真実の土曜日10
それは小説のようだった。ノートには水野正の角張った文字で、勇哉たちが体験したこの世界のことが再現されていた。
否、再現されたのは、自分たちのほうだった。ノートは先にあったのだ。ならば、この世界はこのノートにある世界を再現したものだ。
ここは水野正が作り出した想像の世界。そこに自分たちは迷い込んでしまった。
ノートに記された小説は、その世界で自分をいじめたものたちに制裁を加え、復讐を遂げる内容になっていた。ノートには水野正本人は登場してこないが、そこに登場してくるある仮名の人物は、彼本人にあてはめることができるような存在として登場してくる。他にも仮名で人物が登場してくるが、それは特定の誰かを想像させる書き方がされていて、特に顕著なのは、やはり彼をいじめていたとされる人物の描写だった。それはもちろん佐々嶋のことであり、その手下でもある土居や山本らしき人物もそこに書かれてあった。
そして彼の考えに賛同し、いじめを行っていた代表格の女子は、さえを想像させるものだった。
その他の人間も、このノートの中ではいじめを見て見ぬふりをしていたものたちだとして制裁を受けている。勇哉たちはその人物にあてはめられるのかもしれない。
「でも、俺たちは自分たちの意志で行動している。ノートには俺たちの心の動きまでは書かれてはいない。これまでの出来事が、ほとんどこのノートに書かれてあることとあっているとはいっても、それに従う必要なんてない。ここに書かれてある復讐を再現する必要はない。そうだろう?」
勇哉がそう言うと、透は不敵に笑った。
「勇哉。最後のページを見てみろよ。そこに書かれてあることが真実だとしたら、どうする?」
透に言われ、勇哉はノートの最後のページをめくった。
そこにはこう書かれてあった。
『復讐は終わった。
そして、この世界は完成した。
もうこの世界は僕には必要ない。誰も必要ない。ここにいるものたちはみな、元の世界へと戻っていくだろう。
そしてそのあとには、この世界も終わりを告げるのだ。』
勇哉は目をぱちくりとさせた。そしてもう一度そこに書かれてある文章を見つめた。
復讐を終えたあとには、みな元の世界へと戻ることができる?
「この世界がそのノートの世界を再現しているのだとしたら、復讐が終わらなければ、元の世界へと戻ることはできない。そういうことになるはずだ」
透の言葉に、勇哉は顔を上げた。
「嘘だ。そんなこと! 復讐を遂げるためにこの世界ができたとでも言うのか?」
「そうだ。そのノートがこの世界を構成しているのだとしたら、そこに書かれている最大の目的である復讐が成されなければ、その最後のページは実行されることはない。俺はそう解釈している」
「だいたい、復讐ってなんだ? このノートにはその復讐の方法とかはくわしく書かれてはいない。なにをもって復讐と言えるんだ?」
「それはわからない。だけど、復讐というのは、やられたことをやり返すということだろう? 水野正がやられてきたことを考えればいい」
淡々とそう答える透が、勇哉には信じられなかった。ここで目の前で話しているこの人物は、本当に自分の知っている彼なのだろうか。お調子者でドジで、でも明るくて一緒にいてとても楽しくて。そんな自分のよく知る彼は、今はどこにもいなかった。
目の前にいるのは、自分の知らない宮島透だった。
「だけど、なぜそれをお前がやる必要がある? このノートの主は水野正なんだろう? お前がそれを代行する必要はない。そうだろう?」
勇哉がそう言うと、透はふいに真顔になった。
「違う。お前はなにもわかっていない。そうだ。いつでもお前はそうだった。なにも見えてはいない。いつだって、周りのことなんか見てはいないんだ……っ」
その言葉は、それまでの冷たい響きとは違う熱を発しているように、勇哉には感じられた。それは、いつもだったら気のせいだと思えるほどのわずかな違いだったが、そのときの勇哉には、それを感じることができた。
これは透の本心だ。おちゃらけたりふざけたりしてごまかしていた今までのものとは違う、これは彼の本当の心の叫びなのだ。
「……透。もしかして俺は、なにか重大なことを見過ごしてきてしまったのか? 俺は今まで、お前の本当の心を知らずに過ごしてきたのか? なにも見ず、なにも気づかず、自分のことばかりに気を取られて、俺はなにか重大なミスをしてしまっていたのか……?」
透はそれを聞いたあと、しばらくして堰を切ったように笑い始めた。そして笑いを止めると、再び真顔に戻って言った。
「ようやく、今になって気づいたのか。そうだ勇哉。お前はなにも見ず、気楽にただ自分の好きなことだけをやってきた。見えないところで誰かがその犠牲になっているとも知らずに」
透の言った言葉に、勇哉は目から鱗が落ちる思いがした。
なにも見てこなかった。なにも見ようともしなかった。水野正のことも、なにかが起きていることを感じていたにも関わらず、それを知ろうとさえしてこなかった。それと同じことを、自分は透に対してもやってきたのだ。
彼はなにかに苦しんでいた。なにか悩みを抱えていた。そのことをどこかで自分は気づかなかっただろうか。なにかその片鱗を見てはこなかっただろうか。
「透。お前、なにかあったのか……?」
勇哉の間の抜けたような台詞に、透はくつくつと笑った。
「勇哉。いまさらだよ。今ごろそんなこと言ったって、もう遅いんだ」
「そうか。宮島。やっぱりお前、あのとき……」
そう言ったのは、雄一だった。
「江藤。やっぱりお前は気づいていたんだな。俺が小森にされていたことを……」
小森という名前に勇哉ははっとした。それは、勇哉たちの一個上にあたるサッカー部の先輩だった人物の名前だった。
「なんだ? 小森先輩がどうかしたのか?」
勇哉が問うと、雄一は青ざめたような表情で俯いた。
「勇哉。小森先輩たちの引退試合のときのことを覚えているか?」
「引退試合?」
それは昨年の夏にあった試合のことだ。勇哉は二年生ながら実力を買われ、スターティングメンバーに起用されていた。普段レギュラーではない小森はそこには入れなかったが、最後の何分かは試合に出ていたはずだ。
「そのあと、三年生たちのお疲れ様会がお好み焼き屋で開かれた。お前は他のスタメンの先輩たちとも仲が良かったし、小森先輩はどっちかっていうとその中じゃアウトローな感じだったからな。楽しげな先輩たちの中で、小森先輩だけはつまらなそうにしていた」
「それがなんだってんだよ。なんでそこに透が関係してくるんだ?」
「お前は知らなかったんだろうが、僕がトイレに立ったとき、そのトイレの奥のほうで小森先輩と宮島が
二人でなにか話しているのを見たんだ。不穏な空気を感じて、トイレは後回しにして僕はその場を去ったけど、思えばあのあとちょっと宮島の様子はおかしかった。たぶんあのとき、宮島は脅されてたんだと思う」
雄一の話は寝耳に水だった。確かに勇哉は小森とはほとんどしゃべったこともなく、彼の人となりなどはあまりよくわかっていなかった。先輩を差し置いて自分がレギュラーを取ることに多少は罪悪感を覚えたが、ほとんどの先輩たちは自分を歓迎していた。だから、そこまで小森に恨まれているとは考えていなかったのだ。
「なんで透が? 今の話の流れから言うと、小森先輩から恨まれていたのは俺ってことになるはずだよな? やられるなら俺なんじゃないのか?」
雄一はそれに首を振った。
「お前は他の先輩たちと親しかったし、後輩とはいえ、レギュラーを取るほどの実力の持ち主だ。お前をリンチするのは目立ちすぎる。その点で言うと、宮島は狙いやすい存在だったんだろうよ」
だから勇哉の代わりに透をリンチした。レギュラーを取れなかった小森は、腹いせに勇哉の友達である透を狙ったのだ。
「マジかよそれ。そうなのか? 透」
勇哉が透のほうを振り向くと、彼は俯いたまま笑っていた。
「……まったく。本当にお気楽だよな。勇哉は。自分はサッカー部のエースで、人気者で、将来は有望で。未来はきっと、光輝いて見えてるんだろうなぁ」
「透……?」
勇哉の目に次の瞬間映ったのは、どす黒い憎悪に満ちた、友人の目だった。
「俺はお前の代わりにずっとリンチを受けていた。でも、そんなこと誰にも言えなかった。自分がそんな目にあっているなんて、誰にも言いたくなかった。特にお前らになんて、言えるわけがなかった……!」
「なんでだよ! 俺たちは友達だろう。打ち明けてくれれば、助けてやったのに……っ」
「お前は、やられていないからそんなことが言える! それが簡単なことみたいに言えるんだ! それを打ち明けることがどんなにつらいことか、お前にわかるか? なんにも気づけない、幸せに生きているやつなんかに、俺の気持ちがわかってたまるかよ!」
透は泣いていた。暗闇の中、怒りに身を焦がしながら涙を流していた。
勇哉はそれを見て、ようやく自分の愚かさに気がついた。
二年のころ、透はよく腹の調子が悪いとトイレに行くことが多かった。そして、そんなときトイレから帰ってくると透はきまって顔を青ざめさせていた。勇哉はそれを見て笑っていたが、あれは本当は腹の調子が悪かったわけではなく、小森からリンチを受けていたのだとしたら?
それに、透はいつも金穴だと言っていた。勇哉はそれをからかって馬鹿にしていたが、実はそれもお金を巻きあげられていたせいだったとしたら?
もしそうだったとしたなら、自分はなんて馬鹿だったのだろう。自分の目は節穴どころか、なにひとつ見えてはいなかったのだ。
自分の都合のいいところだけを見て、本当の部分を知ろうともしなかった。友達が陰で苦しんでいたことを、これっぽっちも気づけなかった。
自分はなんて愚かだったのだろう――。
「リンチは小森が卒業すれば終わる。そのときまで耐えれば、この苦しみから解放されるんだって思ってた。実際、小森がいなくなって、俺はやつの手からは解放された。それなのに」
透はそこで言葉を切ると、腕を耳元に当てる仕草をした。
「……耳鳴りがするんだ」
ひゅうと、風の音が鳴った。
「部活をやっていても、家に帰っても、あいつにされたことがたびたび頭に思い浮かんできて、そのたびに耳鳴りは酷くなっていった」透は苦しげに顔を歪めていた。
「そんなある日だった。下校中に、近所のゴミ捨て場に誰かのノートが落ちているのを見つけた。俺はなんの気なしにそれを拾って、中身を読んでみた。するとそこには、小説のようなものが書かれてあった。俺はそれを読んで、すぐにその小説にのめり込んでいった。それは不思議な世界に飛ばされた主人公が、その世界でいじめへの復讐を遂げていくという内容だった。そこに書かれてあったことは、二年前の一年三組のいじめのことだということは、すぐに察しがついた。俺はその内容に衝撃を受け、そしてその主人公の気持ちに共感を覚えた。俺はそのノートを持ち帰り、取り憑かれたように読み耽った」
運命のいたずらというべきか。傷ついた透の心を慰めたのは、同じように心に傷を負っていた水野正の書いた小説だったのだ。
「俺はそのノートを常に持ち歩くようになった。不安や苦しみを覚えたとき、それを読むと心が落ち着いた。水野正の苦しみは、俺の苦しみと同じだった。小説の中で主人公が復讐をやり遂げたとき、俺は心がすっと軽くなるのがわかった。俺はそのノートに、心を救われていたんだ」
勇哉は手にしていたノートに目を落とした。先程読んだとき、なんて気味の悪いことが書かれているのだろうと思った。けれど、透には違った。彼にはこれが、救いになっていたのだ。
「そんなときに、あの地震が起こった。そしてなんのいたずらか、俺たちはこの世界へと飛ばされていた。俺は信じられなかったよ。ここで起きていることは、ノートに書かれていることとまるで同じだったから。そして、俺はこれを天啓だと思った。神か悪魔か知らないが、それをせよと指示している。ここで復讐をせよと言っているのだと」
勇哉は透の目を見つめた。悲しみと怒りに満ちたその瞳は、こちらを睨みつけていた。それは、復讐の相手はお前だと言っているようだった。
「水野正の復讐をすることは、ノートにも書かれてあることだったし、それを実行することは当然のことだと思えた。まず俺は、手始めに最初の怪文書を西昇降口貼ることから始めた。随分とそのことでいろいろと考えてくれたようだったが、あれは俺の自作自演だったんだ。俺が嘘をついているということは、ちょっと考えればわかりそうなことだったのに、なぜかお前らはそこを避けて通っていた。まあ結果的に、いろいろと疑心暗鬼になってくれて、なかなかおもしろかったけどね」
そうだったのか。透の話が嘘だったらということは、一瞬考えもしたが、そんな考えはすぐに一蹴してしまった。そんなはずはないと思っていたからだ。
「そして俺はみなの目を盗んで水城さんに会い、そこで彼女に協力者になるようもちかけた。ノートを見せると驚いていたようだったが、水野正のことで罪悪感を持っていた彼女はすぐにそれに応じたよ。そうすることが彼への償いになると言い含めたからね」
そしてさえは行方不明になった。そのすべての指示は、透が行っていたのだ。
「水城さんには、みなの目を盗んでいろいろと働いてもらった。スタンガンを使って、佐々嶋たちを校庭のどこかの部室に閉じこめておくように指示した。彼らを移動させるのには、原付バイクが役に立ったはずだ」
「……ざけんなよ。てめえがリンチを受けていたのは俺も多少知っていたが、俺たちはそれには関係してねえ。水野の復讐を代わりにやる? てめえがしたいのは自分の復讐だろう? そこに俺らを巻き込むんじゃねえ!」
佐々嶋が我慢できなくなったようにそう言った。勇哉はそれを聞いて驚いた。佐々嶋は透がリンチを受けていたことを、どこかで見聞きしたことがあったのだ。それなのに、一番近くにいたはずの自分が知らずにいたのだ。
「佐々嶋くん。これはみなが元の世界に戻るためには必要なことなんだよ。水野くんの復讐を完成させるには、きみたちの犠牲が必要不可欠なんだ」
「なんだと……っ!」
佐々嶋が動きかけたのを見て、透はすかさずスタンガンの電源を入れた。その放電は、見た目だけで強力な抑止力があった。
「スタンガンなんて……どこで手に入れたんだよ。普通そんなもの持ってないだろう」
雄一が緊張を滲ませながら訊ねた。
「これは水城さんの持ち物だよ。どうして持っていたのかは、彼女に訊いてもらったほうがいいだろうね」
透のその台詞で、今度は一斉にさえに視線が集まった。
「そ、それは……護身用……で」
さえの言葉は歯切れが悪かった。なにか事情があるのかもしれない。
「彼女には彼女の事情ってやつがあるみたいでね。とにかく彼女には、今回の復讐の舞台を整えるのに、かなり働いてもらったよ。俺たちが水野の家に行っている間に第二の文書を貼ったのも彼女だ。それから田坂さんを襲ったのもね。だけど、田坂さんを襲ったことで気が動転してしまったのか、怖くなってしまったらしい。あの非常ベルを押したのも彼女だけど、その混乱のなか、江藤の目を盗んで彼女は俺に接触してきた。もうこんなことはやめようと言われたけれど、俺はやめるつもりなんてさらさらなかった。それで代わりにスタンガンを受け取った俺は、次に江藤を襲った。真相に近づきそうになっていた江藤にいろいろばらされるのは、まだ少しだけ早かったからね」
雄一は横でぐっと拳を握り締めていた。彼も襲われて倒されていたのだ。透が倒れていたときに雄一がいなくなっていたことで、勇哉は彼に疑いをかけてしまっていた。つまりは透の策略に、勇哉はまんまとはめられてしまったわけである。
「非常ベルを聞いて、他のメンバーが俺たちを捜しにやってくると思った俺は、自分が誰かに襲われたように見せかけて、三年一組の教室の前で気を失っているふりをした。そして、その演技に騙されたきみたちは、再びバラバラになった。それをチャンスと見た俺は、清川さんと吉沢さんを脅して、こうして屋上までやってきたんだ。復讐の仕上げに取りかかるためにね」
勇哉はたまらなくなって、叫ぶように言った。
「ごめん……っ! 透。本当にごめん! 俺が馬鹿だったんだ! 俺のせいでお前が苦しんでいるなんて知らずに、平気でお前を傷つけるようなことをしてきた。だけど、お前のことは本当に大切な友達だって思ってる! だから、もうこんな馬鹿げたことはやめよう。復讐なんて、妙なことは考えるなよ!」
しかし透はスタンガンを手にしたまま微動だにせず、代わりに皮肉めいた口調で言った。
「大切な友達? 本当にお前って馬鹿だな。俺はあのときから、お前を友達だと思ったことは一度もない。お前なんか、不幸になってしまえばいい。この世から消えてしまえばいい。そんなことばかり俺は考えてきたんだ。それに、もうこれは水野正だけの復讐ではない。俺は俺のために、お前に復讐をする。そう決めたんだ」
勇哉は透の言葉に、ショックを隠しきれなかった。ずっと親友だと思ってきた相手に友達と思っていなかったと言われ、身が切られるようにつらかった。
けれど、ようやく透の気持ちがわかった。水野正の作りあげた世界で、透はその復讐を完成させようとしている。それと同時に、自分の復讐も遂げようとしているのだ。
ノートにあった復讐の場所も、最後の舞台は学校の屋上だった。そこで復讐を成し遂げれば、この世界も消えてなくなる。みな元の世界へと戻れるのだ。
だけど、それは本当だろうか。本当にそれしか方法は残されていないのだろうか。
復讐のために用意された世界。それを作りあげたのは、本当に水野正なんだろうか。
「透。この世界は本当に水野正が作りあげた世界なんだろうか?」
勇哉の言葉に、透はぴくりと反応した。
「なにが言いたい?」
「このノートはゴミ捨て場に捨てられてあったんだよな?」
透は黙ったまま、勇哉の話を聞いていた。
「だったら、水野正にはこのノートは必要なくなったということだ」
勇哉の言葉に、透は身じろぎした。
「そうなんだ。彼はノートを捨て去ることで、生まれ変わったんだよ。いじめのことから立ち直り、前へと進もうとしていた。その証拠に、彼はあの地震のとき、自宅の勉強机で一生懸命に勉強をしていた。彼の家でその痕跡を俺は見たんだ。彼の復讐はもう、そのノートを書き記し、それを捨て去ったことで終わっている」
勇哉はゆっくりと、足を一歩踏み出した。
「来るな! こっちへきたら、攻撃する!」
「だったら、この世界を作り出したのは誰だ? それは他の誰でもないお前だ! お前がこの復讐の舞台を作りあげた」
勇哉はさらに歩みを進めた。
「やめろ! うるさい! 黙れ!」
透は腕で耳を塞ぐようにしていた。
「それなら俺に復讐しさえすればいい! 他のみんなには手を出させるわけにはいかない!」
勇哉は言いながら、どんどん透との距離を縮めていった。
「こっちに来るなって言ってるだろう!」
透はとうとう手に持っていたスタンガンの電源を入れ、それを正面に構えた。しかし勇哉が近づくのに合わせて、その足は後ずさっていっていた。
勇哉はすべてを解決するたったひとつの方法を、そのとき考えていた。
すべての原因は自分だ。自分の不徳が原因で、こんなふうに透を追いつめてしまったのだ。
だったら、自分が彼の復讐を受ければいい。彼の悲しみをこの身に味わえばいいのだ。
「透。俺を殴ってくれ! 俺を痛めつけてくれ! お前の気の済むまで、俺をぼろぼろにしてくれ!」
「来るな来るな来るなーーーーーっっっ!!!」
そこに、ひとつのパズルのピースが浮かんでいた。それはとても古ぼけていて、くすんでいた。けれどもそれは、とても重要な欠かすことのできないピースだった。
彼はそれを手にした。
そして最後まで見つからずに空いたままになっていた窪みに、それを差し込んだ。
するとそこから光が溢れて、すべてを鮮明に浮かびあがらせた。
そこにあったのは、まばゆいばかりの記憶。
彼がその少年に会った、そのときの記憶だった――。