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始まりの聖女  作者: 吉野
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黄昏〜アカリ視点〜


意に沿わぬ婚姻とはいえ…家が、親が決めた縁談に娘が異を唱える事の出来なかった時代。


どんな年上の相手でも、あるいは寡夫でも、決まってしまえば大人しく嫁ぐしかなかった。


たとえ、それが親の仇であったとしても…。


そういう意味では、この世界へ逃れる事が出来たのは僥倖というより他はない。


なんせ私の許嫁は、両親を殺し、兄に瀕死の重傷を負わせ、その血に塗れた手で私を犯そうとしたのだから。




その日は雷が鳴り響き、時折雨が強く叩きつける嵐の1日だった。


父の同僚で、私の許嫁でもある藤宮様がうちへお越しになったのは、夜もだいぶ更けた頃。


といってもその時、私は2階にある自室にいてその来訪は知らなかったのだけど。



階下の異変に気付いたのは、雷とは違う物音が聞こえたから。


何がが倒れるような音と…聞き違いでなければ母の叫び声?



慌てて自室を飛び出し、階段を駆け下りた私が目にしたもの。


それは既に事切れた両親と、血溜まりの中に倒れている兄・新。

そして血まみれの剣を片手に佇む藤宮様の姿だった。



「藤宮…様?」


「…あか、り、逃げ…ろ」



震える声で問う私の声に、掠れた新の声が重なる。


そんな新を足蹴にすると、藤宮様はツカツカと私に近づき、冷たい目で見下ろす。



震える私の前に立ち、無言のまま血塗れの手でブラウスを引き裂いた。

ボタンがいくつも弾け飛び、下着が露わになる。


思わず悲鳴をあげ、身を捩った私の頬を力任せに打つと、藤宮様は私を冷たく固い床の上に押し倒した。



「いやっ!」


私の上に馬乗りになった藤宮様を、渾身の力で突き飛ばし、新の方へ這って逃げる。

新もまた、私の方へ懸命に手を伸ばしていた。



「御剣の娘、両親と死にゆく兄の前で穢してくれるわ」


甲高い声で笑いながら告げる藤宮様の手が、私の足首を捕らえる寸前、新の手に指が届き…。



そして、眩い光が私達を包んだ。



***



目も眩むような光に包まれ、一時的に意識を失っていたようだ。



目が覚めた時には、固く冷たい床ではなく温かく柔らかい寝具に横たえられていた。


咄嗟に衣服を改めるが、血に塗れた衣類も清潔なものに替えられている。



「っ!…新⁈」


ガバリと身を起こすと視界が揺れた。



「大丈夫ですか?

まだ無理をなさってはいけません」


優しい手が背中を支えてくれる。

その手に思わず縋り付いた。



「新は?兄は……」


言いかけて、相手の面体に思わず口を噤む。


そこに居たのは赤毛に碧眼の美丈夫。

そんな彼が、心配そうな面持ちで私の背を支えてくれていた。



「あの方は兄上でしたか…。

貴女と一緒に「呼ばれた」若い男性でしたら、酷い出血で一時は危ない状態でした。

が、現在は治療を受け別室で休んでおられます」


背にかけられた柔らかい布と告げられた内容に、ホッと息を吐きかけ…直前に起こった惨劇を思い出す。



「ここは、どこですか?

藤宮…いえ、40過ぎの背の高い口髭の男性は一緒でしたか?」




もしあの男が一緒ならば…。


あの冷たい眼差しと受けた暴力を思い出し、えも言われぬ恐怖に全身が震える。

彼に打たれた頬に手を当てると、多少腫れてはいたものの、内側が少し痛む程度だった。



私が頬に手を当て、その手を離した瞬間…男性は驚愕の表情を浮かべた。


けれど、瞬時に表情を取り繕い質問に答えた。



「ご質問の答えですが、貴女とよく似た若い男性の他には、呼ばれて来た者はおりません。

あぁ…でも血塗れの右手が1つ、転がっておりましたね。


そして、ここが何処かというご質問の答えですが、それは後ほど別の者が改めてお答えさせていただきます。


けれど、我々は貴女方を害するつもりも不当に扱うつもりもございません。

それだけはどうか、ご承知おき下さい」



…少なくとも、新を傷付け私に無体を働こうとした藤宮は居ない。


その事実に、ようやく安堵のため息が漏れた。



「申し遅れました。

私、ノール・ラグナ・ドラグナイトと申します」


「のー、らぐな…?」


「ノール、とお呼びください。

そして、まずはゆっくりお休み下さい。

まだお顔の色が優れません。


この部屋には誰も近づけさせませんので、ご安心を」



不思議なものでそう言われた途端、強張っていた体から力が抜け、鉛のように重たくなった。


ほとんど倒れこむように力を失った私を支え、布団をかけ直してくれた彼が部屋から出ていくのを、視界の隅で捉えたけれど目を瞑ると同時に意識が飛んだ。



***



次に目が覚めた時、室内に人の気配はなかった。


鉛のように重たく感じた身体はすっきりと軽く、気持ちよく起き上がる事ができた。



「…あの、誰かいませんか?」


羽のように軽い寝具から抜け出し、裸足のまま部屋を横切り重そうな扉を開けてみる。



そこには先程、話をした男性——ノール様が立っていた。


扉の隙間から顔を覗かせた私に驚いたような顔をしつつ


「如何されましたか?」


あくまで丁重に接してくれる様子に、少しだけ緊張しながら兄の居場所を聞いてみる。




「兄は…ここに一緒に連れてこられた男性に会いたいのですが、どこにいるのでしょう?」


「…ご案内したいのはやまやまですが、その前にお着替えをされては?

そのような薄着では…」



顔を赤くし、目を逸らしながら言う様子に、ふと姿を確認し…。



「っ!」


すんでのところで悲鳴を飲み込んだ。



「し、失礼致しました。

はしたない姿をお目にかけ、申し訳ございません!」


くるりと踵を返し、慌てて部屋に飛び込む。



室内に据え付けられた鏡に映ったのは、光沢を帯びた絹のようにしなやかな…体の線のわかる薄物1枚を纏った若い女性。


…つまり、私だ。


羞恥のあまり顔どころか、首筋まで真っ赤に染まる。



——こんな姿で人前に出た、だなんて!




ハイカラな両親のおかげで洋装に慣れていたせいもあって、用意されていたシンプルなドレスに着替える事は出来た。


それよりも…先程の醜態について、気持ちを立て直すのに時間がかかってしまったのは、仕方のない事だと思う。




遠慮がちに叩かれた扉の音と


「入ってもよろしいでしょうか?」


心配そうな声に、ハッと我に帰る。



「はい、大丈夫です!」


と答えると同時に、畳んでおいた薄物を枕の下に隠す。


けれど躊躇いがちに入室してきたのは、見知らぬ女性だった。



金色の艶やかな髪を複雑な形に編み込み、深い海のような瞳を持つ、まるでフランス人形のように美しい女性。



「お加減はもうよろしくて?」


声まで鈴を転がすよう。



「…っ、はい。おかげさまで」


つい見とれて、慌てて返事をするとニッコリ笑われた。



「そんなに緊張しないで下さい、アカリ様」


「どうして…名前を」



初対面の筈なのに。



「アラタ様からお聞きしましたの。

アカリ様の事を酷く案じておられました」


「新は、兄は話ができる状態なのですか?」



パッと見ただけだったから、傷の程度までは分からないけれど、ノール様は出血多量で一時は危なかったと言っていた。


「えぇ、今は大分落ち着いておられます。

ご案内いたしますわ」



案内された部屋の中に入ると、そこにはまだ少し顔色の悪い新が横になっていた。



「あらた…?」


「あかり!大丈夫だったか?怪我は?」


体を起こそうとする新を必死に止める。

けれど、止めるまでもなく苦痛に呻いた新が体を起こす事は出来なかった。



「私は大丈夫!

それより新は?傷は?」


身体の脇に置かれていた椅子に腰を下ろし、新を見つめる。


「それなんだが…傷が何処にも無いんだ。

血が大量に流れたので、一時は危なかったらしい。

斬られた感触も痛みすら、生々しく残っているのに…」


困惑気味に眉を顰める新が嘘を言っているとは思えない…。


けれど、出血多量で危なかったと聞いたのに傷がないなんて、どういう事?



「それについては、あくまで仮説ではありますが私の方からお話をさせていただきたいと思います」


扉のところで控えていた女性が、申し訳なさそうに口を開いた。



「ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。

私、ヴァルドラン国第1王女オクタヴィア・エル・ヴァルドラと申します。


父である国王より、あなた方のお世話を申しつかりました。

何なりとお申し付け下さい」



——ヴァルドラン国…?


聞いた事のない名前に、新と顔を見合わせる。



「我が国をご存知ないのも無理はありません。

ここはあなた方が暮らしていた世界ではありませんもの」


「…?」


「あなた方は界を飛び越え、異世界(こちら)へ召喚されたのです」



——異世界、召喚?



聞いた事のない単語に理解が追いつかない。



「界を超えて、呼び出された?

我々が?何のために…」


呆然と呟く新に、オクタヴィア姫は大きく頷き


「あなた方をお呼びした目的につきましては、いずれ国王よりお話があるかと思いますが」


そこで言葉を切ると、オクタヴィア姫は跪き両手を組んで私達を見つめた。



「どうかお願いです。

アラタ様、アカリ様、我がヴァルドラン国をお救い下さいませ」


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