にしましょう、ね⁉」




もうこの話を始めて結構な時間たちますよ! と言う佐々木に慌てて席を立つ。たしかに嘘をつかれたのは頂けないが、まあ良しとしよう。猪端も言う通りあれは定時後だったしな。何よりめでたい話題にケチつけるような野暮点ではない。思わぬ部下の春の知らせに思わずスキップをして事務員に気味悪がられたが……まあそれも良しとしよう。





○店長




 よく間違えられるのだが、私はしがないただのカフェの店長だ。身体を鍛えているせいか、怖がられるし嘘をついていると思われる事が多いのだが、これはこれで役に立っている。世の中のカフェの店長は全員ムキムキに身体を作ればいいのだ。私の為にも他の店舗のためにも。


 柄の悪い客を威嚇して帰らせていたからか、この店……金雀枝珈琲店にはいつも穏やかな空気が流れている。ここには疲れた大人たちが一時の休息を求めてやってくる。ありがたいことに、大体が常連さんだ。そんなわけで、そうそう客が怒るとかクレームをつけられるとかいう類のトラブルに見舞われることはないのだが、つい先日、退店する女性客をある男性客が追いかけるという事件があった。そいつは何度もこの店にきている人物だが、店内にいるときからその女性客をじっと見ており、怪しんでいたところそういう一件が起きた。次もしやってきたらお灸を据えてやろう……そう決意して業務に臨む。




「店長、あの人来ましたよ、今会計列に並んでます!」




優秀で溌溂としたバイトちゃんがそうこっそりと教えてくれ、意気込んでカウンターに立つ。しかし実際見てみると、先日よりなんだか疲れきっていると言うか、振り回された後というか、これから何かすることができるほど元気が残っていなさそうなその男がいた。これはどうしたことか、と悩んでいる内にもう会計が終わろうとしている。とりあえず今は様子見だとバイトちゃんへ伝え、自身もカウンターからじっと見つめる。


……今日は、例の女性客もいるのだ。何かおかしいそぶりを見せたら阻止しにいってやる、この店の平穏の為だ……そう決意を新たにしたとき、男性客が女性客のテーブルの傍らでぴたりと止まった。やはりストーカーか、と腕まくりをしたその時、女性客の嬉しそうな恥ずかしそうな、なんともこそばゆくなる表情が目に入り、つい隣にいたバイトちゃんと目を見合わせる。男性客もそれまで強張っていた体の力を徐々に抜き、まるで犬のような愛嬌のある笑顔を浮かべて話をするようになった




それからずっと店内で二人の様子をちらちらと見ていたのだが、二人ともこちらの視線に気がつく事がない。それどころか、学生さながらの甘酸っぱい雰囲気が漂っている。これはどういうことだ……?


そんなこんなしていると、あっという間に閉店時間の間際になった。もしかして、閉店までいるつもりだったのだろうか、それとも物騒な雰囲気でないのは女性客がうまく受け流しているからで、本当は男性客のほうが付きまとってこんな時間まで伸びてしまっているだけだろうか……。しかしその心配は杞憂に終わった。もういい時間なことに女性客が気づき、二人中睦まじそうに退店していったのだ。お互いに明日は仕事かどうか気遣い、次また会えたらご飯でもしよう、と話しながら。




 今日はこのご時世なかなか珍しい良いものを見たねとバイトちゃんと話ながら閉め作業をする。「私もあんな風に付き合いたい!」と言っては身もだえているが、まあ、仕方がない。


最後までなかなか怪しい要素もあったが、結果として問題なく済んで良かった上に幸福感のプレゼントまで貰ってしまった。またあの二人はこの店に来てくれるだろうか。この店で生まれた甘酸っぱい恋だ、叶うならばその育みを近くで見たっていいだろう。ぽかぽかとした気持ちを抱えて、また明日の準備をする。明日はどんなお客様に会えるだろうか。



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