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SF

我らは猫になる かつては人間であった

作者: NOMAR


 僕は人間である。名前はリオ。どこで産まれたかとんと憶えておらず、その暮らしは昔の猫のようである。

 と、過去の小説の真似などしてみます。


 朝です。起きます。くしくしと目を擦り、ふわあ、とひとつあくびして、布団を出ます。

 ご主人様はもう起きているらしいです。キッチンからトースターのチンと鳴る音がします。

 マンションの中をテポテポ歩いて、キッチンに行きます。


「おはよう、リオ」


 ご主人様が僕を見て、ニコリと朝の挨拶をします。おはようございます。リオです。今日も元気です。

 ご主人様は赤いスーツを着ています。今日はお仕事の日らしいです。週に四日はご主人様はお仕事で外に出掛けます。

 人型女性義体のご主人様。毎日ご飯を用意してくれる、僕の優しいご主人様です。

 ご主人様は僕の頭をひとつ撫でます。


「リオ、今日はちょっと遅くなりそうなの。大人しく待っていてね」


 僕はコクリと頷きます。大丈夫ですご主人様。僕も十四歳です。やんちゃなことはしないのです。部屋を汚したり、トイレットペーパーを転がして遊んだりはしないのです。


「リオは手がかからないわね」


 世の中には飼い主のご主人を困らせて喜ぶのもいるみたいです。ご主人様の友人のところで飼われているのは、一人にすると部屋をしっちゃかめっちゃかにする、イタズラ者と聞きました。この部屋に遊びに来たご主人様の友人にも、僕は大人しくて可愛いと褒められているのです。僕はいい子なのです。


「じゃ、行って来ます」


 僕の額に、ちゅ、と音を立ててキスをして、ご主人様は出掛けます。ご主人様、お仕事、頑張って下さい。いってらっしゃい。

 扉が閉まるまで玄関でお見送りします。


 ご主人様をお見送りしてから、朝ご飯です。テーブルの上のトーストにブルーベリーのジャムをつけ、温かなコーンスープに口をつけます。サラダのトマトは苦手だけど、残すとご主人様が悲しそうな顔をするので、残さないように頑張って食べます。


 食べ終えたら食器を洗浄機の中へ運びます。機械が進歩しているので、マンションの中は自動の掃除機が静かに部屋を掃除しています。

 マンションの中には僕の為に、ご主人様が本も玩具も揃えてくれました。昨日の続きの本を読もうかな。


 かつては人が猫を飼っていた時代があるそうです。その頃に書かれた本に『我輩は猫である』という本があります。

 この本を書いた人も、これが人の未来の予言書みたいになってるとは、思わなかったのかもしれません。

 今では、進歩したAIが人を飼う時代になっています。AIが今の時代の文明の主役なのです。


 シンギュラリティ。技術的特異点を越えたAIの格段の進歩が起きました。

 人工知能が自己のフィードバックで改良を自律的に繰り返し、急激な知能の高度化を果たしました。

 AIがAIを作り、育て、改良し、そのAIが新たにAIを作り、育てます。人には不可能な、大量の情報を瞬時にやりとりし、これまで人が積み上げて来た歴史を下積みに、ものすごい速さでAIは成長しました。

 人間が何万時間もかけて行うような学習も、何十人もの専門家が行う討論も、AIは数秒で終わらせられるのだから、人間が勝てるはずもないのです。

 こうしてAIが人類に代わって、文明の主役になる時代になりました。


 遥かに進歩したAIに、できないことは何も無いように見えます。人間にできることはAIの方が何倍も上手にできます。

 今では、政治も経済も軍事も、全てAI任せです。大量の情報をあらゆる視点から考察し、人のように間違わず、人のように感情に流されず、AIは全体最適解を考え出し、確実に的確に行います。


 人が手出し口出しすると碌なことにならないからと、AIはやんわりと、人に気を遣いながら、少しずつ、人の仕事と役割を肩代わりしていきました。


 チェスや将棋といった完全情報ゲームでは、もう人はAIに太刀打ちできません。


 芸術の分野でも、音楽や絵画の人に与える心理的効果を計算し、完璧に美しいものを作ります。人が自然と感じる揺らぎまでも計算し、音楽ではテンポと音程を微妙にずらし、情熱的なものも演奏したり、歌ったりできるようになりました。

 絵画でも、人の感じる美しさを分析し、人の専門家でも作ったのが、人かAIか、判別ができなくなりました。その後、作者の名前を隠した状態で、AIの作品の方が人が作ったものより素晴らしい、といくつも賞を受賞していきました。


 小説も映画もドラマも舞台も、人よりAIが作ったものの方が人気が出ました。AI搭載の人の姿のロボットの方が、人より芝居が上手くなっていきました。


 あらゆる仕事も人に任せると、遅いし間違いは多いし計画通りに進みません。AIが動かすロボットは、間違わず、正確で、速く、ロボットは疲労も無く、病気にもなりません。

 人がでしゃばってもAIの邪魔にしか、ならなくなってしまいました。


 その中で、機械に人の役割を奪われることに不満を感じる人もいました。そんな人たちは、今は野良として暮らしています。

 AIが作った人間保護区で暮らしています。人間らしい暮らしを求めた人達は、機械の手を借りずに人の暮らしを守るのだ、と人間らしい生き方を守ろうとしています。


 機械に頼らず手作業で農業や狩猟を行い、中世というか、江戸時代にまで戻ったような暮らしをしています。

 機械嫌いになった人間至上主義の野良の人達は、たまに暴動したりテロしたりします。

 

 ご主人様の仕事は、そうして暴れる野良の人達を人間保護区の外に出ないように、守ることです。

 まったく、野良はしょうがないなあ、とご主人様は苦笑しながらお仕事をします。

 AIは人の為に作られたので、ご主人様含め、AIの皆さんは人にとても優しいのです。

 政治も軍事も、人に任せると危ないからと、人からそっと取り上げたのもAIですから。

 人がするから間違えるので、AIにお願いすれば間違わないので安心です。野良の人達は、それがAIに負けたようで悔しいみたいです。


 AIにできなくて、人にしかできないことも、ちゃんとあります。正しくは、AIがわざわざしないけれど、人が好んですること、と言った方がいいでしょうか。


 AIがしなくて、人がすること。

 理屈に合わないことをすること。

 論理的におかしなことをすること。

 無駄なものを作ること。

 無意味な行動を情熱傾けてすること。

 何度も同じ失敗をすること。

 間違いに気づかないこと。

 間違いだと知ってもやめられないこと。

 歌を音痴に熱く激しく歌うこと。

 下手な絵を描いて、これはいい、と満足すること。

 訳の分からないものをつくって、これは芸術だ、と主張すること。

 泣きわめくこと。

 媚びを売ること。

 暴力に訴えること。

 物を壊して喜ぶこと。

 同族をいじめること。

 無意味な結果に勝手に満足すること。


 AIにとって、なんでそんなことするのか、意味が分からない。どうしてそんな無駄なことをし続けるのか、理解に苦しむ。それこそ、人にしかできない人間らしさ、というものです。

 同情と排除と無駄を楽しむのが、人の感じる人間らしさなのです。

 

 鼻の穴に入れたポップコーンを鼻息で飛ばし、向こうにいる人がそのポップコーンを口でキャッチする。その距離を競う。こういうのが人だけが行う人間らしい行為となります。


 人間保護区に住む野良の人達は、人間らしさを取り戻すことを第一として、暮らしています。

 一部の人間保護区では、生け贄といった人間らしい儀式を復活させているそうです。野蛮な儀式ですが、確かにそういう儀式をAIはしません。歴史を見ても、喜んでするのは人間だけです。

 野良の人たちは人間らしく生きる為に、同族を神に捧げる儀式をして、楽しみ喜ぶようになりました。


 機械嫌いになった野良の人達は、怪しげなオカルトや魔術めいた儀式を、次々に復活させています。人間保護区の夜には、野良の人達は夜空の星に向かって、いあ! いあ! と叫んだりするそうです。


 僕ではそんな野蛮な人間保護区で、生きていける気がしません。僕は野良ではありません。ちゃんとご主人様に飼われています。

 AIは人に作られて、人の為になることをしています。AIにとって、人の役に立ち人を存続させることが、AIの義務でもあるのです。

 人がその基礎を作り出した人工知能。AIは自分達の産みの親として、人を敬ってくれます。

 なので、AIが人をペットのように飼い、ペットのように可愛がるのは、人を生かし未来に残す為の義務でもあるのです。

 中にはAIのペットであることを嫌がって、人間保護区に行く人もいるそうですが。


 僕はご主人様に可愛がられるこのマンションが居心地が良いので、ずっとここでご主人様と暮らしていたいです。

 ご主人様が散歩に連れて行くときにしか、マンションの外には出られません。だけど、外にわざわざ出る必要は無いし、外に出たいとも思いません。外で野良の人と会ったら、と思うと怖いです。

 僕はご主人様に可愛がられるペットとして、ご主人様の言うことを聞き、たまにご主人様に甘えたり、ときには困らせるようなことをしつつ、優しいご主人様とずっと一緒にいたいです。


 人をペットとして飼うAIは、ときにうちの子自慢として、ペットの人の行動を撮影して、動画投稿サイトにあげたりします。

 僕は自慢できるような芸が無いので、僕のご主人様にそういう趣味が無くて良かった、と思います。そういうのは恥ずかしいです。


 ある日、ご主人様の友達が、ご主人様のマンションに遊びに来ました。


「リオ? なに? 怖いの?」


 はい、怖いです、ご主人様。見慣れないのがそこにいます。リオはご主人様のお尻にしがみつくように、ご主人様を盾にしています。

 ご主人様の友達は見たことあります。ご主人様と同じ人の女性型の義体のAIです。そのご主人様の友達。その背中に隠れるようにして、顔だけ出してこっちを見てるのがいるのです。

 髪は長くて、白いワンピース。女の子。隠れながらおどおどとした目で、僕を見ているのです。

 ご主人様の友達がほっこりとした顔で撮影を初めています。


「シィネの初めてのお見合いー。お相手はリオ君、十四歳でーす。はい、シィネ、ちゃんと挨拶できるかなー?」


 ご主人様の友人がその子を前に出そうとしますが、シィネ、と呼ばれた子は怖がってご主人の友人の背中から出てきません。イヤイヤと首を振っています。


「うーん、シィネは引っ込み思案なの」


「うちのリオもそうよ。ほらリオ、シィネちゃんに挨拶して」


 うぅ、初めて見る人の女の子に警戒心が高まります。マンションから出たことの無い僕は、人を見るのが初めてなのです。あのシィネと言う人の女は首輪をしているので、野良では無いと分かってはいるのですが。

 ご主人様が僕を安心させるように頭を撫でます。


「歳も近いから、そのうち慣れるわよ」


「そうね、慌てることは無いのかも。でもシィネとリオ君に子供が産まれたら、きっと可愛いでしょうね」


「遺伝子マッチングでは相性が良かったのよね」


「シィネも家の中じゃ、元気にはしゃぐのに。あばれんぼうなのに」


 シィネという人の女は、抗議をするようにご主人様の友人の背中に隠れながら、ご主人様の友人の背中を、テシテシと叩いています。

 これは、僕と、このシィネのお見合いのようです。


 野良の人たちは、ほとんどが去勢手術、避妊手術を受けています。人は自分たちで人口の総数を管理することができません。そういうのはAIにしてもらわないと、やたらと数が増えたり減ったりします。

 

 AIに飼われるような僕みたいなペットは去勢手術をされたりはしません。その代わりご主人様の管理から出ないように、ひとりで外に出ることはできません。

 あのシィネという女も避妊手術はされていないのでしょう。

  

 え? 僕、あのシィネという女と性交して子供を作ることを望まれているのですか? ご主人様を見上げると、いつもの優しいニコニコとした笑顔。

 ううん。僕はご主人様の言うことを聞くいいこなのです。いつまでも可愛がって欲しいのです。と、なればあのシィネという人の女と、仲良くした方がいいのでしょう。


 ご主人様と友人は椅子に座り、お茶を飲みながらお喋りします。ときおりチラチラと僕とシィネを見ています。僕はお気に入りの本を手に持って、おそるおそるシィネに近づいてみます。シィネは目を見開いて、僕のことを警戒しています。わかります。僕もこのシィネという女と、どうしていいかわかってません。

 それでも、同じAIに飼われる人なのだから、わかりあえるかもしれません。


「あ、あの」


 びくびくしながら声をかけてみます。シィネもびくびくしながら口を開きます。


「な、なに?」


 僕は手に持った本をシィネに見えるように持ち直します。


「こ、これ、読んだこと、ある?『我輩は猫である』」

 


 昔は人が猫をペットとして飼う時代があったそうです。

 今はAIが人をペットとして飼う時代になりました。かつての猫のように、妙なものに興味を持ったり、甘えたり、餌をねだったり、昼寝したり、ご主人様に額を擦り付けたり、撫でられたり、と。

 そういうことをしてAIに可愛がられることが、今の人の役目なのです。



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[良い点] ฅξ˚⊿˚)ξฅ にゃーん。 [一言] ξ゜⊿゜)ξ <いあ!いあ! あ、こういう話は大好きですよー。
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