輝ける明日へ2
学校が再開してすぐに、千絵は直とともに部室に足を運んでいた。部室の中は地震の後片付けもされていて、さっぱりと小綺麗なくらいだった。
「あの世界で描いていた絵は、ここには残っていないみたいだね」
直が棚の上に、自分の持ってきていた真っ白いキャンバスを見つけて言った。千絵も同じ棚に自分の絵を見つけた。そして、そこにあった絵が、地震が起きる前の元の状態に戻っているのを見て、ため息をついた。
「またやり直しだね。でも仕方ないよね」
「うん。でも、なんだかそのほうがよかったような気がする」
その言葉に、千絵は不思議に思って直のほうを見た。
「あの世界で描きかけていた絵は、いろんな迷いや苦しみがそこに表れていた。そんなものしか描けそうになかった。だけど今は、もっと違ったものが描けそうな気がするの」
直の視線の先にある真っ白いキャンバスは、とてもまぶしく光って見えた。そこにはなにが描かれるのだろう。彼女の目には、なにが映っているのだろう。
「千絵ちゃん。こっちの世界に戻ってきてからわたし、ちょっといいことがあったの」
「いいこと?」
「うん。わたし、両親が離婚したって話をしたでしょう?」
千絵は一瞬どきりとした。直は話を続ける。
「でも、あの地震があって、二人とも必死でわたしのことを捜してくれていたみたい。病院で二人で付き添ってくれていた姿を見て、わたし、とても嬉しかった。離婚はしてしまったけれど、二人がわたしの両親であることには変わりない。そう思えるようになって、少しだけ楽になれたような気がするの」
「そうだったんだ」
千絵はほっと息をついた。地震のことは決して喜べることではなかったが、それによって直の家族は少し良い方向に向かえたのかもしれない。
「こんなふうに思えるようになったのは、千絵ちゃんのおかげでもあるんだよ」
直はそう言うと、千絵のほうを振り返った。そこにはすっきりとした笑顔が浮かんでいる。
「え? わたしの?」
「そう。千絵ちゃんはあのとき、宮島くんから逃げようとしなかった。必死にどうにかしてわたしを護ろうとしてくれた。わたしはそれに勇気づけられたの。どんな困難にも負けちゃいけないんだって」
千絵は直の言葉が信じられない気持ちだった。いつだって助けられてきたのは、千絵のほうだった。自分は直のお荷物になっているかもしれないとさえ思ってきたのだ。それが、こんなふうに言ってもらえる日がくるとは、思いもよらなかった。
「ありがとう。千絵ちゃん」
「ううん。そんな、お礼なんて言われるようなこと、わたしはなにも……。ただ、あのときは必死で。それに、結局わたしにはどうすることもできなかったわけだし……」
千絵が焦ったようにそう言うと、直が近づいてきて千絵の手を取った。
「そんなことない。わたし、あの世界で千絵ちゃんがいなかったらどうなっていたことか。千絵ちゃんの存在に助けられているのは、本当はわたしのほうなんだよ。だから、ちゃんとお礼、言わせて」
「直ちゃん……」
「千絵ちゃん。本当にいつもありがとう」
直のその眩しい笑顔に、千絵は涙がこぼれそうになっていた。