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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第一章 運命の月曜日
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運命の月曜日7

 自宅へ戻る途中の道も、酷いところはアスファルトに亀裂が入っていたり、民家の瓦屋根が崩れていたりして、地震の被害の大きさを物語っていた。勇哉は雄一や透と共にしばらく歩いていたが、三人はお互いにほとんど口を開くことはなかった。

 勇哉は校舎時計や自分の携帯の時計が止まったままであることを知り、他の人の携帯もそうなのか確認して回った。すると、やはりというべきかまさかというべきか、それはどれも勇哉のものと同じ状態になっていた。


 偶然にしてもありえない。単に機械が故障したのだとしても、それぞれの持っている時計のすべてが、同じ時間で止まるなんてことがあるのだろうか。

 なにか尋常でないことが起きている。先生たちがいなくなったことといい、時計のことといい、とにかく状況は不気味で奇妙だった。けれど、ひとまずは帰宅することが先決だった。このわけのわからない状況のことは置いておいて、とりあえずそれぞれ帰宅しようということになった。


 歩いている間、勇哉はわけがわからないなりに、今の状況のことを考えていた。きっとこれには理由があるのに違いない。こんなわけのわからない状況にも、なにか説明のつくわけがあるはずだ。今はなにもわからなくても、きっとそのうちそれも見えてくるに違いない。勇哉は得体の知れぬ不安を、そう考えることで押さえ込んでいた。


 やがて雄一や透とも別れ、勇哉は一人になった。一人になったことにより、それまでどこかでおかしいと感じながらも、そのままやり過ごしてきたことに向き合うことになった。勇哉はそのあまりの孤独感に、身が押しつぶされそうな気がした。


(なんで。どうしてだよ)


 勇哉は歩き慣れたはずの道を歩いているはずなのに、まるでそこが別の世界であるかのように感じていた。それは、地震による被害の光景のせいばかりではない。それよりも、勇哉はこういう状況で、当然あるべき光景がないことを訝しんだ。


 町に、人の気配がまるでしなかった。普通こんなとき、誰もが大騒ぎして屋外に出てきているものだろう。そうでなくとも、人の声くらいは外に聞こえてきてもおかしくはない。それなのに、勇哉の通る道沿いの家々はあまりに静かだった。

 道路に置き去りにされている車の中にも、誰一人として人の姿がなかった。危険だと判断して、徒歩で逃げたのだろうか。不安と焦燥感が、一歩進むごとに増していく。不気味な得体の知れないなにかが、勇哉をからめとっていく。


 携帯は相変わらず圏外のままだった。通信障害でもおこしているのだろうか。家に通話を試みたが、やはりそれは通じることはなかった。LINEやメールもまた、送ることはできなかった。こういうときのために、災害用伝言板というサービスもあるらしいが、勇哉の携帯からはそれさえも使うことはできなかった。


 時間的に考えて、仕事に出ている両親はまだ家に帰ってきてはいないだろうが、先に家の状況だけでも確認しておかなくてはいけない。両親だって、そのうちに帰ってくるはずだ。連絡が取れない今、自宅が無事ならば、そこで家族を待って再会するのが、確率としては一番いい方法だろう。とりあえず、我が家が無事であることを願って勇哉は歩き続けた。


 そうして、ようやく家にたどり着いた。家はぱっと見、それほど変化したところはなさそうに見える。が、それも外観だけのものだろう。きっと家の中はぐちゃぐちゃのはずだ。


 勇哉は、隣に建つ石垣家にも目を向けた。優里はすでに家に帰ってきているのだろうか。あの地震を、どこで体験したのだろう。

 しかし、きっと彼女は無事なはずだ。そう自分自身に言い聞かせながら、勇哉は先に隣家のインターホンに手を伸ばした。しばらく反応を待ってみるが、なにも反応はない。


 まだ帰ってきていないのだろうか。もしかすると、優里のことだから、どこかに寄り道でもしているのかもしれない。

 そのとき勇哉の中で、ある恐ろしい考えが生まれた。胃の底の辺りに沸いてきたそれをぐっと押さえつけるようにしながら、勇哉はその場を離れた。そして逃げ込むように、自宅の門を開けて中に入っていった。


 しかしそこで目にしたものは、やはりいつもとは違う我が家の姿だった。母親の趣味である花のプランターは倒れ、植木鉢は割れていた。恐る恐る自宅の鍵を開け、玄関扉を開いてみると、そこもまた酷く散らかっていた。


 あの地震は実際にあったことなのだ。そんなことをあらためて思った。

 一応自宅のスリッパに履き替えてから、家の中に入っていく。リビングのテレビは倒れていた。食器棚に入っていた皿や茶碗は棚から飛び出し、その多くが割れてしまっていた。


 しかし、散らかっているとはいえ、我が家に戻ってきたという安心感が勇哉の胸に広がった。勇哉はたまらず、そこにあったソファにどっと身を横たえる。


 勇哉は学校で地震にあった瞬間から今まで、ずっと生きた心地がしなかった。絶え間なく続く緊張と不安。混乱と焦燥で心が破裂しそうだった。

 とにかく少しだけでもいい。休みたい。勇哉はそう思った。しなくてはいけないことはたくさんあるのに違いないが、それよりも今はただ、目を閉じていたかった。

 なにも考えたくなかった。


 今はただ……。






 勇哉が再び気がついたとき、辺りは薄暗かったがまだ夜ではなかった。ソファから身を起こして周囲に視線を走らせる。やはりそこは酷い惨状を呈したままで、今までのことが夢ではなかったことを知った。

 なにげなくリビングにある壁掛け時計に目をやり、それが四時二十九分を差したままで止まっていることに目を瞠った。


(うちの時計まで壊れてる? そんな偶然ってあるのかよ)


 勇哉は一度、家中にある時計のすべてを見て回った。しかし、その時計のどれもが同じように同じ時刻で止まっていた。


 四時二十九分。

 ぞっと背筋が粟だった。


 ありえない。こんなことはありえない。

 今の本当の時間はいったい何時なのだろう。もしかしたら、これらの時計は間違っているわけではなくて、自分のほうが間違っているのだろうか。自分が見たと思っていたのは、すべて間違いだったんじゃないだろうか。


 勇哉はその考えを、希望的観測であることを自覚していた。間違いだったなら、どんなにいいだろう。あの地震をなかったことにできたなら、どんなにいいだろう。

 自分の部屋のベッドでいつも使っている目覚まし時計を手に持ちながら、勇哉はそれを思った。そしてわけもなく、目頭が熱くなった。


「なんなんだよ。いったいなにが起きているんだよ……」


 自分の声が酷く乾いていることに、勇哉はそのとき初めて気がついた。






 夜がやってきた。それまでに、家に誰かが帰ってくる気配はなかった。

 勇哉は自分の部屋のベッドの上で、呆然と時を過ごしていた。部屋が暗くなり、電気をつけなければいけないと、起きあがって入り口のところにあるスイッチを触ったが、部屋が明るくなることはなかった。


 電気が止まっている。それはつまり、夜は暗闇のままで過ごさなければならないということだ。この不安な状況で、それを経験しなければならないということに勇哉は愕然とした。

 勇哉は自分がそれほど臆病だというつもりはなかったが、こんなときに一人でいることが、どうしようもなく恐ろしかった。


 携帯も通じない。電気も使えない。人の気配さえ感じられない。

 まるで、自分一人だけを残して、世界が死に絶えてしまったようではないか。


 勇哉はあのときのことを思い出していた。大きな雷鳴が轟き、激しい地震が辺りを襲った。あのとき、なにか異常なことが起こったのだ。地震や雷、それ事態は決して珍しい現象ではない。あれほどの大きなものはあまりないことだろうが、それは起こるべくして起きたもので、決してありえないことではなかった。


 けれど、今のこの状況はあきらかに異常だ。なにかが大きく間違っている。そのなにかがなんなのかはよくわからないけれど、とにかく普通ではない。

 こんな普通ではない状況を作り出した原因は、きっとあの地震にある。そして地震のさなか、なにか異常なことが起きてはいなかっただろうか。


 それは、あの耳鳴りのような音のことだ。あのとき、あの瞬間に、それは勇哉の耳にも聞こえていた。あの地震やそのあとに見たわけのわからない状況のことで忘れていたが、あれはいったいなんだったのだろう。

 あの音を、あそこにいた他の生徒たちも聞いていたのだろうか。みなが聞いていたのだとしたら、それは勇哉の耳鳴りなどではない。


 明日になったら、そのことを誰かに訊いてみよう。少なくとも、今日校庭にいた生徒たちには会おうと思えば会えるはずだ。

 けれど、まだ希望は捨てたわけではない。きっと両親はこの家に帰ってくるはずだ。

 そう考えながらも、勇哉は明日にはこの家を出ていくことになるような気がしていた。


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