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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
終章 輝ける明日へ
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輝ける明日へ1

 亜美は、病院のベッドの上で目が覚めた。

 しばらくの間、目の前に映る白い天井が学校の保健室でないことを、感慨深く見つめていた。

 あれは夢だったのだろうか。それとも、ここにいることのほうが夢なのだろうか。


「亜美ちゃん?」


 亜美の母親が、ベッドの脇で驚いたような顔をしていた。その懐かしい顔を見て、亜美はこれが夢ではないことを実感した。






 自分たちのことは、奇跡の生還を遂げた中学生たちということで、連日のようにテレビのニュースやワイドショーなどに取りあげられていた。あの地震があってからの時間の流れは、向こうの世界とこちらの世界はやはり同じだったようで、自分たちの存在はその間、この世界では忽然と姿を消していたことになっていたようだった。


 地震の際に行方不明になったまま、なんの手がかりもないということで、日が経つにつれ、関係者の間では死んでしまったのではないかという噂もされていたらしい。

 それが忽然と土曜日になって姿を現したのだ。その生還劇は不思議としか言いようがなく、まるで全員が神隠しにあったようだということで、マスコミも騒いでいた。当の本人たちもどこにいたということははっきりと言えるはずもなく、みなテレビのインタビューでは曖昧に答えていた。


 不思議だったことは、みな発見されたときの服装が制服のままだったことだ。そして、学校に置いたままだったはずの生活用品なども、そこには残されてなかった。向こうで生活していた痕跡は、こちらの世界には残っていないようだった。あちらの世界で起きたことは、こちらの世界にはまったく影響を及ぼすことはなかったらしい。


 あの世界であったことはすべてにおいてリアルで、現実と変わらなかった。けれど、こちらの世界であちらの世界の痕跡を見つけることはできなかった。ほとんど状況などは変わらないが、やはりこの世界とあの世界はまったく違うものだったのだ。


 地震の爪痕はまだ深く、町には震災で倒れた建造物などのがれきがあふれ、火災の被害のあともなまなましく残っていた。避難所には家に帰れない人たちがたくさんいて、支援物資も満足に行き渡っているとは言い難かった。幸い亜美の家はそこまでの被害はこうむってはおらず、自宅で生活を送れてはいたが、それでも日常の生活に支障をきたすようなことがたびたびあり、普通の生活に戻るのには、まだまだ当分時間がかかりそうだった。


 しかし、それでも復興は少しずつ始まっていた。学校は被害の少なかった地域から再開し始めるようで、亜美たちの通うM市立第三中学校も、震災から二週間を経た来週には再開するらしい。今は先生や親たちを中心として、学校を復旧させるために必死に片付けをしているようだった。


 元の世界に戻ってから数日後、亜美はさえ先輩と景子先輩に会うことになっていた。亜美が景子先輩の家を訪問すると、先輩たち二人が玄関先まで出迎えてくれた。


「おう。亜美。元気だったか?」


「はい。一応なんとか生きてます」


「なんか、すごい久しぶりな感じだね」


 さえ先輩の言うとおり、あれからほんの数日しか経っていないはずなのに、こうして会うのはとても久しぶりのことのように思えた。リビングに通されると、みなでお互いの近況を報告しあった。そしてそれがひととおり済むと、話はあの世界のことに及んでいった。


「ニュースとかで見たけど、全員こっちの世界に無事戻れたみたいだね」


「そうみたいですね。それを知ってわたしも安心しました」


「来週から学校再開するみたいだけど、みんな出てこられるといいわね」


 さえ先輩がそう言ったことに、亜美は少し胸が切なくなった。

 思い出したのは、あの屋上での出来事だった。宮島先輩は今ごろどうしているのだろう。あんなふうに苦しみ、友人を恨むようになってしまった彼の心を思うと、亜美はたまらない気持ちになった。鷹野先輩は、あの世界を作ったのは彼自身だと言っていた。もしそうだとするなら、そんな世界を作り出してしまうほどに、彼は苦しんでいたのだ。


 あの世界のことを思い出すのはとても恐ろしい。けれど、そこには深い悲しみや思いがあり、亜美はそれを考えることを止めることができなかった。


「そういえば、あのスタンガンのことなんですけど……」


 亜美がふと思い出したようにそう言うと、さえ先輩は少し表情を陰らせた。


「そうね。景子には少しだけ事情を話したことがあったんだけど、亜美にもちゃんとそのことを話しておこうって思って。今日はそのためにここに来てもらったの」


 さえ先輩はそう言って、悲しげに微笑んだ。亜美はそれを見て、ぐっと胸が詰まった。彼女はきっとなにかを決意したのだ。一歩前へと進む、その決意を。


「二年前、一年三組の生徒だったわたしは、女子バレー部の顧問もしていた担任の遠藤先生に、始めとても気に入られていて、ひいきされていたの。あの先生は気に入った生徒にはとても熱心だったけど、そうでない生徒はまるで相手にしない、そういう先生だった。だけど馬鹿だったわたしは、そんなふうにひいきされることに、とても快感を覚えていた。いい気になって、先生に取り入っていた。そんなある日のことだった。休みの日にわたし、遠藤先生の家に誘われたの。先生は独身で、アパートから学校へと通っていた。そんな住み家も気になったわたしは、疑うことを知らずに、一人でのこのこと先生の自宅アパートへといってしまった」


 景子先輩が、その続きを聞くのがつらいとでも言うように顔を俯けた。亜美はぎゅっと下唇を噛み、続きの言葉を待った。


「先生の自宅で、最初はお菓子を食べたりおしゃべりをしたりして、楽しく過ごしていた。だけどそのうちに、先生が写真を撮ろうって言い出したの。最初は普通のスナップ写真みたいな感じだったんだけど、そのうち先生の目つきが変わっていって……」


 さえ先輩も苦しそうだった。こんなことは誰にも言いたくはないはずだ。けれどもそれを話す決意をしたのは、彼女なりのけじめなのだ。あの世界でさえ先輩がしたことへの。


「先生は写真家になるのが夢だったとかそんなこと言ってて、わたしのことをモデルにして撮りたいからって言って。わたしもそのときはそれを鵜呑みにして、言われるままいろんなポーズを取ってたりした。

でもそのうち服を脱ぐことを強要されて……」


「さえ……。もういい。もういいよ。もう、言いたくないだろう?」


 たまらず景子先輩がそう言ったが、さえ先輩は首を縦に振らなかった。


「駄目。ちゃんと聞いてもらうって決めたんだから。そうしないと、わたしは前に進んでいけないの。これからわたしは、いろんなことを償っていかなくちゃいけないんだから」


 さえ先輩のその言葉を聞いた景子先輩は、それ以上なにも言わずに口をつぐんだ。さえ先輩はそれを見

て、呼吸を一度整えてから言葉を続けた。


「写真を何枚も撮られたあと、先生はわたしに近づいてきた。そして先生に体を触られて、ようやく自分の身になにが起こっているかに気づいた。わたしがそれを拒絶すると、あの人はこう言ったの。『写真がばらまかれてもいいのか?』って」


 亜美はそれを聞いて怒りに震えた。なんて汚い、酷い大人なんだろう。なにも知らない純粋無垢な少女に、なんて酷いことをするのだろう。


「結局隣のアパートの住人が帰ってきた音がして、その日は解放されたけれど、それからも脅されて何度か写真を撮らされた。体に触られそうになると、わたしはすぐに服を着て外に飛び出して逃げていた。だけど、いつかあいつにやられる日が来ると、わたしは毎日戦々恐々と怯えていた。そんなころよ。佐々嶋くんが学級崩壊を企てるようになったのは。わたしは彼の企てに心から賛同した。遠藤を辞めさせることができれば、この恐怖から解放されるんだって」


 さえ先輩にとっては、佐々嶋が救世主のように思えたことだろう。佐々嶋のやろうとしていることに全面的に協力しよう。そう考えたとしても無理はない。


「そしてわたしは水野くんのいじめに加担した。いじめが悪いことだっていう認識はあったけど、目的のためには仕方ない。そう思っていた。それはとんでもない間違いだったのだけど」


 さえ先輩は眉間に皺を寄せ、視線を下に落としていた。その長いまつげの奥にある瞳に浮かんでいるのは、深い後悔の色だった。


「幸いというべきか、佐々嶋くんの企てが功を奏し、そのことで、遠藤はわたしのことどころじゃなくなったようだった。呼び出されることもなくなって、わたしはほっとしていた。遠藤も学校を休みがちになっていて、辞めるのも時間の問題だった。だけど、それでも安心はできなかった。またいつ遠藤が復活するかわからない。どこかで襲われないとも限らない。そこでわたしは思いついたの。スタンガンを持ち歩こうって。貯めていたお年玉を使って、ネットでそれを取り寄せた。それを持つことで、わたしはようやく心の安寧を取り戻すことができたの」


「そう、だったんですか……」


 亜美はその話を聞いてようやく納得した。そして、今度は景子先輩がしゃべり始めた。


「さえの様子がおかしくなっていたことに気づいたあたしは、さえに事情を問い糾していた。さえはなかなか口を割らなかったけど、そのうちに正直に話をしてくれた。あたしは遠藤を殺してやりたいほど憎く思ったよ。そして、どうにかしてさえの写真を取りあげなくちゃいけないと思った。そこであたしは佐々嶋に協力を仰いだ。あいつは自分の正義に基づくことなら、どんな労もいとわないところがあるみたいで、佐々嶋もそれには素直に応じてくれたんだ。そしてあたしたちは写真を取り返すことに成功した。本当なら警察に捕まっても仕方ないはずの最低男だったけど、さえの外聞のこともあるし、やつが学校を辞めて、今後もさえに関わらないと誓わせることで決着した。遠藤が学校を辞めた本当の真相は、そういうことだったんだよ」


 さえ先輩と景子先輩の固い絆は、そんな事情があったからこそのものだったのだ。景子先輩がたくましく強くなろうとしたことも、さえ先輩を護るという大義名分があればこそのことだったのだろう。


「わたし、水野くんに謝罪しようと思ってるの」


 さえ先輩は顔を上げて、そう言った。


「もちろんそれで許されるとは思っていない。いくら追いつめられていたとはいえ、わたしのしたことは許されることじゃない。だけど、とにかく謝りたい。自分でしたことの責任は、やっぱり自分で果たさな

くちゃいけないと思うから」


 さえ先輩の表情は、光り輝いているように見えた。毅然として、自分の犯した過ちに立ち向かおうとしているそんな彼女の姿は、やはり亜美のあこがれの先輩の姿だった。


「さえ先輩。やっぱりさえ先輩はかっこよくて素敵で、わたしのあこがれの先輩です」


 亜美がそう言うと、さえ先輩はいつもするように、にこりと歯を見せて笑ってくれた。


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