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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
終章 輝ける明日へ
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輝ける明日へ3

 教室内はクラスメイトがまだまばらにしか登校してきていないせいで、いつもよりがらんとして見えた。そんな中、勇哉は自分の席に座り、あのときのことを思い出していた。




 あのとき勇哉は学校の屋上で、透を抱きすくめたまま倒れていた。そして、彼の手からスタンガンが離れて落ちているのを、転がっている懐中電灯の光の中で見た。

 勇哉の腕の中で、透は子供のように泣いていた。勇哉自身も泣いていた。


「透。ずっとつらい思いをさせてきて、ごめんな。俺は本当に馬鹿で、どうしようもない。そんな俺を友達だなんて、もう思えないかもしれない……。だけど、それでも俺はお前のことをかけがえのない友人だと思っている。だから透。もう帰ろうぜ。俺をどれだけ殴っても、なんなら蹴り飛ばしたっていいからさ。一緒に、あの世界に帰ろうぜ……」


 透はずっと泣き続けたままだった。けれど、勇哉は彼が、自分の腕の中でかすかにうなずいた気配を感じていた。

 そのときだった。ついていた膝頭がかすかに揺らいでいるような感覚がし、それは次第に体全体に伝わってきた。それはすぐに辺り全体を覆い、屋上にいるみながそれに気づいた。


「地震だ!」雄一が叫び、みなそれに注目した。


「もしかして、これで元の世界に……?」


「そうか! 来たときも地震がきっかけだった。帰るときも同じなのかもしれない!」


「景子! 清川さんと吉沢さんの手の紐をはずすの、手伝って!」


 さえが景子を振り返るとそう言った。他のみなも口々に叫んで、揺れをものともせず、自分のできることをしていた。


「校庭だ! 来たときと同じ状況にするなら、校庭に行かないと!」


「そうだ。土居と山本もまだ陸上部の部室にいるはずだ! あいつらもほっとくわけにはいかない」佐々嶋がそんなことを口にした。


「みんな! 校庭に向かうぞ!」


 雄一がみなを促し、みなそれに従った。揺れが激しくなる前に校庭にたどり着かねば、間に合わないかもしれない。

 勇哉は透に肩を貸す形で、そこから立ちあがらせた。透は俯いたままだったが、勇哉は構わず彼を連れて走った。雄一もそれを手伝うように勇哉の反対側に回り、透の腕を自分の肩につかまらせた。

 揺れが序々に激しさを増すなか、みな階段をバタバタと駆け下りていった。非常ベルはいつの間にか止まっていた。暗闇の中、全員が必死だった。必死に元の世界へ帰ろうと走っていた。


 校庭にたどり着くと、佐々嶋が陸上部の部室から土居と山本を連れ出していた。しばらくして揺れは一層激しくなり、その場に立っていられないほどの状態になっていた。


 そして、あのキーンという耳鳴りのような音が、勇哉の耳に聞こえてきた。揺れはやがて最高潮に達し、辺りは怒号や悲鳴に包まれた。勇哉は必死に揺れに耐えながら、つぶやいていた。


「みんなで元の世界に帰るんだ……っ! 絶対に……っ!」




 みな元の世界に戻れたはずだった。けれど、学校が再会して数日が経った今も、教室内に透の姿はなかった。

 あの世界にいたメンバーの中で、佐々嶋や土居、山本もまだ登校してきてはいなかったが、彼らの場合はいつものことでもある。そのうちにひょっこりと顔を出し、何事もなかったかのように不遜に振る舞うのだろう。


 その他のメンバーの姿は、学校が始まってすぐに目にすることができた。顔を合わせたときにはいろいろと話をしたりして、以前よりも確実にお互いの絆は深まっていた。

 しかし透だけは、まだ姿を見せない。戻ってきていることは確かなようだが、やはり勇哉と会いたくはないようだった。

 透の家へは、あれから雄一と一緒に何度か訪問もしたが、彼が顔を見せることはなかった。携帯でも何度も連絡を取ろうと試みたが、彼から返事がくることはなかった。


 けれど、勇哉はあきらめたくなかった。透の苦しみを知った今、それを放っておくことなどできるはずがなかった。透はあのとき、勇哉の言葉にかすかにうなずいたのだ。そしてみな、元の世界へと戻ることができた。

 それはきっと、透の心が復讐という暗い感情から抜け出すことができたからなのではないか。その暗い檻から、一歩足を踏み出すことを望んだからなのではないだろうか。

 透の心に巣くったどろりとした黒い感情は、そう簡単にぬぐい去れるものではないのかもしれない。特に勇哉には関わりたくはないのかもしれない。


 けれど、それでも勇哉は、もう一度彼とやり直したかった。今度こそ本当の友達になりたいと思っていた。それはかなわない願いなのかもしれない。あんなことがあった今、透のことはそっとしておいたほうがいいのかもしれない。

 それでも、勇哉はそこに一縷の希望を見いだそうとあがいていた。


「勇哉。このあとまた行くんだろ?」


 放課後、部活はまだ再開していなかったが、勇哉と雄一はサッカーゴール前で佇んでいた。なんとなく体がこの場所に戻ってきてしまう自分が、なんだかおかしかった。


「行くよ。あいつをまたここに引っ張り出してこないと、なんだか元の世界に戻ってきたような気がしないんだ」


「そうだな。あいつがいないとなんにも始まらないし、終わらない。僕もそう思う」


 そのとき、部室棟の陰に、一個のサッカーボールが落ちていることに勇哉は気がついた。


「……おい。ボールが落ちてる」


 勇哉はそう言ってそのボールを拾いにいった。雄一も後ろからそれについてきていた。


「これ、もしかすると、この前透がなくしたって言ってたボールじゃないのか?」


「ああ。僕も今それを考えていたところだ。もしかすると屋根かどこかに引っかかっていたやつが、地震で落ちてきたのかもしれないな」


 勇哉は思わず雄一と顔を見合わせた。


「なあ。これ、あいつに教えないわけにはいかないよな?」


「そうだ。これをあいつに渡して、あいつ自身の手で責任持って先生に返させよう」


 勇哉はそのとき、一筋の希望の光をそのサッカーボールに見いだしていた。


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