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始まりの聖女  作者: 吉野
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宵闇〜アラタ視点〜


そこから先は空を掴むような、まるで捉え所のない話の連続だった。




まず、俺の傷が塞がっていた理由。


俺達が界とやらを渡る際、神官長が不可思議な『魔力』を検知したと言うのだ。


その『魔力』とやらの源が灯だと認定され、何らかの力でもって傷を塞いだ…らしい。


とはいえ、表面的な傷は消えても失われた大量血液までは戻せなかったらしく、こちらの方法で命は救われたとの事。



現実味の乏しい、よく分からない話だ。


『魔力』と言われてもそんな物、幼い頃祖母に読んでもらったお伽話くらいしか思いつかない。



「先程、アカリ様の側にいた騎士から報告が上がっております。

貴女が頬の傷に触れた瞬間、腫れが引いたのをこの目で見た、と」


灯の傍に立ち、心配そうに見守っている赤毛の男。

彼が騎士なのだろうか。



「どうぞ、鏡にてご確認ください」


渡された手鏡で確認する灯。


男の力で思いきり打たれたのに、確かに頬は腫れても黒ずんでもいなかった。



「…ウソ」


小さく呟く灯の声も、まるで現実が受け入れられないように聞こえる。



「大丈夫か?灯…」


「なんか色々信じられない事ばかりで、少し混乱している。

新は…大丈夫?」



——確かに色々あり過ぎだ。

信じられないような事が。



困惑と不安に揺れる瞳は、おそらくお互い様だろう。




「あの、ノール様が言っていたのですが…私と新の他にこちらへ来た者は居ないけれど、血塗れの右手が1つ転がっていた、と。

それは一体…どういう?」


灯の問いかけに、あぁ、と1つ頷くとオクタヴィア姫は侍女とおぼしき女性に何かを持って来させた。


「こちらが、転送陣の中に紛れ込んでいた物です」



盆のような物の上に無造作に置かれたその「物体」を目にした瞬間、灯の顔が、身体が強張った。



「父、様…母様!イヤァアァァアーッ!」



可能な限り距離を取り、その『光景』から逃れようとするかのように、キツく目を瞑り頭を抱える。



「ぃや…嫌!やめて、イヤァ!」



ひたすらに拒絶する灯の肩に手を伸ばすより早く…隣の男が灯を抱きすくめた。



「アカリ様、大丈夫です。

ここにはあなたを傷つける者も、怖い者もおりません」


「…ホント?」


「えぇ、貴女の事はこの命に代えても私がお守りします」



涙を流しながら恐る恐る顔を上げる灯を、真摯な眼差しで見つめる男。

その眼差しに勇気付けられたのか、灯は震える声で


「…それを片付けて下さい。

捨ててしまっても構わない。

とりあえず目の届かないところへ」


と懇願した。



灯とソレの間に立ち視界を遮っていた彼が、侍女の退出を待って腕を解く。

その事に安心したのか、灯は深々と息を吐き出した。



後に残されたのは、事情のわからないまま青ざめるオクタヴィア姫だ。



「……アレは、両親を殺し俺に重傷を負わせ、妹を汚そうとした奴の利き手だ」


「なんて事!

…知らなかったとはいえ、申し訳ございませんでした」



頭を下げる姫に、何と声をかければ良いのかわからず、気まずい沈黙が訪れる。


けれど、いち早く立て直したのは意外にも灯だった。



「あの、私も不用意に聞いたので…。

大丈夫とはまだ言えないけど、気にしないで下さい」


「アカリ様…」



涙ぐむ姫に、ぎこちない笑みを浮かべて見せ


「とりあえず新と話がしたいんですけど、2人きりにしてもらえませんか?」


とキッパリ告げる。


そんな灯を見つめる騎士の表情に、どこか引っかかる物を感じつつ、それが何かわからないまま、その時は見過ごしてしまった。



***



「…新は異世界召喚とか、どう思う?」


てっきりこちらへ来る直前の話かと思ったが。


あれ程の拒否反応を示した後だ。

灯が話題にしたくないのも当然か、とあえて触れずにおく。



「異世界と言われても、正直実感はわかないな。

彼らの見た目は欧米人のようだろ?

なのに言葉は普通に通じている。

日本語が万国共通とは思えないし…」


「たしかに…。

彼らの口の動きは明らかに日本語のそれじゃないものね。

でも意思の疎通は問題なく出来ている。

それにヴァルドランなんて国、聞いた事わ」



日本が鎖国を解いて70年経つか経たないか。


明治の世になり、急激に欧米の文化を取り入れていった日本は、学問の点においても貪欲に吸収しようと努めた。


大正の世に生まれた俺は軍人として、そして灯も女の身では珍しく教育を施された身だ。


なのに…ヴァルドランという国に、まるで覚えがない。



それは、確かに…彼らの主張が正しいという事に他ならないのかも、しれない。


「とりあえず話を聞いてみない事には、判断できる材料が乏しすぎる」


「そうね…。

国を救ってなんて、あまりに荒唐無稽な話だものね」


「それを言うなら、世界を越えて召喚されたという話だって十分荒唐無稽だ」



ちっとも笑えないのに、妙に大声で笑いたい気分だった。




「ねぇ、新は知っているの?あの…原因を」


何気ない口調だったけれど、灯の声は微かに震えていた。



灯と藤宮の婚姻は、家族も望んではいなかったが断る事の出来ないモノだった。


親子ほど年の離れた、しかもあまり良い評判の聞かない男やもめに嫁ぐなんて。



「…直接の原因は知らん。

知らんが、仮にも軍人が利き手を失う。

それは生活をする上でも、軍人としてもとてつもない損失だ。

ざまぁみろ、だな」



敢えてこちらも平然と答えると、灯は泣き笑いの表情を浮かべた。


「新…」


「辛かったな、灯」



父を、母を、あのような形で失い、俺は文字通り生命の危機を、灯は貞操と身の危険から辛うじて逃げ延びた。


それはある意味「救い」だったのかもしれない。



***



あれから、灯は急速にヴァルドラン国に馴染んでいった。

それは片時もから離れない騎士、ノールの存在も大きかったかもしれない。


灯は雛が最初に見たものを親だと思うようにノールに懐き、彼もまた灯の騎士として献身的に尽くしてくれていた。



そして、ようやく落ち着いた頃合いという事で、俺と灯は国王と面会を果たした。



オクタヴィア姫の父であるラムズ王と、兄ユーグ王子。


そして神官長であるデュランダールという人物から、詳細が語られる。



それは非科学的かつ非現実的で、荒唐無稽な物語だった。


ここは『魔力』という目には見えない力が存在する世界。

この世界の人は、生まれながらに魔力を有しているという。


魔力自体は良いも悪いもないただの力。

しかし負の感情、そして己自身に負けた者は『妖魔』へと堕ちるのだという。


そして妖魔の中でも一際強い魔力を持つ者を『魔王』と呼ぶ。



「魔王はヒトの弱さより生まれし者。

悪しき者、邪な者のなれの果てです。


ヒトは強い、しかし脆い。

我が国では魔王が生まれ出ずるたび、勇者と聖女を召喚してきました」



神官長の説明は続く。


「我が国では、個人の魔力保有量は王族が群を抜いて多いのですが、聖女のそれは王族に勝るとも劣らない。

また聖女には傷や痛みを癒したり、瘴気を払う不思議な力も備わっております」


「勇者は聖女とは反対に、全く魔力を持たない存在です。

魔王には、魔力を持つ者の攻撃が何故か効かない。


それが召喚を行う最大の原因です。

勇者は魔力を持たぬがゆえに、魔王にトドメを刺しうる存在なのです」



聖女と勇者は対になる存在。

高い魔力を有する聖女と、全く魔力を持たない勇者。

共に異世界の存在である事が、魔王を倒す鍵となるという事はわかった。


しかし…。



「生まれ出ずる…たび?」


そんな何度も魔王とやらが出現しているのか?

そして、その度に俺達のように訳もわからず連れてこられた人がいる…?



「記録には150~200年に1度くらいの割合で魔王が誕生しております」



つまり150年に1度、召喚された人がいるという事か。



「最後にもう1つ。

召喚された者の中に魔王討伐を拒否した者、また討伐後、元の世界に戻った者はいるのでしょうか?」


この問いかけに、神官長は王、そして王子と目を見交わした。



「その質問には私からお答えしよう」



口を開いたのはラムズ王だった。


「我々は歴代勇者、並びに聖女に誠心誠意尽くし、懇願してきた。

今まで討伐を拒否されたという記録はない。


また、討伐後元の世界に戻られたという記録もない」



——誠心誠意、ね。


身寄りも知識も住む家も、食べるものさえ不自由するであろうこの国で、帰還さえ困難だとしたら…。


そりゃあ大抵の者にとって、『お願い』とやらを聞く以外の選択肢はないだろう。




「それで、今回私と新…兄が呼ばれたという事は、やはり魔王が?」


初めて口を開いた灯に、皆の視線が集まる。


「えぇ、そうです。

今回魔王は国の北側、隣国との国境付近の森に現れました。」


答えたのはオクタヴィア姫の兄、ユーグ王子だった。



「今回は、市街地ではなく農林部に現れたという点では、被害の拡大はそう大した問題はありません。


しかし問題は国境付近という点。

万が一、被害が隣国側に広がれば…重大な外交問題、ひいては我が国に攻め込まれる要因にもなりかねない」



要は一刻も早く、魔王を討伐して欲しいと。

そういう事か。


「…状況は理解しました」


「どうかお願い致します。

我が国を、民をお救いください」



国王を筆頭に、王子、王女、神官長が一斉に頭を下げた。


一国の上層部が、異世界人とはいえ一般市民に揃って頭を下げる。

本来ならあり得ないであろう事は、理解できる。


それ程の非常事態だ、という事も。


しかし…だからといって、得体の知れない敵とどう戦うのか。

こちらに危険はないのか。

倒すといっても、どのような手段でそれを行うのか。


問題は山積みだった。



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