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きみたちはセカイのかけら  作者: 美汐
第六章 真実の土曜日
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真実の土曜日9

「おい! てめえら! ここでなにしてるっ!」


 半分切れ気味に叫んで出てきたのは、学校には戻ってきていないと思っていた佐々嶋だった。


「おっと、佐々嶋くん。起きてきちゃったんだ。さては水城さん、ちゃんと縛っておいてくれなかったみたいだね」


「お前は宮島? そうか。お前が水城に指示して俺たちを襲わせたんだな」


 佐々嶋がそのまま透に近づこうとすると、透はすかさずその前にスタンガンを突き出して、放電してみせた。


「それ以上近づいたら、またこれを食らうことになるよ。いくら凶暴なあんたでも、これで倒せるんだ。一度食らってるから、これの威力わかってるよね?」


 スタンガンを目の前に突き出され、さすがの佐々嶋もそれ以上透に近づくことはしなかった。


「なんなんだ。お前。いったいなにをしようとしている?」


 佐々嶋の問いに、透はひとことこう答えた。


「復讐、だよ」


 そのとき、屋上をさっと冷たい風が吹きつけた。風は辺りの空気を向こうへと押しやり、この場にいる全員の体を撫でながら通り過ぎていった。


「あの、妙な文書のことか? あれは、お前が書いたものだったのか?」


 佐々嶋がそう言ったとき、再び屋上の扉が開かれた。そこから飛び出してきたのは、勇哉と景子の二人だった。


「みんな! 無事か!」


「みんな、こんなところでなにしてんだよ!」


「鷹野くん! 田坂さん! 気をつけて!」


 直の叫び声を聞いた二人は、その場で足を止めた。そして、透がスタンガンの電源を入れているのを目にした。


「え……っ?」


「お前、なにやってんだ……! それ、なんで……?」


 勇哉が驚いたようにそう言って、透に近づこうとそちらに足を向けた。


「動くな!」


 透の鋭い声に、勇哉はびくりとして動きを止めた。


「それ以上こっちに近づくと、こいつをお見舞いすることになるぞ」


 透は普段のお調子者の彼とは、まるで別人のように冷たい声を、友人に向けて発していた。


「冗談だろ? いつものおふざけなんだろ? お前、そういうの似合わないって」


「冗談なんかじゃない。俺はいたって真面目だ。こいつを浴びせられたいっていうんなら、こっちにこればいい。容赦はしないけどな」


「鷹野くん! 彼は本気よ。近づかないで!」


 直の叫び声を聞いた勇哉は、そちらを振り向いた。そして、直と千絵が金網に縛られていることに、そのとき初めて気がついたようだった。


「清川さん! 吉沢さん! なにこれ? どういうこと?」


 勇哉は明らかに動揺していた。その声色に、いつもの力強さは感じられなかった。


「宮島くんがXだったの。彼があの文書の仕掛け人だったのよ」


 直の言葉を聞き、勇哉だけでなく、そこにいた佐々嶋や景子も驚いたように透のほうを振り返った。


「嘘……だろ? 透。なんでお前が……」


 まだ信じられない様子の勇哉に、透が言った。


「嘘じゃない。俺がXだったんだ」


 透のその告白に、一瞬辺りは沈黙に包まれた。夜の空気が、この場を支配するように、寒々しい気配を漂わせている。


「……ふざけるなよ……」


 低いドスのきいた声が響いた。佐々嶋が怒りに震えながら、透を睨みつけていた。


「Xだかなんだか知らないが、妙な真似しやがって。復讐だ? あの変な文書を書いたのは、お前だったのかよっ」


 佐々嶋の言葉に、透は軽く首を横に振った。


「実際に書いたのは俺じゃないよ。あれは、水野正の書いたものだ」


「どういうことだ?」


 佐々嶋の疑問は、その場にいる他のメンバーも同様に感じたことだった。Xは透だということは、今本人が口にしたばかりだ。それなのに、文書を書いたのは水野正だという。どういうことなのか、理解できなかった。


「じゃあ、そろそろきみたちにも種明かしをするとしようか」


 透はそう言うと、懐中電灯を脇に挟み、その空いたほうの手で自分のショルダーバッグの中身を開けた。そして、中から一冊のノートを取り出して見せた。


「なんだそれは?」


「これは水野正が書いたノートだ」


 そのノートは特になんの変哲もない、よくあるA4サイズのノートに見えた。少なくとも千絵の目にはそう見えていた。

 それから透は続けてこう言った。


「あの二枚の文書は、もともとこのノートに書かれてあったものだったんだ。それを破り取って、ああいう形の文書にした」


 それを聞いて、千絵は愕然としながらも納得した。筆跡は水野正のもので間違いはないはずだったのだ。もともとそのノートに書かれてあったものだというなら、納得できる。

「それじゃあ、水野正本人は? そのノートがここにあるだけで、この世界にはやっぱり来ていないのか?」今度は勇哉がそう問うた。


「ああ。あの文書を書いたのは彼本人だが、それは以前からこのノートに書かれてあったもので、本人はここには来ていない。少なくとも、俺の知る限りではね」


 千絵はそれを聞いて混乱した。

 あの文書は以前から書かれてあった?

 それにしては、あまりにも都合が良すぎないだろうか。あの文書には、この狂ってしまった世界を肯定するというようなことが書かれていなかっただろうか。この世界に来ていないはずの水野正が、それを以前から書いていた。それはなにを意味しているのだろう。


「どういう、こと……? それじゃあ、水野くんは以前からこの世界のことを知っていたということ? それともそれは偶然なの……?」


 横で直が、千絵の感じた疑問を口にしていた。


「それは、両方ともイエスとも言えるし、ノーとも言える」


 透の言葉は意味深に聞こえた。しかしその言葉の真意がわかるものは、この場では誰もいなかった。


「おい。わかりわすく説明しろ。いったいそのノートはなんなんだ」


 普段では見たことのないくらいに動揺した様子の佐々嶋が、透を睨みつけながらそう訊ねた。


「そうだね。説明するのも面倒だし、一度読んでみたらわかると思うよ」


 透はそう言うと、ノートを足元に置いて、そこから後ろにさがった。そのノートを読めということなのだろう。

 しばらく誰も動かなかったが、勇哉が意を決したようにそのノートに近づいていった。そしてそれを拾い、中身を懐中電灯で照らしながら読み始めた。

 勇哉はしばらくの間、黙々とそれに目を通していた。途中で景子もそこに近づいていき、横から中をのぞきこんで見ていた。佐々嶋は警戒しているのか、先程からそこを動こうとしない。


「嘘だろ……。なんなんだよこれ……」


 勇哉はノートを読み始めてしばらくすると、驚きを隠しきれない様子でそうつぶやいた。横からのぞいていた景子も、驚いたように口を開けている。

 そしてついに我慢できなくなったのか、勇哉はこう叫んだ。


「なんだよこれ! なんでここに、この世界のことが書かれてあるんだよ……っ!」


 勇哉が叫んだのと同時だった。屋上の扉が再び開かれ、そこから三人の人影が姿を現した。


「江藤くんに五十嵐さんっ。それに……水城さんも!」


 直がそう叫んだのを聞いた景子が、はっとそちらを振り返った。そして親友の姿をそこに認めると、大きな声で叫んだ。


「さえっ!」


 駆けつけてきた景子に、さえは始め少しばつが悪そうな表情をしていたが、親友の顔を見ると、困惑しながらも微笑を浮かべていた。


「いろいろとごめんね。景子」


 それを聞いた景子は、さえの肩に手を置いて頭を横に振った。


「いいんだ。なにも気にしなくていい。さえが無事なら、あたしはそれでいいから……」


 さえは一瞬泣きそうな顔になりながら、「ありがとう」とそれに謝辞を述べ、そこから離れていった。

 さえと一緒にやってきた雄一も、少しふらついた足取りで、さえに続いた。


「水城……。お前……」


 佐々嶋がさえに対してなにかを言いかけたが、さえはそれにひと言「ごめんなさい」とだけ返して、透の正面へと進み出ていった。雄一もその横に並ぶ形でそこに立った。


「宮島くん。もう、やめましょう。こんなこと。水野くんの復讐を代わりにやっていくなんて、やっぱりおかしいわ」


「そうだ。宮島。お前がこんなことをしてなんになる。もう、やめるんだ」


 透はさえと雄一を順番に見つめると、くすりと笑いを漏らした。


「あーあ、水城さん。江藤まで助けて連れてきちゃったんだ。もう怖くなっちゃった? でも、そんなことしていいのかな? 水野くんの復讐のために、きみは協力しなければいけない。そのことは、ノートにも書かれてあったよね。それが彼への償いになると、それをきみも納得していたはずじゃなかったのかな」


 透はさえと雄一の登場に、少しも怯んだ様子を見せなかった。それどころかさらに不遜に言い募った。


「そのノートには、この世界のことが書かれてある。地震のことも、奇妙な音のことも、さらには町に人がいなくなったことも。それが書かれたのは、ずっと以前のことなんだ。この世界に来てからそれが書かれたわけじゃない。それがなにを意味しているか、そろそろわかってきたんじゃないか? なあ、勇哉」


 名前を呼ばれ、勇哉は震えた声を発した。


「このノートには、この世界で起きていることが書かれてある。あの止まった時計のことまでも。校庭に残された生徒たちが、そこで元の世界に帰るにはどうしたらいいか、話し合いをしたり、調査をしている。そこに、怪文書も登場してきている。怪文書の文面のページは破られてここにはないけど、前後の話から、あの怪文書のことだとわかる……」


「そう。この世界で起きていることは、すべてそのノートに書かれてあることなんだ」


「嘘だろ。……透。こんなことはありえない。こんな馬鹿げたこと、信じられるわけがない。こんなのは冗談だ。こんなのは全部嘘だ。なあ透。そうだって、言ってくれよ」


 勇哉のそんな願いは、友人の次の言葉でもろくも崩れ去った。


「嘘じゃない。この世界は、水野正の作り出した世界なんだ」


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